第46話 『秘密の会談Ⅱ』
昨日の夜一晩中考えたことを恐る恐る口にする。
「正直に、言ってもいい?」
「うん」
窺うようにアリアを見たら、にっこりと微笑まれた。覚悟を決めて、息を吸う。
「正直ね、どうしたらいいかまだ分からない」
一晩中考えた末の結論がこれでは本当にポンコツと言わざるをえないが、これが私の率直な思いだった。アリアは驚きもせずにうん、と頷いてくれる。
「私、学園に入学したらディラン様とヒロインが恋に落ちて、それを邪魔しないように頑張ろうってずっと思ってた。だからディラン様に恋するなんてことはあったらいけないことだし、自分が辛くなるだけだから、ほんっとに何にも考えてなかったわ」
「……私も、アズを攻略するって決めたとき凄く苦しかったんだよね。アズが嫌いってわけじゃないの。なんだかとても申し訳なくて。それって多分この世界にベルがいたからだと思う」
アリアの言葉に私も深く同意する。同じ事を思ってたみたいだ。ディラン様を好きなアリアがいるから私は彼がヒロインと恋に落ちると思った。アズを好きな私がいるからアリアは心苦しかった。
自分の思考回路に全く疑問を持たなかったけど多分そういうことなんだろう。もうそれが世界の強制力とかくどいことは考えない。ややこしくなるから。
「私の計画とか、行動とか何年も考えてきたのが全部無駄になって、今度はいきなりディラン様の本物の婚約者としてなんて頭が追い付かないわ」
アリアはティーカップを持って紅茶を啜る。じっと探るような視線を感じた。
「ベルはこれから、王子の婚約者として結婚して同じお墓に入るのよ」
「うん、そう、だよね」
「ベルはさ、王子が自分のことどう思ってるか分かる?」
「あ……」
考えて無かったことを言われた。
ディラン様が、私をどう思っているのか。
政略結婚なんて前世ですらあまり聞かない単語で私には全く未知の領域だ。相手との距離の取り方とか、好き同士で結婚したわけじゃないからよく分からない。お前とは政略だから、なんて言われて傷付くようなヒロインを漫画とかでよく見る。
恋心はあった方がいいのか、それともドライな関係を続けるのか。友人として適度な距離を保つべきなのか。
「ディラン様は、少なくとも友達くらいには思ってくれてると、思う」
「……友達ねぇ」
「それは断言できる。……きっと。ディラン様は何考えてるか時々分からないんだよね……」
尻すぼみになる私の言葉にアリアは労るように笑った。
「大丈夫よ。ちょっと意地悪な質問をしちゃったね」
アリアは困ったように眉を下げてから、椅子に座り直す。
「私、アズに振り向いて貰えるように今頑張ってるの」
話題転換をするように明るい声色でアリアは組んでいた足を組み替えて指を絡めだした。これは、照れてる時の癖だ。
「私はヒロインだけど、ヒロインじゃないから。アズには私って人を好きになって欲しいなぁって! ……これをベルに言うのは違うかな」
ふと視線を下げたアリアに私は慌てて胸の前で手を振る。
「そんなことないよ。私は確かにアズが好きだけどそれは憧れとか、尊敬とかの方が強いから。あわよくばって感じだったもん」
「うん、ベルならそう言うと思ってた」
今の私にはディラン様との結婚しか残されていないから当然と言えば当然の発言だと思う。他の男性にうつつを抜かすなど婚約破棄されて勘当されたって文句は言えないのだ。
そう思えば、アリアとアズが幸せになってくれるのも心から祝福できる。アリアには素敵な男性が側にいて欲しいし、彼女も途中でまた人生が終わることがないように守って貰えばいい。
「聖母みたいな微笑みを浮かべてるよ」
「え、私!?」
「うん、お母さんって感じがする」
暫く私は呆然とした後、二人で顔を見合わせて大笑いしてしまった。それは多分前世で長女で兄弟の中でも最年長だったからだと思う。ついつい人に世話をやいてしまうのは、そろそろ止めたいと思っているんだけど。
二人であれこれつまらないことを話して気がつけばかなり遅い時間になっていた。
「もう外が暗い。早く帰らないと危ないわね」
「大丈夫よ。廊下には一応灯火があるから」
アリアはそう言って帰る準備をした。私も机にある空のティーカップを集める。
「ベル」
「なにー?」
お菓子を棚の上に仕舞っているとアリアの声が聞こえて咄嗟に返事をする。
ひょこりとキッチンから顔を覗かせるとにっこり笑顔のアリアと目があった。
「これからは、王子についていけば問題ないわ」
「え? それはどういう……?」
「幸せになるのよ。私たち二人で。今度こそ」
アリアの真剣な瞳に促されてこくりと頷く。
彼女はよし、と言ってから扉に手を掛けた。
「貴女が前世で付き合ってきたどの男よりも王子が一番素敵だわ」
「そ、そりゃあ、そうでしょうよ……」
「ふふ、じゃあまた明日!」
アリアは片手を上げて颯爽と帰っていった。彼女は兎に角行動が早い。見送りたかったけど、大丈夫だろうか。
◇◆◇
ぼんやりとランプのついた長い廊下を可愛らしい少女が歩いている。少女は壁を手で撫でながら一人笑っていた。
「王子からはちゃんと許可も貰ったからベルとの接触は問題ないはず。王子の本性もバラしてないもの」
ふぅ、と深いため息をついてアリアは顔をしかめる。
「どうして私が親友と仲良くするのに王子の許可がいるのよ!」
むしゃくしゃして叫んだ言葉は廊下に響いて消えていく。あまり煩いと苦情がきそうなので一声で止めてあげた。彼女の前世を考えればもの凄い進歩である。今日も親友から、我慢を覚えたのね、と顔を輝かせて言われたのだ。
自分は犬か何かか、と問い詰めたくなったが確かに成長したことは感じていた。
暫く歩いているとコツコツ、と明らかに自分のものではない足音が聞こえた。アリアは警戒心を強め、目を凝らす。まだ就寝の時間でないにはしても、淑女が出歩く時間でもない。見つかったらお咎めを食らうのは承知だったが怪しい人物なら蹴りをお見舞いしてやろう。
アリアは腰を落とし、いつでも攻撃できる体勢になる。じっと息を潜めているとコツコツという音が大きくなる。ん? どうやら走っているようだ。これは怪しい。
壁に同化するように自分の気配を消していると相手があと数歩の距離に来た。アリアは飛び出して膝蹴りをしようと……。
「あれ? アズ?」
「うわ!? アリア!」
蹴りの姿勢で固まったアリアを見つめるのは彼女の幼馴染であるアスワドだった。アリアは蹴りの姿勢を止めて暢気に笑った。
「こんな所でどうしたの?」
「馬鹿! お前、こんな時間に出歩くんじゃない! お前の部屋に行ったら誰も居なかったから探したんだぞ!?」
「えぇ、ここは女子寮よ? 貴方の方がよっぽど危ないわ」
アスワドはぐっと言葉を詰まらせ、ガクリと項垂れた。
「はぁ、とりあえず無事で良かった」
「私が拐われたとでも思ったの? 私は強いのよ。そこら辺の変態になんか負けるわけがないじゃないの」
「あー、はいはい。ほら、帰るぞ」
アスワドはアリアの手を取って躊躇なく歩き出す。手、とアリアは言いそうになったが暫し考えて仕方なくアスワドを心配させたことを心の中で謝った。
「アズ、私の部屋に来ようとしてたの? えっち!」
「ばっ、うるさいな! 明日の放課後に予定が入ったことを言いたかったんだよ。お前、部活がどうとか言ってただろ。今日はベルとすぐに帰ったし」
「覚えてくれたのね。でも実は私も明日予定が入ったの」
アリアは自分のポケットからカードを取り出した。暫くアスワドはそれをじっと見つめていたがハッと顔色を変えた。
「アリアも生徒会に……?」
「え? それってアズも?」
アスワドも慌ててカードを取り出すとそれはアリアがシュヴァルツに貰ったものと同じだった。
「……どういうこと?」
「……よく分からない」
薄暗い廊下で立ち止まって二人はじっと考えるが答えが出るはずもなく、まぁ明日になれば分かるだろうと同時に考えることを止めた。




