閑話 『遺された者』
姉さんへ
拝啓
お元気ですか。
俺ももう今年で36歳になります。
姉さんは21歳で止まっているのかな。俺の方が歳上なのに姉さんなんて、なんだか違和感があるね。
姉さんに手紙書くのなんて初めてだし、ちょっと緊張するから昔話でもしようと思う。
姉さんが死んだのは、18年前の今日。今でもよく覚えてる。あんなに綺麗だった桜を、すごく恨めしく思ったから。
姉さんがとうとう大学に行って家の年長が自分になって、大学受験とか将来とか就職とか今さら親が関わってきて物凄く荒れた。荒れたのに、姉さんは帰ってこなくて、当たり前だけど。父さんにも母さんにも迷惑かけたと思う。
二年浪人して、やっと大学に受かった春。
姉さんは死んだ。
本当、突然だった。
訳が分からないまま葬式行ったら姉さんの親友も死んでて。二人で交通事故に遭ったとか、よく分からなくて。ただ呆然と二人の遺影を眺めていた。
呼吸をしない姉さんを見ていても、なに寝てるんだろうなんて子供じみた馬鹿なことしか頭に浮かばなかった。
次の夏休みに、姉さんは実家に帰ってこなかった。その時初めて姉さんがいなくなったって気づいたんだ。あの時は、辛かったなぁ。
俺、大学受かったら姉さんに褒められると思ったんだよ。姉さんより偏差値の高い大学だぜ?
しかも、薬学部。あんなにバカだったのに凄くないか?
頭いい大学行って、いいとこに就職して姉さんを旅行に連れてってやろうとか、何か買ってやろうとか多分考えてたんだと思う。そんときは全然意識してなかったけど今思えばそうだった。
なのに、姉さん死んじゃうから俺、もう何したらいいか分かんなくなって、目標も消えて支えも消えて死にそうだった。
俺は姉さんみたいに優しくないし、頼れる友達もいない。薄っぺらい人間関係を築いてきたのがここで仇になって。だからといって両親を頼るのは気に障るし、兄弟つっても年下しかいないし。情けなくて、こんな弱いとこ見せられない。
まぁ、こっから惚気になるんだけど。
そんとき側に居てくれたのが春菜だった。
今の嫁さんです。
春菜は高校時代から付き合ってて、俺が大学に入学した頃はすでに大学三年生だった。ヤンキーみたいな俺と付き合ってるのが不思議なくらい真面目な奴で、俺のこと好きなのかなって疑うくらい塩対応だったんだけど。そんときの俺はたぶん好きだったんだろうなぁ。
県外の大学行った春菜がわざわざ帰ってくるくらい、俺は手を付けられなかった。姉さんは死んじゃうし、家族みんなこんな状態だったから収集がつかなくなった。
特に父さんと母さんは後悔してた。
自分たちは姉さんに全部押し付けていたのに感謝もしてない、って。
俺はそれを否定できるほど思い遣りはなかったしその通りだと思ったから、責めて、責めて、喚き散らした。
姉さんはいつも苦労してた。
やりたいこと我慢して、俺らの面倒をみて。
剣道やめて、スーパーに直行して、すぐ帰って飯作って風呂はいって勉強して。
叫んで、泣いて、わけわかんなくなってせっかく合格した大学も休みがちになった。落ち込んで酒飲んだり煙草吸ったりしたけど気分は晴れなかった。
堕落した生活を送っていたら、目の前に春菜が現れた。比喩じゃない。本当に、突然。連絡もなく。
春菜とは姉さんが死んでからほとんど連絡を絶っていて、姉さんが死んだことも言っていなかった。春菜は無言で部屋に乗り込んで目の前で仁王立ちした。
驚きすぎて固まっていると、ビンタされて呆然としてたら抱き締められた。そこで涙腺ぶっ壊れて恥も外聞もなくわんわん泣いた。
もう、黒歴史だよ。それを春菜が弱味で出してくるもんだから、本当たいした奴だ。ただ春菜に助けられたのは本当だから。大丈夫。ちゃんと大切にしてるよ。
ちなみに、弟の祐太郎は大学行って、医者になった。凄くない? あの鼻水垂らして俺の言葉を復唱してただけのあいつが医者だって。
上の夏美は結婚して子供生んでるし、一番下の美結は大学生だし。
どうなるかわかんねぇな。姉さんがみたらびっくりするかも。
18年経って、やっと落ち着いたかなって思います。なので、これから毎年姉さんの命日に手紙を書くことにした。
最近はますます尻に敷かれる日々を送ってる。娘の真紀子は7歳、息子の陽平はこの前4歳になったよ。春菜は子供が産まれてからもっと強くなった。全然嬉しくないけど、息子たちが笑ってくれるからいいかなと思う。
そうそう、そう言えばこの前姉さんの遺品を整頓してたら春菜が姉さんのゲーム見つけたんだよね。隠すように物と物の間に挟まってたのはなんなの? 乙女ゲームやってたのがそんなに恥ずかしかった?
春菜も意外と興味津々で、二人でやってみることにしたんだよ。懐かしくなった、ってのが強かったかもしれないけど。
少しやってみたけど俺には合わない。いや、男用に作られてるわけじゃないから当たり前だけど。春菜が勝手に名前を俺のにするから、確かにイケボかもしれないけど正直キモい。
選んだのは金髪のいかにも王子様然した男。名前は忘れた。春菜は時々きゃっきゃ騒いでたし、女の趣味はよく分からないと改めて思ったわ。
だけど、男運がクソだった姉さんにはこのくらい尽くしてくれる人の方がいいかもしれない。姉さんの結婚式、絶対行きたいって思ってたんだけどな。
もし姉さんにもう一度会えるならって、毎年この日に考える。
多分、まずは泣く、かな。
恥ずかしくて手紙にしか書けないけど、泣く。
んで、怒る。勝手に死ぬなって怒る。正直今でも憤るけどそんなの俺の我が儘って今なら分かるから。気にしないで。
俺もずいぶん歳を取って、姉さんの歳も追い越したけど、やっぱり俺の中で姉さんはずっと姉さんだよ。会いたいって思う。
今なら多分、もっと話せると思う。天国に行ったら、18歳の姿でまた会いたい。さすがによぼよぼで姉さんって呼べねぇわ。
俺は今、すごく幸せです。
この幸せをくれたのは、姉さんだと思っています。
ありがとう。本当に感謝してる。
でも、やっぱりまだ未熟だからもう少し歳を取ってから姉さんのとこに行くよ。
嫁さんも、子供もいるからな。
じゃあ、また来年。
敬具
京太郎




