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第51話 『嵐の前の日常』

 学園に入学してから早三ヶ月が経った。クラスにも慣れてきて、生徒会の秘書というよく分からない立場にも仕事が回ってくるようになった。

 その仕事の中に紛れてあった資料に目が止まる。


「ダンスパーティー?」


 思わず声に出してしまったため、生徒会のみんなの視線が私に集中する。


「おや、どうしたのかな? 僕と踊りたいのだろうか。ベルティーア様とならいくらでも━━」

「お前は黙っていろ」


 シエルはいつも通りに芝居がかった声を出して大袈裟な身ぶりをした。それにアズが突っ込むというのはもはや生徒会では見慣れた光景である。


「ダンスパーティー? なにそれ?」

「そのままの意味ですよ。ベルティーア様方は一年生ですから知らないのも当然ですが、この学園では毎年生徒会主催でダンスパーティーが開かれるんですよ。まぁ、一つの大きな行事と思ってもらってかまいません」


 アリアの質問に答えたシュヴァルツいわく、ダンスパーティーは約一ヶ月後に行われる一大行事で、その管轄は当然のように生徒会。実はディラン様も地道に準備はしていたらしい。文化祭のようなものだろうか


 男性が女性にダンスの申し込みをし、女性の承諾を得られれば二人は晴れてパートナーとなる。その二人で学園にある大きなホールで踊るとか。私は舞踏会なんて行ったことないけれど、要はあんな感じだろう。シュヴァルツの言い方からするに、ダンスをするだけでなく友好を深めるのが目的のようだし。バイキング形式の食事があると聞いて飛び付いたのはアリアである。彼女は最近夕食の調達に苦労しているらしい。あまり料理うまくなかったもんね……。


「やった! 美味しいご飯だ!」

「アリアはいっつも俺の夕飯を勝手に食べてるだろ」

「アズのご飯も美味しいけどね!」


 不満げなアズに笑いかけながらもアリアは楽しそうに彼の背中をバンバン叩いた。

 いや、それよりも。アリアはアズの部屋に入り浸っているのだろうな。あの言い方だと。生徒会の視線が生ぬるい。アリアのアズ自慢を真面目に聞いているのは意外にもシエルだった。


「でね、アズはなんといってもラーメンが得意なの!」

「らあめん?」

「おい、恥ずかしいからやめ」

「麺なんだけど、あ、市井に行ったら屋台にあるわよ」

「ここで庶民を丸出しにするな!」

「え!? アリアは庶民なの!?」


 シエルの驚いた声に、一同がしぃんとなる。ちょっとハラハラしたのはここだけの秘密だ。貴族の中にはもちろん庶民を見下す人もいるから、シエルがそんな人物ではないと知っているが……。


「そうよ。悪い?」


 アリアはドンッと胸を張って威張るように言った。シエルは大きく頭を振る。


「悪いなんてそんなことないよ! ただ僕はあの場所にはあまり近づけないのさ」

「どうして?」

「美しくないからだよ!」

「はぁ??」

「でも確かに、アリアは行動も言動も乱暴で令嬢らしくないね!」

「やめろ! アリア! 図星だからって手を出したらだめだ!」


 きぃきぃとじゃれる三人は意外と気が合う。突っ込み役のアズと天然ボケをかますシエル。そして狂暴な怪獣アリア。うーん、個性が強いな。


 生徒会では基本的に私はディラン様の側で控えているのでディラン様とよく話す。今も書類の整理をしているところだ。本格的に秘書感が増してきたな、と思う今日この頃である。


「うるさい! お前らは静かにできんのか!」

「違うんですよ! シエルがうるさいんです!」

「いや、どう考えてもアリアが一番うるさいと思うな」

「なんですって!?」

「君は綺麗なのに残念だね」

「なんだと!?」

「どうしてアスワドが怒るんだい……?」


 この掛け合いの繰り返しである。そして最後には結局生徒会長の出番というわけだ。ほら、ディラン様がそろそろかなって顔をしている。


「そこ三人。そろそろ黙って仕事してくれないかな?」


 いつも穏やかな人が怒ると怖いとはこのことである。威圧感を醸し出しながら三人を窘めるとみんなしょぼんとしてちゃんと仕事に戻る。アリアも頭が悪いわけではないから、会計にはむいているのではないだろうか。


 一通り叱るとディラン様はふぅと息を吐いた。彼は本気で怒っているわけではなく、上司として三人にきちんと仕事をさせるだけ。三人があの掛け合いを始めるといつもいつもめんどくさそうに顔をしかめるのだ。

 そして私が被害を被る。


「ベルー、癒して」


 ディラン様はことあるごとにこうやって甘える。悪いことではないのだが、いや、みんないますよ? 私がむっつりと口を閉じていてもつんつんとちょっかいをかけてくる。


 確かに、ディラン様の仕事量は他の人の何倍もありそれを同じ時間内で終わらせるのには相当の労力を使うだろう。秘書として近くで見ているとその違いは更に際立つ。そりゃ、沢山労りたい気持ちはあるけど、だから、みんないるんですって。


「ディランがあんなに頬を緩めているのはベルティーア嬢がいるときだけだな」

「……ベルちゃんは、婚約者だから……」

「そういうものなのか? まるで日向で寛ぐ猫のよう、っと。シュヴァルツ、いきなり蹴るのは反則だ。紳士ではない」

「今、ディラン様を侮辱したな?」


 目では追えないような高速の殴りあいを始めたグラディウスとシュヴァルツを放置して、ディラン様に紅茶を出す。ディラン様は意外と甘めの方が好みだ。

 彼らの喧嘩はいつもこんな感じで、それを見たアズとアリアがうずうずし出し、それにシエルがドン引きするまでがセットである。生徒会の戦闘力が高すぎる。


「ちょっと仮眠室で寝てくるね」


 そう言ってふらりと立ち上がったディラン様は奥にある仮眠室とは思えない豪華な部屋へ行く。生徒会室には仮眠室があって、どうしても仕事が終わらないとここで寝泊まりすることもあるのだとか。どれだけブラックなんだと考えざる終えない。


「私にしてほしいことはありますか」

「膝枕」


 この流れも同じ。ディラン様はなにかと膝枕を所望する。これもなかなか際どいが、まぁ二人きりでするなら抱擁するよりはましだろうと勝手に納得していた。


「みなさん」


 ディラン様に伴って部屋に入る前に、収拾がつかなくなった生徒会に声をかける。私の小さな声にも反応して、皆が動作をピタリと止めた。


「ディラン様がお休みするので、静かにしててくださいね?」


 にっこりと微笑むと、皆素早く自分の席に戻ってこくりと頷いた。私はそれを確認してから部屋に入る。部屋のなかは眠りを促すようなオルゴールの音が響いていた。



 一方、生徒会室ではしばらく沈黙が流れる。キョロキョロと視線を動かしたアリアはその沈黙か耐えきれなくなったように声をひそめた。


「ねぇ、あの二人って本当に膝枕してるだけなの?」


 アリアの言葉にアズは分かりやすく顔を歪めた。


「下世話だぞ。殿下も疲れていらっしゃるんだ」

「でも、王子はベルのこと大好きなんだよ?」

「……そこは素直に尊敬する」

「すごいわね……愛のちから?」

「愛というか……あそこまでいくと狂気の沙汰だな。もはや罠を張り巡らしているようにしか見えない。ベルだって何の疑問も持ってないだろう」

「少なくとも秘書の仕事ではないわね」


 ひそひそと二人が話している背後に、ぬるりと影が忍び寄る。次の瞬間、ごちんっと音がした。


「いた!」

「いっ」

「ひそひそとうるさいぞ」


 シュヴァルツの拳骨である。仮にも令嬢である自分にその扱いはなんだとアリアはもの申したくなったが、墓穴を掘ることは間違いないので黙っていた。


「だいたい、お前らは!」

「シュヴァルツ、声を荒げるな」


 グラディウスに話を遮られたシュヴァルツは分かりやすく不機嫌になった。


「お前に指図される覚えはない」

「騒げば、皆ベルティーア嬢にお叱りをうけるぞ」


 ベルティーアは、怒ると怖い。それは生徒会の共通の認識だった。

 一度ディランが寝ているときにアリアとシエルが騒いで、それを咎めたシュヴァルツにグラディウスが余計なことを言い、騒ぎになったことがある。その騒音でディランが目を覚ました時の、ベルティーアは凄まじかった。


 こんこんとディランの眠りを妨げたことを説教し、その迫力は恐ろしいものだった。今までこんな叱りを受けたことの無かった面々は、ベルティーアの後ろに厳しい母の顔を感じたという。

 それは母というより姉に近いのでは、とアリアは思ったが何も言わなかった。もちろん彼女も叱られた一人であるが。


 そんなこんなで生徒会はベルティーアの逆鱗に触れることはしない。彼女は注意をするディランと違って、本気で叱るからである。


「……黙って仕事をするか……」


 ポツリと呟いたシュヴァルツの言葉に反論するものは誰もいなかった。

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