第49話 『生徒会Ⅲ』
「その格好はなんだ、貴様!」
シュヴァルツの怒号で生徒会室が揺れた気がする。シエルの襲来から数分後、ブチギレしたシュヴァルツがシエルを引き摺って生徒会の奥にある椅子に座らせた。女装姿のシエルは引っ張られてもすんと澄ましていた。
シュヴァルツのイメージがどんどんと崩されているようで、アリアとアズは完全に引いている。実は私もシュヴァルツがこんなに荒い言葉遣いをするとは思っていなかった。
「貴様は男だろう!? なぜドレスなんだ」
「やだぁ、乱暴な男ってきら~い」
シュヴァルツの剣幕にも気圧されずそのキャラを貫き通すシエルにもはや尊敬すらする。
「えっと、ディラン様。彼も生徒会へ招いたのですか?」
「うーん、そうなんだけど……。人選間違えたかも」
私の隣で座っているディラン様は困ったようにふにゃりと笑った。気のせいかもしれないが、表情が少し幼い。
「ディラン様、やけに上機嫌ですね?」
「うん、だってやっとベルが学園に来てくれたから」
にこにこと笑うディラン様は私の腰を抱いて自分の方に引き寄せた。恥ずかしくなって身動ぎするとさらに強く引かれる。見られていないだろうかと視線を彷徨わせるとばっちりアリアと目があった。アリアは私と目が合うとすぐににやりと笑ってぐっと親指を立てる。
そのままでいろ、というジェスチャーらしい。しばらく考えて、さらりとディラン様の髪を撫でるとすりっと手にすり寄られた。
「ディラン様。お楽しみのところ申し訳ないのですが、コイツを生徒会に入れるのは如何なものかと思います」
「うーん、どうしようかなあ」
悩んだように首を傾げるディラン様に、ドレスを着ているとは思えない早さでシエルが近寄った。
「きれい! やっぱり殿下、とっても綺麗な方だわ!」
「ありがとう、君も男性とは思えないほど綺麗だね」
「きゃあああ!」
シエルはどんな声帯をしているのかと思うほど完全に女子の黄色い悲鳴をあげる。どっからどう見ても普通の令嬢である。
「いい子みたいだし、いいんじゃないかな」
「どこをどう見てそう思ったんですか」
「色んな意味で純粋そうだし」
「ただ馬鹿なだけですよね? というか、生徒会は5人ですし、これ以上いらないかと」
「人手は多い方がいいからさ」
「いや、もはや過多だと思うのですが」
シュヴァルツの言葉をディラン様はひょいひょいと軽くかわす。むっと顔をしかめたシュヴァルツは心底シエルが気に食わないらしい。
「では、これでどうかな?」
テノールの、男性らしい声が耳元で響く。驚いて視線を上げると長髪の綺麗な男性が至近距離にいた。
いつの間に、と思える速度ではや着替えをしたらしいシエルの服は男性用のものだ。私がポカンとしているとぐいっと反対側に腰を引かれる。
「シエノワール、俺の婚約者に触るな」
「ああ、これ失敬、殿下。彼女には遠い昔にお世話になってましてね。僕が男で驚きましたか? ベルティーア様」
「いえ、あの、知ってました。シエル、ですよね?」
「あぁ! 光栄です!!」
どうしよう。癖が強いとしか言えない。会話をするだけで生気を吸いとられるような人物だ。
「ベルは会ったことがあるの?」
「はい、王族の誕生日パーティーの時に」
「…あぁ」
ディラン様はその時のことを思い出したのか、嫌そうに顔をしかめた。シエルは芝居がかった身ぶりで続ける。
「ベルティーア様はあの頃のお美しいままですね! ぜひ僕を第二の夫にしてほしいものです」
「おまえ、ふざけているのか」
今度はディラン様が静かに怒った。目をギラつかせてシエルを睨む。
「では、殿下の第二夫人というのはどうでしょう?」
「え、こいつ頭可笑しいの?」
アリアが思わず、と言った風にそう言った。
「確かに、男同士では世継ぎは生まれぬぞ」
「……グラ、そういうことじゃ、ないと思うの」
「だが、そうだな。ディランがベルティーア嬢との間に子を成せば、まぁ許容範囲なのか?」
「……お願い、黙って。話を、ややこしくしないで……」
「誤解しないで欲しいが、僕は美しいものが好きなだけさ!」
屈託のない笑顔でシエルはそう言った。
「君もとても綺麗だ!」
「うわ、矛先がこっちに来た!」
アリアの前に膝を着いて王子様のように囁くシエルはさっきの美女と同一人物とは思えない。
「この綺麗なピンク色の髪も、金を溶かしたような瞳も、この世のものとは思えないほど美しい」
「えへへ、でしょ! 私の自慢なの!」
「まて! アリア、チョロすぎるぞ!?」
シエルとアリアの間にアズが体を滑り込ませ、威嚇するように睨んだ。
「おや? 君もなかなかいい見目をしているが……。うーん、騎士か。荒事は苦手だな」
「なんだと!?」
「怖い怖い。お嬢さん、貴女の名前は?」
「アリアよ」
「彼じゃなくて僕にしないかい?」
「な、何を言うんだ!」
「えー、誰にも彼にも口説く人は信用できないわ」
「アリアも真面目に答えるんじゃない!」
わぁわぁと騒がしいアリアたちを見て、シュヴァルツの額に青筋が立っている。しばらくしたら説教されることだろう。グラディウスとハルナは飽きたようで、二人でお茶をすすって饅頭を食べていた。老夫婦か。
「ベルは秘書ね」
「へ? 秘書?」
アリアたちのやり取りをぼんやりと眺めているとディラン様から声を掛けられた。あ、シュヴァルツに怒られてる。
「秘書ってなにをするんです?」
「俺を癒す」
「そんなの生徒会の仕事じゃないです」
顔をしかめて拒否すると、じゃあとディラン様は卓上の資料を漁りながら会話を続ける。
「俺の仕事の補佐」
私をちらりと一瞥してからにこりと笑った。私は曖昧に微苦笑を浮かべるしかない。ディラン様の仕事の補佐はシュヴァルツの仕事ではないだろうか。私ができる気がしないのだけれど。
「お茶を出したりするのはどうでしょう?」
「あ、それいいね」
採用、とばかりにディラン様の顔が綻ぶ。そして困ったように笑った。
「ベルがいてくれるのは嬉しいけど、俺はこれから仕事するから、暇かもしれない。飽きたらアリア嬢と話してていいからね」
「はい」
どうやらディラン様は仕事をするらしい。周りがぎゃあぎゃあと騒ぐなかで、資料を捲ったり何やら書き込んだりしている。時折呟くように確認して、恐らく確認済みと思われる書類の山のてっぺんに乗せる。やはり学園を支配すると言えどもそれに見合うだけの仕事をしているようだ。
仕事を捌くディラン様の表情は真剣そのもので、昔の幼さはどこかへ消えていた。ぺったんこだった喉元も男性らしい喉仏がちょんと出っ張っている。可愛らしく丸かった輪郭も今では精悍な顔立ちで美しさに凛々しさも混ざった、イケメンと言うに相応しい顔つきである。
大人になったのだと改めて感じ、今まで見たことの無かった表情と男性らしくなった体つきにドキリとした。顔を赤らめないようにきゅっと唇を結ぶ。袖から伸びたゴツゴツした手だったり、悩んだ時に唇をいじったりする癖だったり、時々覗く鎖骨だったり意識し始めたらきりがなくてなぜだか途端に恥ずかしくなった。
私がじっと見ていたのに気が付いたのか、ディラン様と視線が交わる。
「どうかした?」
「い、いえ……。仕事をしているディラン様が新鮮だな、と」
「……見惚れた?」
ディラン様が冗談めかして言ったのは声色で分かったが、完全に図星であったため一気に体の体温が上がった。異性として意識していたのが見透かされたようで穴があったら入りたいほどの羞恥に襲われる。
私の反応が想定外だったらしいディラン様はぽかんとしたように私を見ていた。それがまた羞恥を煽る。
「いや、そんな厭らしい目で見てたわけじゃないですよ!? ただ、大きくなったなぁって!」
「ふ、ふふ、なにそれ」
ディラン様は体を傾けて、私の方へ寄る。簡易的な椅子に座っていた私の真正面にディラン様の顔が来た。ギシリと椅子の音がして、頬を撫でられる。
「本当に、それだけ?」
耳元で囁くようにそう言われれば、赤面するほかないのではないだろうか。私はボンッと音が出そうなほど真っ赤に染まった自信があった。
ディラン様は笑っているが、私はそれどころではない。あうあうと言葉にならない鳴き声を発しながら状況に適応しようと必死だ。
「ね、明日ベルの部屋行っていい?」
「えっ!?」
こっそりそう言ったディラン様に私は過剰に反応した。彼は楽しそうに私を見ている。
駄目だ。意識しすぎている。この前も至近距離で話したが、それは必死だったのでそんな余裕は無かった。なのに、今はどうだ。穏やかな日常の中では意識しないはずがないほどの色気が今のディラン様にはあった。
尋常じゃない色気に当てられて、私はこくりと従順に頷いてしまうのだった。




