閑話『ディランとアスワド』
生徒会室の奥にある客間に、男が5人。それぞれの椅子に座り、お菓子と紅茶を囲みながら談笑をしていた。令嬢の茶会のような穏やかな雰囲気である。
「さて、今日集まったのは他でもない。男子会をするためだよ!」
男装(?)姿のシエルが手を上げて高らかに宣言する。
「どういう経緯でそうなったんだ?」
「アリアとベルティーア様とハルナが女子会をすると言うからね! それなら僕たちも男子会なるものをしてみようと思ったわけさ!」
「お前の能天気さには舌を巻くよ」
アスワドの呆れたような声にもシエルは全く気にしない。
「さぁさぁ、お話をしようではないか!」
「一体なんの話をするんだい?」
ニコニコと微笑みながら、ディランが首を傾げる。シエルもそこまでは考えてなかったようで、一人で唸り出した。
「恋バナはどうだろうか」
「グラディウス、お前は何を言ったか分かっているか?」
グラディウスの言葉に、シュヴァルツがドン引きする。
「ハルナいわく、女子会というのは恋愛の話をするそうだ」
「いや、ハルナはお前に適当なことしか言わないだろう」
「そんなことはない。俺とハルナは主を守る良き相棒で……」
「あー、はいはい」
この話が始まるとグラディウスは長い。延々と王太子の素晴らしさを語られるのである。シュヴァルツが早々に逃げようとするが、ガッツリ腕を捕まれて逃げられない。げんなりとため息をつくと隣から気配を感じた。
「王太子殿下は美しいの?」
「それはもう、神々も目を眩ますほどの美しさだ」
「お前のその王太子への自信はどこから来るんだ?」
「ボク、王太子殿下のお話聞きたい!」
子供のような無垢さで、目をキラキラさせられれば、もうグラディウスは止まらない。その様子に何を言っても無駄であると悟ったシュヴァルツは、降参するように両手を上げて腹の底から叫んだ。
「分かった、分かった! お前が王太子自慢をするのを許可しよう」
「む、王太子殿下、だろう。それになぜお前から許可をもらわねばならない」
「その代わり、俺の主の自慢も聞け」
「ふむ、お前が一番人の話を聞いてないような気がするけどな?」
グラディウスは一瞬思案するように目を伏せたが、すぐに笑顔になった。
「いいだろう!」
「よし、交渉成立だな!」
「ねぇ、この二人なんなの?」
珍しくシエルが突っ込むが、二人はどこ吹く風で主人の自慢話を始める。シエルも細かいことは全く気にしないので、意気揚々と二人の間に入っていった。時々相づちをうち、それぞれを持ち上げるシエルのコミュニケーション能力は尋常でない。
ぽつん、と残されたアスワドは気まずげに自身のお茶に手をつける。そして一人で優雅にお茶を飲んでいたディランに近付いた。彼は意外とマイペースというか、恐ろしいほど周りに影響されない。
「なんだか、三人で盛り上がってますね……」
「俺はシュヴァルツの話はもう聞き飽きたからね」
ディランの自慢話が狭い部屋では十分聞こえるが、当人は全く気にしていないようで、照れてすらいなかった。というか、シュヴァルツは声が大きい。
「ディラン様、最近ベルとはどうですか」
ベル、という言葉に反応し、すっと色気のある流し目をされる。アスワドが愛称で呼んだのが気に食わなかったのか少し瞳に怪しい色が滲むがそれも一瞬で掻き消された。
アスワドはしまった、と思ったが、ディランの切り替えの上手さというか、巧妙に本心を隠せるところには思わず感心してしまうほどである。
「そうだね。毎日一緒に過ごせて楽しいよ。アスワドくんは上手くいってる?」
「ははは、どうでしょうか。なんだか男として見られてないような気がして辛いですよ」
アスワドが自虐的に笑うと、ディランも思い当たる節があるのか、苦笑いをこぼす。
「それはね。俺も苦労してるよ」
「難しいですね。距離が近すぎると一緒にはいられるけど、異性としては見られなくなるんですよ。この前、人たらしと言われた時はブチ切れそうになりましたね。誰にもかれにもこんなことしてるわけじゃねぇよって」
アスワドの物言いに、ディランは肩を震わせて笑う。喉の奥でくつくつと笑う様子は普段の王子様然とした彼よりもずっと年相応の男らしく見えた。
「そうだよね。俺ももう結構我慢の限界で、どうしようってなってる」
「え、そこまできてるんですか」
「こう見えても大分抑えてるから」
にこりと完璧な笑みを浮かべたディランに、アスワドは少しだけ納得した。
「失礼に当たるかもしれないんですけど、俺はディラン様がもっとグイグイ攻めていくと思ってました」
「学園に入学するまではそれで良かったんだけど、本格的にベルを手に入れるってなったらまた考えることになって」
ディランは思い出すように、目を細めてティーカップを机に置く。
「思いのままに行動するとベルを傷つけかねないから意識的に自分を制限して、完璧な王子を演じようと思ったんだ」
「……あれ、演技なんですか」
「ベルに好かれるには優しい男を演じるしか無いだろう? まぁ実際は煩悩だらけで目も当てられないけどね」
確かに、自分の部屋に来たときよりも随分穏やかで印象が違うとアスワドはずっと思っていた。ベルティーアに対する接し方も婚約者としての許容できる範囲であるし、単純にただ好いている、と言うような感覚であった。かつて、感じたような狂気は無く、他人への殺気ともいえるような牽制も無い。それがアスワドが生徒会で過ごして感じたことである。
可笑しいとは思っていたが、なるほど、演技だったとは。
「勉強になります」
「そんな大層なことでもないよ。……だけどね。最近、ベルの俺を見る目が若干変わった気がするんだよ」
困ったようにディランは眉を下げるが、その口元はしっかりと弧を描いていた。
「急いては事を仕損じるって言うけどね」
ディランがアスワドににこりと笑いかける。
「目の前の欲望を無視し続けられるほど、俺も我慢強いほうじゃない」
その瞳には確かに狂気が宿っていたと、アスワドは思う。そして、アリアが言っていた、ベルと仲良くしたらその婚約者に殺されるという発言。今ならすんなりと受け止められる。
彼の淀んだ瞳は、普通の人間が生きててするものではない。その狂愛を煮詰めてどろどろにしたような感情を、ベルティーアにできるだけ隠そうとしているのだ。
「……ディラン様はそれでいいのですか? 演じた自分を好いてもらって、満足できますか?」
アスワドが踏み込んだ話をすると、ディランは怒るでもなく痛いところを突かれた、というような表情をした。
「それが、分からないんだ。それ以上を求めてしまいそうで、少し恐い」
確実に求めるだろうとアスワドは確信する。自分のすべてを愛してほしい、と彼なら言ってしまいそうな気がした。
(そうなれば、また一段とベルティーア様に執着してしまうのか……。恐ろしい人だ。)
しかしここでもっと恐ろしいのは、自分がその感覚についていけてるということだった。
(まぁ、でも俺もアリアが傷つけられたら相手を殺す。だけどさすがにディラン様ほどではない)
自分のことを棚に上げながら、アスワドはひっそりとベルティーアに合掌した。




