第45話 『秘密の会談Ⅰ』
これから用事があるからまた明日、とラプラスが帰ってから私は呆然とその場に動けずにいた。嵐のような人だった。
どうやって育ったらあんなに不思議な人になるの……? 本当に貴族なのか聞いてみたくもなる。
私が教科書を持ったまま固まっているとポンっと肩に誰かの手が乗った。大方誰かは気付いている。
「ベル、帰ろ。てか、あの人なに?」
「……友達になった」
「はあ? なにそれ?」
アリアの言葉に私は苦笑を漏らすことしか出来ない。最近友達って言葉をよく聞く気がする。
「で? お友達になっちゃったワケ?」
「えぇ、別に断る理由もないもの」
「ふぅん。ま、いいや。早く帰ろう。ここじゃ、視線が気になって猫被らなきゃいけないもん」
アリアは少し声をひそめて不愉快そうに片眉を上げた。たしかに、顔は天使級に可愛いアリアとディラン様の婚約者である自分が一緒にいると嫌でも目立つ。
私は一つ頷いてさっさと教室を出た。
長くて無駄に豪華な廊下を歩いていると前から見知った人物が歩いてきた。彼はこちらを見てあ、と声を上げる。
「お久しぶりですね、ベルティーア様。入れ違いにならなくて良かったです」
「お久しぶりです。シュヴァルツ様」
真っ黒な髪と赤黒い瞳が眼鏡の奥で知的に輝いている。シュヴァルツとも一年ぶりにあった。やはり色気が増している。すごい。
シュヴァルツは私の隣にいるアリアをちらりと一瞥したがすぐに手元の資料を捲り出す。
愛想悪っ、とアリアが呟いたことは私だけが聞こえたものと信じたい。
「実はベルティーア様に言いたいことがありまして」
「なんでしょうか?」
「明日の放課後、生徒会室に来て頂けませんか?」
シュヴァルツは資料の中から厚紙のような黒い紙に金の文字が書かれたカードを取り出した。なんかブラックカードみたいだ。
「貴女も」
シュヴァルツはそう言ってアリアにもブラックカードを渡す。アリアは少し思案した後、それを受け取った。
あれ、生徒会ってことはディラン様もいるってこと? シュヴァルツの様子から見ると彼も生徒会に所属してそうだけど。
「明日の放課後ですね。分かりました」
「助かります。必ず来て下さい。必ず」
シュヴァルツは無表情のまま念を押すように言葉を強めた。私はこくこくとひたすら頷く。絶対に行かなければ。
シュヴァルツと別れて寮まで向かっているとアリアが顔をしかめてブラックカードを眺めていた。
「私、彼のこと嫌いだわ」
「確かに合わなさそうね」
「でしょ? あの失礼な態度! 気に食わない!」
アリアも大概失礼な態度をとると思うけど、なんてことは口が裂けても言えない。
ふん、と鼻を鳴らしてアリアはカードをポケットに仕舞った。丁度私の部屋に着いたからだ。
「私の部屋でいいの?」
「勿論よ。もしも王子が訪ねてきた時に貴女が居なかったから大変だもの」
よく分からないことを言われて私は首を傾げる。部屋に入るとアリアはおお、綺麗、と感嘆の声を上げた。そして私のお気に入りの椅子に我先にと座る。
「ちょっと、それ私のお気に入りの椅子なんだけど」
「あー、やっぱり? 素敵だと思ったー!」
アリアは気にした様子もなくケラケラ笑う。私は仕方なくアリアと自分用に紅茶を用意して、小さなテーブルを挟んで向かいの椅子に座った。私がお客様用の席に座るなんて可笑しいと思いながらもアリアは梃子でも動かないから何を言っても無駄だ。
アリアは私が座ったのを見てから長くて細い足をスカートからチラつかせて組む。偉そうに頬杖をついて私を見た。
「さぁ、ベル。なんでも聞いて。私は貴女に隠し事はしないって前世から決めてるの。全部教えて上げる」
アリアの言葉に私は一瞬瞠目した後、ふっと笑ってしまった。そうだ。この子はそういう子だ。何だかんだ、私には甘くなってくれる。
「じゃあ、なんでも聞くわよ」
「勿論」
「この世界のこと、ゲームのことを全部教えて」
「まぁ、そうなるよね」
アリアは予め知っていたかのように笑って頷く。そして自分の記憶を掘り返しながら口を開いた。
「私はこのゲームが大好きだったから推しに限らず全てのルートを最低3周はしてるわ」
「その執念には私も感心する。私はアリアの推しであるディラン様と、アズなら知ってるけど詳しいシナリオはアズしか知らないわ」
私が王子をディラン様、と呼んだことに一瞬アリアは反応したが追及されることは無かった。
「そうね、じゃあまずは初歩的な攻略対象者から。ルートは全部で4つあって、それぞれ第二王子、腹黒メガネの策士に幼馴染のイケメン騎士、ワンコ系チャラ男くん」
「第二王子はディラン様で、幼馴染のイケメン騎士はアズだよね」
「そう。腹黒メガネの策士はシュヴァルツ・リーツィオ。ワンコ系チャラ男はシエノワール・マルキャス」
え!? まさかシュヴァルツまで攻略対象者だったの!? でも顔は有り得ないくらい綺麗だったし、攻略対象者と言われてもなんとなく納得できてしまう。
で、ワンコ系チャラ男が……シエノワール・マルキャス……? マルキャスってどこかで聞いたことがある。シエルの名字じゃなかった?
「シエノワールって……」
「え? あぁ、チャラ男? 愛称はシエルだったかな。幼い頃に母親から性別を否定されて育ったせいで女が大嫌いなんだよ。だから拾って捨ててを繰り返す屑野郎になったじゃなかった?」
性別を否定された。つまり女として扱われたということか。え、じゃあもしかしてシエルは実はシエノワールで、男だった?
「うわぁ……」
「どうしたの? もしかしてもう顔合わせ済み?」
「……そうみたい」
「え!? 凄いね。まぁでも悪役令嬢だし、ベルティーアは全部のルート共通だから面識ないとおかしいか。恨み買わなきゃいけないもんね」
私はアリアをギロリと睨み付けた。怖いこというな。
「うわ、その睨み超怖い」
アリアはわざとらしく身体を震わせて怯えたように首を振る。私はチッと舌打ちをして椅子に寄り掛かった。
「私といるとき本当に柄悪くなるよね、アンタ」
「余計なお世話よ。はやく続き」
「はいはい。えーっと、各ルートの細かいことはもう当てにならないと思うから必要になったらその都度聞いてよ。じゃあやっぱり生徒会についてかな」
「あ、それ知りたい」
私が食い付いたのを見てアリアはにんまりと笑う。
「まず、この聖ポリヒュムニア学園はちょっと特殊な学園でね。王国も不可侵の学校なの」
「え? それってなんだか変じゃない? 万が一の時はどうするの?」
「そこら辺はよく分からないの。何故か王国はこの学園に口出し出来ない。だけど貴族の子女には行くことを義務付けている。まぁ、裏で何かあると考えるのが妥当よね」
「私たちは関係ないよね……?」
「えぇ、ゲームでは触れられて無かったし、よくある演出でしょ」
アリアにそう言われて私はほっと息を吐く。良かった。絶対に巻き込まれたく無かった。
「本当は学園長がトップなんだけど、何故か不在。ここら辺も怪しいけどね。その中で学校の頂点に君臨するのが生徒会ってわけ。正式には生徒会執行部」
「へぇ……。良くありそうな話ね」
「教師も生徒も規則も統制するのがこの組織よ。彼らはこの学園を"帝国"って呼ぶらしいわ」
「王国が不可侵だから?」
「そう。自分たちの完全天下だからね」
なるほど、と私は自分で用意した紅茶を一口飲んだ。アリアも真似するようにそれを口に運ぶ。
「生徒会に属するのは全部で5人。生徒会長、副会長、会計、書記、庶務。各々別名みたいなのもあるけど基本これで呼ぶから問題ないでしょ」
「役職の内容は?」
「前世の認識と全く同じ。特別なことはないわ」
本格的に学園モノである。確かに、ゲーム自体は学園を中心としたイベントが多かった。これは中世ファンタジーじゃなくても良かったのでは? と思うくらい日本色が強い。
「ねぇ、一つ聞きたいんだけど」
「なに?」
「私、死なないよね?」
ベルティーアとして産まれてきたとき、いや前世を思い出してからずっと不安だったこと。もう、人生を途中で終わらせるなんてことしたくない。
アリアは少し驚いたように息を飲んだ後、ふわりと笑った。その顔だけ見れば本当に天使だ。ウィルに勝るとも劣らない。
「死なないわ。大丈夫。護ってくれる人がいるから」
そのアリアの言葉と表情に私は漸く安心できた。アリアが言うなら間違いない、と根拠もなく思えてしまう。
「良かった」
「ねぇ、ベル」
今度はアリアが私に尋ねたそうにこちらを見ていた。
「なに?」
私もさっきアリアが言ったものと同じセリフを返す。アリアは言いにくそうに視線を泳がせた後、暫く口を開いたり閉じたりしていた。
私はじっと彼女の言葉を待つ。アリアがこんなに物をはっきり言わないのは私に何か気を使っているからだろう。らしくないことするなぁ。
暫くアリアはモジモジしていたが、漸く覚悟を決めたように私を見つめた。
「ねぇ、ベル。貴女は、王子のことどう思ってるの?」
私が踏み込むことじゃないのはわかってる、とアリアは続けた。
アリアは私に隠し事をしないと前世から決めていると言った。勿論、私もそれは同じだった。どんな気持ちであれ、彼女に相談するのが一番良いだろうと前世から思っている。
しばらく考えた後、自分の気持ちを彼女に正直に言うことを決意した。




