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第56話『王妃の資質』

 向かい合って座る私たちは心なしかそわそわしていて、アリアが見たらもどかしい! と騒ぎ出しそうな光景である。


「えっと、昨日はベルが義姉上と何か話してたみたいだし、様子が可笑しかったから、夜ここを訪ねてみたんだ」


 ディラン様が今までの経緯を説明してくれた。

 どうやら夜ここに来たらしいが、私はそのときアリアの部屋だから当然自室にはいない。それで、なにかあったんじゃないかと心配になったディラン様が合鍵を使って部屋に入ったとか。


「え、合鍵なんてあるんですか」

「生徒会だからね」

「女子寮の合鍵があるのは……」

「本当はちゃんと申請して許可とらないといけないけど……今回は特別」


 それって大丈夫なの?


 一瞬疑問に思ったが、まぁいいか、と適当に納得する。ディラン様は時々箍が外れたように変なことをしてしまうけど、基本的に常識のある人だから信じて大丈夫でしょ。

 ディラン様を信じて頷いた。


「この状況で言うのは可笑しいかもしれないんだけど……」


 再び沈黙が流れたところで、ディラン様は耐えかねたようにゆっくりと立ち上がった。そして私のそばに近付いて、膝をつく。

 私は土下座されるのか、とぎょっとした。慌ててディラン様を立たせようと自分が立ち上がると、片ひざを立てたディラン様に手をとられる。一昔前のプロポーズのようだ。


 今度は違う意味でドキドキし、綺麗な青い瞳をじっと見つめてしまう。サラサラの金髪はやはり絹のように美しい。

 感嘆のため息をなんとか飲み込み、ディラン様の挙動を見守る。


「ベルティーア、今度のダンスパーティーで俺と一緒に踊ってくれませんか」


 物語の王子様のように、ディラン様が跪いて私に微笑みかける。赤面しないように唇を噛み締めて堪えた。

 承諾の返事をしようと頷きかけたところで、重要なことを思い出す。そうだ、私はミラ様にディラン様とパートナーにならないようにお願いされたんだ。

 だけど、ディラン様を好きだと自覚した今となってはわざわざ彼女の言葉に従う必要はない。一応伝えた方がいいとは思うんだけど……。


「えっと」

「"えっと"?」

「いや、とても嬉しいのですが、実はミラ様もディラン様とパートナーになりたいようで……」


 ディラン様の表情が曇り、顔が険しくなる。


「それで? ベルはなんて言ったの?」

「あまりに衝撃的なことだったので上手く言葉を返せませんで━━」


 言葉の途中で短く悲鳴をあげてしまった。いや、怖い。ディラン様の顔がとてつもなく怖い。


「うん、で? ベルはどうするの?」


 これ殺されるんじゃないかと、自分の将来を本気で心配した。好きな人にこんな目で見られるってどんな拷問なの。普通に泣きそう。私嫌われてない?


「ベル」


 ディラン様が立ち上がって、私の返事を催促する。手が握ったままだ、とかくだらない思考に浸っている時間はないらしい。


「私は、ディラン様とパートナーがいいです。ミラ様には申し訳ないですが……だって、その、私たちは……婚約者、ですから」


 テレテレと恥ずかしさを感じながらもちゃんと言葉にする。前世ではカップルといえば彼氏彼女って感じだったけど今では婚約者だからね? ハードルが高すぎる気がする。


「わっ!」

「ベル、大好き!」


 まるで子供のように無邪気にディラン様が私を抱きしめた。かぁっと体が熱くなり、困惑する。しかも大好きって言われた。

 あわあわと目を回す私に気付かずに、ディラン様は腕の力を強める。ふわっと香るディラン様の匂いにさらにクラクラした。


 抱き締めてもらうなんて、中々ないかもしれない、と私もディラン様の背中に腕を回してきゅっと力を込めた。私の反応に気を良くしたらしいディラン様がすり寄ってくるので、私は再び目眩を起こすことになるのである。



 ◇◆◇



 キョロキョロと辺りを見ながら以前見た扉を探すために特別棟の周りを歩く。

 休日明けの登校日にミラ様に会うことを決めた。ちゃんと会って、お断りするのだ。

 ディラン様は心配して、一緒に行こうかと提案してくれたけど、ただでさえ生徒会の仕事が忙しいのだからこれ以上手を煩わせるわけにはいかないと断った。


 正直あれほど私に敵意があるミラ様と対峙するのは胃がキリキリするほど緊張するし嫌なのだがこればっかりは仕方がない。これもまた修行だ、と己に言い聞かせ足早に歩くがやはりあの扉は現れない。ミラ様が仰った、愛し子? とやらがいればいいのだが……。


「何かご用でしょうか」


 突然声を掛けられて勢いよく振り返った。

 こちらを見て、首をかしげる少女。彼女の腕にはミラ様と同じ腕輪が光っている。その立ち姿からは高貴さが感じられたので、恐らくどこかの貴族の令嬢だ。

 愛し子、とやらだろうか。


「えぇっと、ミラ様に会いたいのですが……」

「ミラ様に?」


 彼女はピクリと眉を上げて不愉快そうに目を細めた。


「どなたか存じ上げませんがミラ様はとても尊い方で、簡単に会えるような方ではありません。どうかお引き取りを」

「……先日、ミラ様と会ってお話させて頂く機会がありました。もう一度話をしたいのです」

「ミラ様と、すでにお会いになられたのですか……」


 少女は一瞬巡回するように目を伏せて、しばらくお待ち下さいと告げるとくるりと私に背を向ける。瞬きした瞬間に、あの扉が現れたことにとても驚いた。あの腕輪があれば開くのだろうか。


 彼女がその扉の中に滑り込むように入ると、扉は再び姿を消した。本当に不思議な現象だ。


 しばらくして、彼女が戻って来た。顔は不機嫌そうに歪められている。


「ミラ様が貴女様との面会を許可致しました。案内します。どうぞこちらへ」


 不本意だ、という感情を隠そうともせず憮然とした表情で扉まで導いてくれる。相変わらず扉の向こうは上級貴族の茶会のような光景だった。その一番豪華な天蓋のついたソファーのある空間にプラチナの色が見える。

 ミラ様の周りには女性から男性までいて、みんなミラ様が快適に過ごせるように風で扇いだりお茶を入れたりしていた。この場にいる者全員が、ミラ様が言った"愛し子"だとは容易に予測ができた。


 私が部屋に入った瞬間、幾多の視線が一気に私に集中する。場違い感がすごい。そのすべてが敵意のあるものなので、恐怖で体がビシリと固まった。もう二度とこんな場所には来るもんか。


「ベルティーア様。ようこそお越しくださいました」


 鈴の音と、透き通るような声。

 銀色の髪は美しく、本当に女神のような人だ。


 私は、この前の二の舞にならないように気合いを入れる。腹に力を入れて、ぐっと拳を握った。


「本日は、この前のお願いを断りに来ました」


 断る、という言葉で部屋がざわめく。ミラ様も憂うように目を細める。


「ミラ様からのお願いを断るなんて、ただでは済まさないわよ!」


 ミラ様の近くにいた女子生徒が目を釣り上げて私を睨んだ。ミラ様に言われるなら甘んじて頷くことはできるが、爵位が自分より低い人に馬鹿にされる筋合いはない。


「貴女こそ、私が誰か分かっての発言でしょうね? 学園で身分差はないといえ、卒業後は貴女の命が危うくてよ」

「……っく」


 彼女もさすがに不味いと思ったのか、唇を噛み締めて顔をしかめた。ミラ様はずっと黙ったままである。

 ミラ様の言う、"愛し子"とは信者のようなものなのだろう。周りのミラ様に対する視線は異常な気さえする。これが次期王妃の力量だろうか。


「アンナ、ベルティーア様の仰る通りですわ」

「ですが、ミラ様!」

「わたくしは身分不相応なことをする愚か者を愛し子にした覚えはありません」

「っ、申し訳、ありません」

「なぜわたくしに謝るの?」


 ミラ様とアンナと呼ばれた女子の掛け合いに、私はぽかんとしてしまった。

 ミラ様はきちんと王妃の教育を施されていて、きっと礼儀や作法には人一倍敏感な人なのだろう。ただ、私のことがとっっっても嫌いなだけで、基本的に無礼は許さないのだ。


 そう考えれば、彼女と王太子はよく似ているように思えた。私にはきっと一生理解できないような世界なんだろうけど、国の頂点に立つという覚悟も自覚もあるのはきっと王太子とミラ様だけだ。

 でも、王太子よりミラ様のほうがきっと世渡りは上手い。王太子は良くも悪くも周りに頼ることをしない人という印象があった。だけど、ミラ様は違う。彼女は人を動かすことに長けている。


「ベルティーア様、申し訳、ありませんでした。ご無礼をお許し下さい」


 アンナの謝罪にはっと意識を戻す。謝罪を受けとるという意味でコクリと頷いた。


「申し訳ありません、ベルティーア様。わたくしからも謝罪申し上げます」

「いえ。気にしないでください」

「それで、断る、とは?」


 にこりと微笑みながらも、隙のないその笑みに頬が引きつりそうになるがここで負けては意味がない。私が、ディラン様のパートナーになるのだ。


「ミラ様がディラン様とパートナーになりたいと仰いましたが……私が彼のパートナーです」


 ミラ様の表情は笑顔のまま変わらなかった。


「それは譲ることはできません。━━私は、ディラン様を愛していますから」


 薄紫の瞳をひたすら見つめた。ミラ様はふっと目元に影を作り、私に近づく。そしてにこりと微笑んだ。


「そうですか。残念です」


 彼女はきっと、王妃足る人物だ。

 だからこそ、底が知れず恐ろしいのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 早く続きが読みたいですし単行本あるなら買いますめっちゃすきです。
[気になる点] 腕輪、何個もあるのか〜! ひとつだけと思ったけど、そういうことか… ディランが受け取ったり身につけることはないと信じられるけど、どことなくもやもや [一言] アリアはミラのこと前世のゲ…
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