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第37話 『自己破壊衝動』

ヤンデレ注意報

ヤンデレ度★★★★☆

 ━━ベルに好きな人ができた……?


 ぼんやりと天井を眺めながらそんなことを考えているとバリンッとガラスの割れる音がした。なんだろう、とベッドから体を起こそうと手を動かすと見事にシーツが燃えていた。

 視界の端に映る右手はバチバチと明るい稲妻を纏っている。


「……」


 チラッと眼前に光が横切り、風が机を巻き上げた。カーペットも所々破れ、壁には切り傷がいくつも付いていく。

 久しぶりに力の制御ができない。感情が昂ってどうしようもない。どれもこれも全部ベルのせいだ。ベルがあんなこと言うから。


『今だけでも私のことなんか忘れて青春を謳歌されてはいかがですか?』

「……っ!」


 カタカタと本棚が不規則に揺れていく。

 抑えろ。抑えろ。俺はそんな子供じゃない。自分の精神くらい自分でなんとかしろ。


『好きな人でも出来た?』

『いえ……』


 ヒュッと短く息を吸った瞬間、本棚が爆発する。

 前言撤回。ベルは別だ。彼女のことになると、どう足掻いても精神統一できそうにない。


『きっと学園に行ったら私よりも相応しい方がいらっしゃいますわ』


 俺はベルが好きなのに、どうして他の女を薦めるんだ? 俺ってその程度の人間なの? 俺はベルにとって、他の女と結婚しても差し支えないそんな男なの?


 自分の考えを肯定したくなかった。

 それを認識してしまえば、俺の五年の恋心が淡く消え、絶望と怒りと嫉妬と狂気だけになってしまいそうだった。俺はベルを傷付けたくない。そうだ。そのはずだ。


 ……本当にそんなこと、思ってる?


 ゾワッと鳥肌が立って、思わず身震いした。俺が俺に問いかける。それでいいのかと。


 本当は、力ずくでもいいんじゃない?

 奪ってしまえばこっちのもの。

 権力も自分が上で、その気になれば魔法だって使える。


 俺は自分の魔力と技術についてはそれなりの自信と矜持があった。王家の中でも郡を抜いて魔力は多いし、使える種類だって片手で数えられないほど。それだけ勉強したのもあるけど、確かに才能もあった。


 なら、この魔法で。

 有り余った魔力で生活していける。

 拐うなんて朝飯前。犯罪者になるなら逃亡すればいい。魔法が使えれば火も水もいらない。森の奥深くで木の家を作っても良い。


 全部捨てて俺と逃げようって言えば、彼女は付いてきてくれるだろうか。差し出した手を迷いなく取ってくれたらなんて嬉しいことだろう。


 そんなことを考えているとふと思うことがある。ただ孤独が怖いだけなんじゃないのか、と。

 別に寂しくはないのだ。現状に満足しているわけではないが不満なわけでもない。正直全部どうでもいい。俺の知ったことではない。


 でも、ベルは違う。

 側にいて欲しいし、愛し合いたい。

 誰でもいいわけじゃないんだ。ベルだからなんだよ。それをどうして分かってくれない。こんなに好きなのに、こんなに想っているのに、彼女には響かない伝わらない。


 それがとても虚しく、腹立たしく、恨めしい。


 なのに、こんなに好きなのに彼女は気付かないどころか他の男を好きになる。どうして、どうしてどうしてどうして!

 俺の何がいけないの? 嫌なところがあるならなおすよ。君好みの男になって見せるよ。優しくする。大切にする。溺れるほどの愛をあげる。なんで俺を見てくれないの。ここにいるよ。名前を呼んで。


 しかもベルには好きな奴がいる。

 そこら辺の貴族との接触はほとんど無かったはずなのにいつ恋に落ちる機会があったんだ。

 考えれば考えるほど目の前が真っ赤に染まっていく感覚に陥る。


 逃がさない。逃がすものか。


 俺の愛せる唯一の(ひと)。束縛して、閉じ込めて、俺のものにすればいい。人と会わず、俺のことだけ考えていればいい

 いらない。この世界にベル以外いらない。


 こんなに愛しているのにどうして。ふざけるな。俺の方が先にベルのことを好きになったのに。ベルの婚約者は俺なのに。どっかの知らない男に獲られてたまるか。


「━━殺そう」


 ラップ音のような音を出してライトが壊れる。


 殺してしまおう。邪魔なものは消す。ベルの視界から消えろ。

 そうだ、ベルをここに縛り付ければいい。鎖で繋いで二度と出れないようにすれば……いや、鎖よりも重たいものが欲しいな。ベルを決して放さないような……。あぁ、そうだ。子供を作ろう。孕ませて、子供が出来れば彼女はもう帰れない。

 そうすれば━━━。


 狂った頭で狂気じみた事を考えていたら、頬が濡れたのを感じた。なんだろうと拭ってみると手には水滴がついていた。

 後から後から溢れて止まらない。自分がぼろぼろと泣いているのに気が付いた。思わず「え」と驚きの声が漏れる。


 違う。ちがうんだ、分かってる。こんなことをすればベルの身体は手に入るけれど、心は二度と得られない。きっと憎しみを込めた目で見られる。笑顔は消えて病んでいく。失った信頼は取り戻せない。


 満足感なんて、一瞬だけだ。あとは虚しい気持ちだけ。愛のない交わりは寂しいだけだ。

 それに俺は無理矢理産まされた子供を愛せる自信がない。きっとベルにしか興味がいかない俺は自分と同じような思いを自分の子供にさせてしまうだろう。


 駄目だ。心まで俺のものにしなければ。


 全てはベルがこの婚約に愛がないと思っていることが原因だった。好きだと言っても照れず、いつも苦笑いするのが何よりの証拠になる。

 俺が本気だってことを伝えなくてはならない。自分の思いを上手に、さりげなく、何となく感じる程度に。俺がベルを好きだと認識させて、意識させる。何事もこれがないと始まらない。

 大丈夫だ。道化は得意だから。ベルの好きそうな異性の性格を徹底的に研究して、君の理想が自分になるように。


 でも、それで? 俺の気持ちに気づく前に誰かと心が通じてしまったら?

 想像しただけで悪寒がする。許せない。

 しかも、学園に入学してしまえば更にその危険性は増すだろう。


 聖ポリヒュムニア学園。貴族は必ず通うヴェルメリオ王国最大の高等学校には貴族の娘も息子も養子も15歳になれば皆入学しなければならない。しかも、この学園内では身分の差はないとされていて特殊な能力をもっていたら庶民でも通える。

 学園外なら王子の権力を行使できるが、学園内になれば通用しない。


 しかし、これは表向きの謳い文句。

 実際、王族は入学したら半強制的に生徒会という組織の長に据えられる。確か、兄上もしていたはずだ。

 教師よりも偉く、学園長が不在のこの学校では実質この組織が生徒を支配していると言っても過言ではない。なんせ、王族が組織するのだ。並みの権力では面目が立たないだろう。


 貴族の子供達は親元を離れて三年間は隔離される。侍女も連れず、一人で全てを行う。甘ったれた傲慢な貴族たちの自立を促す大切な時期だ。


 自立やら支配やら、正直俺には関係ないし、どうでもいい。ただ、隔離された、というのはとても興味が引かれた。ベルが他の男と接触する。逆に言えば、俺にもチャンスは大いにあるわけで。この学園で権力を握れば。本当の意味で生徒を支配できれば。

 全ては俺の手中にある。そう。ベルでさえも。


 ゾクゾクと悦びが心を満たした。

 最高だ。この一年は俺のために用意された。

 ベルを堕とす舞台を作り上げるために。


「シュヴァルツ」


 短く名前を呼ぶと部屋の外に控えていたシュヴァルツがサッと入ってきた。ちらりと散らかった部屋を見て、小さくため息をついたのが分かった。俺はそんなこと気にも止めず淡々と命令を下す。


「王都付近の貴族達に、俺の婚約者に一切接触するなと伝えろ。余計な動きをした家は潰せ」

「御意に」


 まずは他の奴に目移りしないように接触を絶つ。気づかれないように外堀を埋めて、逃げ場を無くせばいい。


 それでも━━━。

 手を尽くしても、手に入らないことがあるかもしれない。彼女も人間だ。他人を思い通りに動かすのは至難の業だろう。

 ふっと視線を落とし、口角を上げた。


 それでもいい。抗いたければ、抗えばいい。俺が嫌なら逃げてみろ。気が付けば目の前は塞がれ、君の声は誰にも届かない。それくらいのことを俺ならできる。

 他人の女になるくらいなら、他の男の元に行くくらいなら。俺が壊してやる。早く、早く。ここまで堕ちておいで。


 ベルを壊すのは俺も壊れた時だ。



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