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第39話 『推しとの遭遇』

 入学式は前世のものと大して変わらなかった。学園長は不在でして……と、校長と名乗る先生が禿げ上がった頭を光らせてやる気に満ちた挨拶をした。

 長い。どこへ行っても。たとえ異世界へ転生しても、校長の長話は避けられないらしい。10分を越してくるとさすがに誰も聞かなくなった。時々わざとらしいため息が聞こえるほどだ。


「えー、新入生の皆様にはこれから規則や学問を学んで頂き、えー、大いに成長して欲しいと思います。ところで……」


 長すぎる、最早挨拶とも言えない話が追加の10分で漸く終わり、今度は生徒代表挨拶らしい。さっきから挨拶ばっかりだなぁ。

 しかし、次に聞こえてきた言葉に私は身を固くした。


「生徒代表挨拶。第183代目生徒会長、ディラン・ヴェルメリオ」

「きゃあああああ!」


 耳を(つんざ)く悲鳴にハッと顔を上げる。そこには見たこともない質の良さそうな腕章を着けた王子が堂々と歩いていた。

 ていうか、質のいい腕章って何よ。


 演壇に立ち、にっこりと悩殺スマイルを炸裂させる。その度に鼓膜が破れそうな悲鳴に見舞われた。

 制服に身を包んだ王子を呆然と見る。今まで制服姿なんて見たことも無かったし、想像もしてなかった。大きくなったんだと、変な方向に脳が振りきれた。


 あんなに拗れきって手に負えない生意気な子供だったのに、皆の前に出て生徒会長だなんて……。友達は出来たのだろうか。是非紹介してほしい。王子の友達ってどんな方だろう。クラスでは浮いてないかな。一緒にいる人がちゃんといるかな。なんか涙出てきた。


 気分は完全に親世代である。


 王子は完璧な仕草で礼をする。

 そうすれば、今まできゃあきゃあ煩かった生徒がピタリと息を潜めて彼の全てに意識を集中させた。


「新入生の皆様、ご入学おめでとうございます。在校生を代表して歓迎の意を表したいと思います」


 挨拶の言葉を聞きやすいイケメンボイスですらすらと紡ぐ王子を私は涙目で眺める。


 分かってはいたけれど、いつもに増して今日は輝きが違う。王子はこんなにキラキラしていたか? 近くに居すぎて気付かなかっただけ……?

 にこやかに挨拶をする王子をじーっとひたすら見つめていたら不意に目があった気がした。えっ、と思ったときには王子はもう違う場所を見ていた。


 気のせい……かな。


 目があったなら微笑むくらいして欲しかったなんて、口が裂けても言えやしない。


 ◇◆◇


 入学式を終え、私はボッチで寮へ戻る……なんてことはしない。

 入学式を終えた新入生は今日から親元を離れ、単身で寮へ入る。従者を付けることは許可されておらず、貴族の子女達は悪戦苦闘しながら自分を磨いていくのだ。

 そう考えれば、この学園はとても教育にいいと思えた。我が儘三昧の身をわきまえない坊っちゃん嬢ちゃんだっているだろう。


 少しは苦労する方が味のある人間になれるのだ。

 うんうん、と頷きながら校舎の壁に隠れる。

 新入生は寮で待機。それが入学式後の基本的な行動なんだけど、私はそれどころではない。部屋でじっとなんてしてられるものか!

 だって、ここは学園だ。

 貴族なら必ず通う学園だ!


 ならば、アスワド様もいるに違いない!


 お忘れだろうか。

 アスワド・クリルヴェル様のことを。


 アスワド様は、艶やかな黒髪と青緑の瞳をもつ好青年(イケメン)。剣術に優れ、幼馴染のヒロインをいつも気にかけるお兄さん的な存在。

 容姿はもちろんのこと、アスワド様には欠点がない。欲目かもしれないが、堅実で、優しくて、紳士なお方。ヒロインに一途な姿は心を射たれる。

 私のタイプドストライク。ゲームの攻略回数は軽く100を越えた。あらゆるルートを開拓し、スチルを集め、イベントに奔走し、彼のグッズは宝箱の中である。


 それだけ好きだった。

 だって格好いいから。失恋したての私のか弱い心には更に効果を発揮した。

 相乗効果ってやつだ。


 私は前世、男運が最悪だった。

 断言してもいい。私は何も悪くないのだから。

 告白されて、付き合う。そこまではいい。彼女らしく何か料理を振る舞ってみたり、デートしたり。これもいいだろう。

 なのに、何故か必ず振られる。100%振られる。しかも、浮気された上に捨てられる。


 信じられない!

 お前が告白してきたんだろう!


 そして別れ際に女の肩を抱いた元カレが放った言葉はこれだ。


『お前、つまんねぇんだよ。萎える』


 地獄に落ちろこの野郎!

 なぁにがつまんねぇだよ! 浮気したお前が1番有り得ないわ! なに、さも私が悪いみたいになってんの!? 頭沸いてんじゃねぇか!


 ……こほん。少し取り乱してしまった。

 あまりに頭に来たものだから、思い切りビンタしてやった。

 それでも、その夜親友の家に押し掛け、酒飲みながら愚痴って泣いたのは仕方ないと思う。だって、好きだった。元カレだもん。頑張って料理だって作った。ちょっとくらい尽くしても可笑しくはないでしょう?


『なのに、あの男ときたらちょっと顔がいいからって私のサークルの友達に手を出したんだよ!? あり得ない!

 明日からあの子にどんな顔して会えばいいの? ムカつけばいいの? 嫉妬すればいいの?

 腹が立つ!』


 ドンッ! とビールの入ったジョッキを机に叩きつけてスルメを頬張る。

 親友は酔ってベロベロになった私をじっと見て、珍しく口を挟まずにただただ聞いてくれていた。


『……一つだけ言ってもいい?』

『なに!?』

『大して顔もいいとは思わないわよ』

『……そうかな?』


 きっと男の見る目も無かったんだと思う。その元カレと付き合う前にも似たようなことが沢山あったから。

 私にとって恋愛は地雷だった。

 災厄に巻き込まれる厄介事。傷つくことしかない悲しいもの。愛し合うなんて口でいうほど簡単じゃない。両思いとか、本当に奇跡だ。


 だからこそ、私はゲームのヒロインに憧れた。非現実的なものは、私を安心させた。絶対的な運命が約束されているからだ。

 安心してゲームを進め、気に入った人と恋に落ちる。有りもしないシンデレラストーリーを思い浮かべては妄想の世界に逃げた。


 そうして、ろくな恋もしないまま死んでしまった。もしや、前々世に何かやらかしたのだろうか。


 校舎の壁に張り付きながらも、忙しなく目は働かせる。アスワド様を見つけるために。

 私も王子のこと言えない気がしてきた。私こそ、相当拗らせてる。


 はぁ、と大きな溜め息を付いて、入学式の会場前をじっと見張る。人も疎らになってきたし、今日は無理かもしれない。これからは寮生活だし、同じ敷地にいればいつかは会える。


 ……そう。()()()()会えるのだ。

 ニヨニヨと気持ち悪い笑みを浮かべていると後ろから足音が聞こえた。

 思わず振り返る。


 そこには画面越しに何回も見た、光の反射によっては青く見える黒髪で青緑色の瞳を持つイケメンが不思議そうにこちらを見ていた。

 え、え……? まさか……。まさかの?

 イケメンはあざとく首を傾げて形のいい口を開く。


「こんなところで何をされているのですか?」


 アスワド様キタぁぁぁ!

 思わぬ人物の登場に私は唇を震わせて感動に戦くことしか出来なかった。



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