第5話 『お友達大作戦Ⅰ』
いつもより早い時間に起きて、ザッと勢いよくカーテンを開ける。本当はメイドの仕事だけど今日は自分でしたかった。
大きな窓の外にはキラキラ輝く朝日と透けるような青い空。
「天も私に味方しているのね」
雨が降っていたら今日の作戦は実行出来ないことになる。私は決めたら即実行するタイプの人間なのでここで出鼻をくじかれたらたまらない。
気合いを入れるためにもドレスを入念に選んだ。クローゼットに所狭しと並べられている色とりどりのドレスを順番に見る。
王子って何色が好きなんだろう。良い印象を与えられるものがいいな。王子と同じ金色と青をあしらったドレスとか? いやいや、それはさすがに重すぎるか。今日は恋人ではなく友達になるんだから、動きやすいものにしよう。
これからの作戦も考えて、かなり簡素なドレスを選んだらメイド達に渋い顔をされた。このドレスは変えられたら困る。仕方なく、私はスキル『令嬢の我が儘』を発動した。このドレス以外は断固拒否である姿勢を示すため、ドレスを握りしめて「これにするわ」とはっきり告げる。
渋々着せ変えてくれた時は勝ったと確信したが、いつも以上に化粧を濃く塗られた。
私は私のままで可愛いのに……。解せぬ。
☆
三回目の深呼吸をして、玄関前で執事達に混じって王子を待つ。私が玄関先で待つのは実は初めてだ。いつもは屋敷の中で待っているが、今日は作戦を成功させるためにもここで待つのが一番有効だと考えた。何事も先手必勝。ふうっと息を吐いてからもう一度胸に手を当てた。
しばらく待っていたが髪をいじったり、靴をドレスから覗かせたりとやっぱり落ち着かない。時間が迫るのを感じれば感じるほど心臓がばくばくと音をたてる。
もしも、王子に嫌われたら二度目のチャンスはないと思った方がいい。多分ここに来る回数は少なくなるだろう。そりゃ、嫌いな相手と好き好んで一緒にいたいとは思わないだろうし。
そこまで考えて、ん? と首をかしげた。
待てよ、もし王子が我が家へ来なくなった場合、彼は王宮にいることになる。でも王宮には兄がいる。婚約者の家は嫌だ、でも王宮も嫌だって……。板挟みでなおさら拗らせるヤツ……。
芋づる式で不安なことがどんどん増えていく。結局私がこの作戦を成功させるしかないのだ。このままでは何も改善しないし、誰も幸せにならない。なら何かやって粉砕したほうがマシかもしれない。
ベルティーア、当たって砕けろ!
砕けたくはないけれど、と心の何処かでそっと呟いた。
自分を必死に鼓舞していると、がらがらと馬車を引く音がして、慌てて背筋を伸ばした。控えていた執事達と同じように深く礼をする。
ドアの開く音が聞こえて、王子が降りてきたのだと分かった。黒い靴が目の前で止まる。
「どうしたの、ベル。お迎えなんて珍しいね」
顔を上げると純粋に驚いた顔をした王子がいた。
「それにドレスもいつもと違う気がするけど」
すごい。さすがです、王子。ドレスの違いにも気付くなんてよく見ていらっしゃる。
「ようこそ、おいでくださいました。今日は我が家の庭を案内させて頂こうかと思いまして」
「庭を?」
「はい」
にっこりと王子を見習って意志が悟られないように笑う。多分できてる。一瞬王子が眉をひそめた。
しかしそれは本当に一瞬で、すぐに笑顔に戻る。
「そうか、だから待っていてくれたんだね。ありがとう。じゃあ早速案内してくれるかな?」
王子の切り替えの早さと状況に対応する適応力には舌を巻く。いや、ここは作戦通りに動いたことを素直に喜ぼう。これからが戦いだ。
「こちらです」
私のできる精一杯の笑顔で王子を見ると、彼も私を見ていた。目があって、お互いに微笑み合う。端から見ればかなり和む光景だが、当事者の私たちは違う。
王子は思いの外警戒してるし、私も戦う気満々。視線の間には火花が散ってるに違いない。
脳内でゴングの音が鳴り響いた。
庭案内は順調に終わり、王子もなにも言わずについてきてくれる。花を一つ一つ説明すると、この花は春になると赤い花を咲かせるんだよね、と豆知識を披露してくれた。が、正直手応えはイマイチである。
花を見て、立ち止まることはあってもほんの数秒だけ。これでは思ったよりも早く案内が終わってしまう。
「王子、楽しくありませんか?」
薔薇のアーチを見ている王子に声をかけた。ゆっくりとこっちを振り向く瞬間、金色の髪が日に照らされて天使の輪を作った。相変わらず美しい方だ。
「そんなことないよ? ほら、この薔薇だってこんなに綺麗。よく手入れされているね」
そう言ってまた薔薇に視線を戻した。
ああ、どうする。このままで現状は動きそうにない。王子も警戒したままだし、ここはやはり一発玉砕するしかないのか。
思案していると、王子がある場所に足を向けた。
「ま、待ってください! そこは……!」
思わず叫ぶと王子の足がピタリと止まる。こっちを向いてちょこんと首をかしげた。
「あっちはダメなの?」
「だ、だめです!」
「へぇ……僕にも言えないようなこと?」
いつものように優しく微笑んでいるはずなのに、なんか変な悪寒がする。細められた瞳が意地悪そうに歪んでいた。……なんとなく感じてはいたけど、王子って実はサディストの素質があると思う。ドS設定のキャラなのだろうか。
にっこりを通り越して妖しげに笑っている王子を見て、警戒心が薄くなっているのに気が付いた。今なら……いけるかもしれない。なんか、すごいナメられてる気がするけど。
今日の座右の銘は当たって砕けろ。ここまできたら進むしかない。
「王子、お願いがあるのですが」
「え? お願い?」
汗がべったりついた掌を強く握りしめる。
「私と友達になってくれませんか?」
腹に力を入れて、しっかり王子の目を見て言った。王子はぽかんと呆けた後、今度は今までにないほど警戒を強めて笑った。
私は怯むことなく続ける。
「私、王子と仲良くなりたくて」
笑顔だけど目が笑ってない。これは冗談なんかで済まされないやつだ。後には引けない状況とはまさにこのこと。
笑みを崩さずに、王子はゆっくりと口を開いた。
「なんで僕と仲良くなろうなんて思ったの?」
今度は笑顔を一転させて真顔で問う。いつもの柔和な笑みはどこかへ消え、冷たい双眸が私を捕らえた。
まさか真顔になるなんて予想もしていなくて驚いた。美人の真顔という迫力がありすぎる表情に体が硬直する。これ、選択肢を間違えれば死ぬ。
「俺の過去を聞いて可哀想になった? それとも、ただの同情かなにか?」
一人称が変わった。多分こっちが本当の王子だ。怖いけど、大丈夫。怒りをぶつけられるのは前世の弟で慣れてる。大丈夫、大丈夫と呟きながら、私は王子の一挙一動を見逃さないように目を逸らさずじっと話を聞いていた。
「今日は庭を案内したのもそういうことなの?」
全く怯まない私を見てイライラしたのか、睨みがさらに鋭くなる。容姿が綺麗なだけに、この表情と視線には凄みがあった。
「同情なら、いらない。馬鹿にするな」
そう吐き捨てた王子の瞳には私に対する侮蔑の色が滲んでいた。




