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第47話 『生徒会Ⅰ』

 学園の授業はマーティン先生から習ったものとほとんど変わらず、しかも初歩的なものばかりだった。前世もある私からすれば計算なんてお手の物だし、歴史もほとんど網羅してしまっている。数ヵ月後にあるテストでお母様にいい報告が出来るだろう。


 授業では時々ペア学習がある。常に、ではなく少し応用した問題を扱う時に二人で考えるのだ。

 私の隣はご察しの通りラプラスである。


「これのどこが難しいんだろーねぇ」


 ペン回しをしながら相変わらず飴を舐めているラプラスはものの数秒で問題を解いてしまった。これ、私がいる必要なくない?


「ラプラス様は凄いんですね」

「あぁ~! だからさぁ、ララでいいって言ったじゃん? 様とか、敬語とか、そんな堅苦しいの、僕きらぁい」

「は、はぁ……」

「気の抜けた返事しないの! はい、ララって言ってみて!」

「え? ら、ララ?」

「うんうん。いい感じ~」


 ララは屈託のない笑顔でにっこりと笑った。彼はマイペースで、頭は凄くいい。今日一日の知識だけど、間違ってないと思う。


「えっと、ララはどうして白衣を着てるの?」

「……白衣? ええぇ!? ベルちゃん違うよぉ。これ、ローブって言うんだよ~?」

「ローブ?」

「僕ね、魔法の研究してるの。内緒だよ?」


 ララは悪戯っ子のように目を細めて人差し指を自分の唇に当てた。魔法の研究か。すっごく面白そうだな。


「魔法って王家が使える特別な力よね?」

「そうそう! よく知ってるねぇ。ベルちゃんは殿下の婚約者でしょ? 魔法、見たことある?」

「……一応」

「へぇぇぇぇ!? すごい! 僕も見たいなあ! ね、お願い出来ない?」

「お、お願い!?」


 私がディラン様にお願い? 魔法を見せて下さいって? え、そんなことしてもいいのかな。許可してくれたらいいけど、駄目って言われたらどうしよう……。

 私がオロオロしているのを見てララはくすりと笑った。


「ごめんね。特別な力だもんねぇ。そんなにアッサリ見せてくれないよ」

「ご、ごめんなさい。ダメもとで聞いてみるわ」

「ほんと~? これでまた研究材料が増えるぞぉ!」


 ララは子供のようにはしゃいで手を叩いて大喜びする。おおぉい、止めてくれ。目立つじゃないか。只でさえ昨日の自己紹介でララは悪目立ちしてるのに。


「ラプラス・ブアメード」

「? はぁい!」

「少しは静かに出来んのか。黙れ」

「……ごめんなさい」


 ルスト先生に冷たい目で怒られてララはしおらしくしょぼしょぼと俯いた。項垂れながら細かく飴を齧っている。

 彼は緊張したり、悲しくなったり、何らかの負の感情が起きたときにこうやって飴を噛む癖があるらしい。さっき怒られた時もガリガリと飴を噛んで更に怒られていた。


「うぅ、怒られちゃったよ……。ルストせんせー超怖くない?」

「確かに。綺麗な方だから、怒ると余計怖く感じるね」

「勿体ないなぁ……」


 ララの言葉が聞こえたかのように教卓に立っていた先生がジロリとララを睨んだ。ララは蛇に睨まれた蛙のごとくひぃっと喉を絞められたような声を出す。


「あぁー……。ララが失礼なことを言うからよ」

「だってぇ~……」


 美人の無表情や睨みは怖い。

 ララは涙目で私にしがみつく。


「暇そうなお前らにはこれをやろう。全て埋めておけ」


 ルスト先生が教卓から取り出して私たちの机に置いたのは年表だった。丁度歴史の授業をしていたから、だと思う。とは言え、記述式はまだ早いんじゃないか。

 ほぼ真っ白じゃん。出来事とその背景、なんて普通出来ないって。


 ララの方をちらりと見ると退屈そうにペンを回して新しい飴を食べていた。そして食べはじめて早々ガリガリと噛み砕く。その音結構響くから止めて欲しい。


「なにこれ……」

「ララが変なこと言うから」

「うぅ、ベルちゃんまで巻き込んじゃうなんて……」


 ララは申し訳なさそうに眉を下げてまたガリガリと飴を砕く。どれだけ消費すれば気が済むんだ。どうやら課題を増やされたことが不服らしい。

 むすっとしたままひたすらペンを動かしている。私も今夜の課題が増えるのは勘弁だとペンを握って問題を見た。

 マーティン先生とやった所ばかりだ。ヴェルメリオ・ガルヴァーニ戦争、と長めの空欄に書き込む。そしてそのまま視線を滑らし問題を解こうとするがさっきから隣がゴリゴリ煩い。前の席の子たちも迷惑そうに顔をしかめていた。


 ララに言った方が良いかとちらりと横を向いた瞬間、バンッと机を盛大に叩く音がした。ルスト先生だ。

 綺麗な顔に皺ができるほど眉を寄せてララを睨む。ララも大きな音に驚いたようでびくっと肩を揺らして恐る恐る前を向いた。

 ララとルスト先生の視線が交わる。


「飴没収すんぞ」

「……ごめんなさい……」


 ララは涙目になりながら飴をごくりと嚥下した。


 ◇◆◇


「アイツ本当に煩いわね」


 放課後の人の少なくなった教室でアリアが呟く。アイツ、とは十中八九ララのことだと思う。


「飴が好きなのかしら」

「にしたって授業中に飴なんて、頭可笑しいわよ」


 確かに、普通の人とは言い難い。


「お待たせ」


 先生に用事を言いつけられていたアズが帰って来た。アリアがパッと鞄を持って立ち上がる。私も慌てて鞄を持った。


「あまり遅くなっても悪いだろうし、さっさと生徒会室行きましょ」

「え? アズも言われたの?」

「あぁ、そうなんだよ。ほら」


 同じく鞄を持ったアズがポケットからカードを取り出す。それは私たちがシュヴァルツから貰ったのと同じものだった。


「生徒会室ってどこにあるんだろう」

「確か四階の特別棟の中央じゃなかった?」


 特別棟なら廊下を曲がって無駄に広くて手入れされている中庭を横切らなければならない。まだ入学して三日目で、特別棟まで行ったことは無かった。


「すごい、ここが中庭なのね」

「昼は生徒が飯食べてるな」

「花もすごく綺麗。桜みたい……」

「あ、それ私も思ったわ!」


 私の言葉にアリアが賛同する。ピンクの花をつけた大木は桜のように見えた。アズはさくら? と頭にハテナマークを飛ばしていたが私たちは二人で大騒ぎした。


「おいおい。早くしないと遅れるぞ」

「そうね! ベル、後で見ましょ!」

「お昼ご飯食べるのも楽しそうね!」


 後ろ髪を引かれながらも特別棟へ入る。普通棟とは格が違うほど豪華だった。


「……これは……」

「お金かけるところが間違ってるとしか言えないわ……」


 アズとアリアがぼんやりと呟く。置かなくてもいいような大理石の像が等間隔に置かれてあり、天井は高い。これの四階ってとんでもないぞ。

 三人ともぼーっとしたように上を見たり下を見たりする。暫く歩いていると違和感を感じた。


「……なぁ、入り口が無くないか?」


 アズに言われて私たちは初めて気付いた。長い長い廊下が続いているだけで全く入り口が見つからない。気がつけば中庭に出ていた。


「え? なに? どういうこと? 謎解きとか面倒くさいんだけど」

「生徒会は選ばれた者しか入れないって聞いたことがあるぞ」

「うへェ、なにそれ」


 私はじっとブラックカードを見つめた。もしかしてディラン様の魔法だったりする?

 そう思った瞬間、ふわりと薔薇の薫りがした。ディラン様が魔法で作り出す薔薇の匂い。くんくんとカードを嗅いでみるといつかの誕生日の時に便箋についてあったような薫りがする。


「ベル? カードがどうかしたのか?」


 アズが近づいてきて私のカードを覗き込む。ああぁ、やめて! 近いから! 赤面しそうな顔を必死に笑顔の仮面で隠しながらにこりと笑う。


「えぇっと、もしかしたらだけど、分かったかもしれない」

「ほんとに!?」


 私たちはもう一度ヴェルサイユ宮殿のような特別棟に戻って廊下を歩いた。半分くらい歩いたところで立ち止まる。


「……ベル?」


 アリアの戸惑った声を聞きながら廊下から見える花に目をやった。桜もどきの木に混じって一際香った木の根本。よく見ると花びらは真っ赤で茎には無数の棘がついている。

 中庭で、唯一咲いてあった赤い薔薇。それが見えるのは長い廊下でもここだけ。


「多分、ここに何かあるわ」


 アリアとアズは視線を交わらせてキョロキョロと辺りを探りだした。


「あ!」


 天井までアリアの声が響く。彼女はじっと大理石の像を見ていた。そして数メートル先にあった同じ像と見比べる。


「ねぇ、ここだけ口が少し開いてる!」


 よく見てみると半開きで口が開いていた。

 アズがカードと像をなんども見比べて、ポツリと呟く。


「このカード、刺せそうだな」


 取り敢えず、といったように自分のカードを像の口に突き刺した。その瞬間、カチッと音がして壁が動き出したのだった。



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[一言] 飴は普通じゃない?日本人の感性としては。
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