第48話 『生徒会Ⅱ』
石を削るような音を発しながら横にずれる壁は豪華な特別棟には似合わず、まるでダンジョンのようだった。
壁の向こうに現れる螺旋階段には赤いカーペットが敷かれておりその豪華さに拍車をかけている。手すりのガラス細工とか本当にいらないと思うの。
「これが権力の象徴ってやつかしら?」
「まぁ、生徒会長は基本王家がするものらしいからな」
「王家ってそんなにいるの?」
「本家はもちろんディラン様のヴェルメリオ家だけど、分家は沢山いらっしゃるみたい」
「なるほど。さすが婚約者ね」
感心したように私を見るアリアだがこの国では結構基本的なことなので、覚えておいて欲しいものだ。アズも呆れたようにアリアを見ていた。
「……そう言えば、俺たちの学年にも王族の分家がいるらしいぞ」
「え!? そうなの!?」
「いや、他の奴が話していたのを偶々聞いただけだから確証はないが」
「ベルは知ってた?」
「いいえ。聞いてないわ」
「じゃあ、ただの噂ね」
王族の分家か。そう言えばいままで会ったことがない。ずっと遠い親戚ならディラン様にもいるだろうけれど、今代の王に兄弟はいなかったはずだし、分家に与えられると言われる竜の家紋も見たことがない。
「あ、これで終わりみたいね」
アリアの声に顔をあげると階段の終わりに大きな両開きの扉が私たちを待ち構えていた。扉を開けようと手を伸ばすと扉の方から開いたので驚いて飛び退く。
「いらっしゃいませ、お三方」
「シュヴァルツ様……驚かせないで下さい」
「申し訳ありません、タイミングが良かったものですから」
紅色の瞳がにこりと細められた。扉を開けたのはシュヴァルツらしく、上品な姿で立っていた。
「よくこの場所が分かりましたね」
「ええ、勘で」
「ふふ、貴女らしい。どうぞこちらへ」
大きな扉に続くのは再び赤いカーペットだったが、そこはまるで王城にある謁見の間のようだった。一度パーティーに出席したときに王の前で挨拶をした、あの場所である。本来ならば王様がいるはずの場所には王座はなく、代わりとばかりにさっきと同じような扉がその存在感を強めていた。
「ずいぶんと豪華ですね。とても国が関与していないとは思えません」
「えぇ、そうですね。関与していないと言っても、国王はこの学園に投資してくれていますよ」
「それって統括は学園長が行っているんですか?」
突然話に割り込んできたアリアにシュヴァルツは一瞬目を見開き、驚いたように足を止めた。そしてあぁ、貴女方もいましたね、と言いたげな顔をして頷く。
シュヴァルツの表情にイラッとしたのかアリアの顔が険しくなるが、当人は我関せずと飄々としていた。アズが慌ててアリアを宥める。
「アリア、落ち着け。な?」
「ぐぎぎ……」
「たしかにアリア嬢の言うとおり、この学園のトップは本来学園長です。ですが彼もここ数年は不在らしく、生徒会長が学園の頂点に君臨しています」
あまり僕らには関係のない話ですよ、とシュヴァルツは笑って締めくくった。先頭で歩くシュヴァルツを見て、さっと隣にアリアが寄ってくる。アリアを制御することに疲れたのかアズは後ろでため息を吐いていた。
「ねぇ、なんだか怪しくない?」
「そうね。国にこの学園を任せられている学園長の存在が気になるわ」
「ベルもそう思う? うーん、ゲームでこんな設定あったかなあ」
「ゲームの話は無しよ。だって全く違う状況になっている可能性の方が高いもの」
「それもそうね。ゲームよりも、貴族の世界で長く過ごしたベルの方が有利かもしれないわね」
アリアはそれだけ言うとすっと私の後ろに引いた。私はちらちらと周りを見て、壁に掛けられている装飾品を観察する。竜が柄まで伸びた剣と盾。あれは、外套……じゃなくてローブか。にしてもぼろぼろだな。他にも見たことのない海を描いた絵画や宝石を埋め込んだ像などが配置されている。
周りを見ているとすぐに扉の前にたどり着いた。シュヴァルツがコンコンと扉を叩くと柔らかな声がする。
扉の向こうには、書斎のような部屋の机で手を組んだディラン様が微笑んでこちらを見つめていた。
「ようこそ、生徒会へ」
ディラン様の両脇には見たことのない生徒がいる。体格からして男女だろうか。
「君たちを呼んだのは僕たち生徒会に協力して貰いたいからなんだ」
「それは生徒会の一員になるということですか?」
私がそう問えば、ゆらりとディラン様の視線が私を捕らえた。ドキリとして足が半歩後ろに下がるが、彼は含み笑いをしただけだった。
「そうだね。そうなるよ」
「あの、ちなみに生徒会は何をするのでしょう?」
アズが恐る恐るといった風に尋ねるとディラン様ではなくその隣にいた褐色肌の青年が答える。
「正直、これと言ってすることはない。基本的には学園の統括が仕事だからな」
かなり低い声だった。砂漠の王様のような美貌を持つ、恐らく生徒会の人だろう。すごいな。顔面偏差値が。
「ああ、紹介するのを忘れていた。二人とも自己紹介してもらえないかな?」
「了解した」
青年はハキハキと返事をし、もう一人はこくりと頷くだけだった。
「俺は、三年のグラディウス・シャトレーゼ。王太子殿下の側近の一人だ。諜報なら任せて欲しい」
「……グラ……それは言っちゃ駄目だよ……。殿下の婚約者様も居るのに角が立つじゃない……。同じく三年のハルナ……。よろしく」
グラディウスと名乗った青年は何を咎められたかよく分かってないのか、こてんと首を傾げる。それを見たディラン様は笑ったが、シュヴァルツは露骨に顔を歪めていた。
「二人は兄上の直属の部下だけど学園では僕に力を貸してくれてるよ」
「あぁ、もちろんだ。それが主からの命令だからな」
「貴様は死にたいのか、グラディウス。お望みならここで殺してやるぞ」
一オクターブ下がったと思われるドスの効いた声にアリアとアズはドン引きしたように肩を揺らす。私は慣れているので苦笑いするだけだ。
「ディラン様を愚弄する奴は足の先から切り落とす」
「……落ち着いてシュヴァルツ。ごめん、グラディウスは空気読めないから……」
「? 空気は読むものではないぞ、ハルナ」
「……ごめんね、あと馬鹿なの」
ふわふわの可愛らしい制服…これは制服なのだろうか? ウサギのぬいぐるみを持った背の低いハルナの服装はロリータと言っても過言ではない。
「やめろ、シュヴァルツ。騒がしくてごめんね」
「あ、いえ……」
アズの目がとんでもなく泳いでいる。ここで上手くやっていけるか不安というのがありありと顔に書かれてあった。
「まぁ、こんな感じだけど今のところこれといった争いもないし、上手くいってるから気にしないで。生徒会室は本棟にもあるから、基本的にそこで活動するし仕事も書類整理ばっかりだからそこまで負担になるようなものでもないよ。……どう?」
にっこりと王子スマイルでアリアとアズを見る。待って待って。私にも聞いてくださいよ、ディラン様。なんでこっち見ないんですか。
「ベルは決定だからね?」
ん? と有無を言わせない圧力で言われたら頷くことしかできないではないか。私はかくかくと首肯するしかない。
「あー、私はしようかな」
「え!? するのか!?」
「なんでそんなに驚くの。なんだか面白そうだもん」
「おま、……はぁ。わかったわかった。じゃあ俺もそうするよ」
「嫌なら別にしなくてもいいのよ?」
「んでだよ! 一緒に入るの!!」
「うわ、大きな声出さないでよ。びっくりするなあ」
最初はひそひそと話していた二人だが、今ではさっきのシュヴァルツとグラディウスとの喧嘩と同じくらい声が大きいし煩い。げんなりしているとディラン様に軽く手招きされてそちらへ行く。
素直に側に寄ると更に近付けと視線で促された。机を回り込んで私がディラン様を見下ろす形になる。笑顔で嬉しそうに笑う彼に戸惑っているとバアン! と爆発するような音がした。
驚いて息を詰めるとさっとディラン様が私を庇うように前に出てくれる。その側にはいつ来たのかシュヴァルツがいて、さらに両脇をグラディウスとハルナが戦闘体勢で構えていた。
……え、ハルナも戦闘要員なの……?
特に扉の近い方にはアリアとアズがいたが……うんまぁあの二人は大丈夫だよね。アリアを庇うように剣の柄に手をかけたアズとその後ろで柔道の構えをとるアリア。それは令嬢のしていい格好じゃない。
音がした扉からゆらりと出てきたのはひらりと舞うドレス。一流のデザイナーが作ったと分かる綺麗なシルクのドレスだった。
扉の向こうに、緩くウェーブを描くバターブロンドの絹のような髪が靡く。憂いを孕んだように伏せられた睫毛から煌めいた、チョコレートが溶かされたような瞳。陶器の如く白い肌に薄く色付いたピンク色の頬と赤い唇。
「……天使」
アリアとはまた違う、神に愛された美貌。でも私は彼女……いや、彼を知っている。
「さあ、私の美しさに平伏しなさい!!」
きっと私たちは死んだ目をしていただろう。
「……シエノワール・マルキャス……」
人騒がせなやつめ、と呟いたディラン様にその場全員が力強く頷いた。




