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第21話 『真夜中の宴Ⅱ』

 お父様たちと一緒に色んな貴族と交流をした。

 挨拶をするだけだけど、"可愛らしい娘様ですね"という言葉を掛けられるのだが、その言葉には少なからず皮肉が含まれているような気がした。

 それに対してお父様がこちらもビックリな鋭い切り返しをするものだから大抵の貴族は言葉に詰まって苦笑いをする。

 貴族の子供は会場の一ヶ所に集まっていたから顔も合わせなかった。お父様から行ってくる? と提案されたが私もウィルも首を横に振った。


 ウィルは人嫌いで人見知りだから。私はただ単に、お前が美しい娘ってなんだよ! と子供の純粋な本音を大声で言って欲しく無かったからである。

 せめて、貴族たちのようにひっそりと皮肉ってくれた方が何倍も楽だ。ドストレートに言われてしまえば変に目立つし、恥ずかしいじゃないか。


 そう思い、両親と一緒にいたのだか、一人だけ私たちと同じように親についている子供がいた。


「この子がわたくしの娘なんですの」


 ケバケバの婦人が前に出したのはこれこそ、美しい娘間違いなし。とてつもなく可愛らしい天使だった。恐ろしい。この世にこれほど美しい少女が存在するなんて誰も思わない。

 人間、誰しも平等なんてよく言えたものだ。


 自分が美しいなんて言われててすみません、と土下座したくなるほど目の前の少女は美しかった。

 緩くウェーブを描くバターブロンドの絹のような髪に、憂いを孕んだように伏せられたばっさばさの睫毛から煌めくチョコレートが溶かされたような瞳。陶器の如く白い肌に薄く色付いたピンク色と赤い唇。私が着る予定だったフリッフリなロリータファッションを見事に着こなしていた。

 良かったー! あのドレスじゃなくて本当に良かった!! こんな美少女に比べられるとか恥ずかしすぎる。


 ウィルでさえも美少女に釘付けで頬をうっすら赤くしていた。私がにやりとウィルを見ると、こちらを見るなと睨まれた。若い。若いねぇ!


 瞬間、ぞくりと悪寒がして前を向くとケバケバの婦人━━━恐らく美少女の母親━━━が恐ろしい形相で私を睨んでいた。それはもう般若なんてものじゃない。


「貴女が美しい娘などと……えぇ、確かに可愛いでしょうけど、わたくしのシエルの方が愛らしくてよ。もう少し化粧を厚くした方が良いのではなくて?」


 つんっと毒を吐いた婦人の言葉を聞き、人形のように佇んでいた少女が伏せていた瞳を上げ、私を視界に納めた。

 う、動いた……!? いや、待って! 可愛すぎる! 目があっただけでハートを撃ち抜かれる程の威力。眩しくて見えない……! 目が潰れる!!


 そんな私を背に庇って前に出てきたのはさっきまで静かな笑みを崩さなかったお母様。


「あらあら、これはこれはロゼア様じゃないの。ご無沙汰しておりますわ。貴女のお嬢様、貴女に似ずとても愛らしいのね。羨ましい限りですわ」


 こちらも平然と毒を吐き、ロゼア様と呼ばれた婦人は額に青筋を浮かばせる。


「貴女の減らず口は相変わらずね!」

「貴女の憎まれ口も随分酷くなったわ!」


 バチバチと火花を散らす両者は優雅なパーティーには全く似合わない。


「わたくしのジーク様を奪ったこと、決して忘れないわ!」

「あら? それは貴女の高慢な態度が原因ではなくて?」


 なんと、お父様の元婚約者がこの婦人らしい。ちらりとお父様を盗み見ると、素知らぬ顔でニコニコしている。図太いと言うのか、女心が分からないと言うのか……。

 気にかける素振りとか後ろめたそうな態度くらいしてもいいのに。

 そして、未だに美少女からは見つめられてる。ウィルも美少女をガン見してるし、ここだけカオスすぎるでしょ。


 げんなりとここだけで体力を根こそぎ取られた気分だった。



 ◇◆◇



 王宮の庭はとても広い。鬼ごっこなんてしちゃったら、多分迷う。王宮の端から端まで行こうとすれば確実に馬車が無いと無理だ。それでも大分時間がかかる。


 迷子にならないようにホールの光の見える範囲で探索することにした。王太子に挨拶をする前に、気分が悪いので夜風に当たってくると言えばお父様もお母様も了承してくれた。お母様はケバケバ婦人とのやり取りを私達子供の目の前でしたことを反省しているようだ。何はともあれグッジョブ、私。


 大きな木の下にあるベンチで休んでいると木々の向こうにドームのような物が見えた。多分、温室だ。

 花を見てみようかと腰を上げたら、くいっとドレスの裾を引かれた気がした。反射で振り返ると月明かりに照らされてクリーム色の髪を靡かせた先程の美少女が息を切らしてこちらを見ていた。


 驚いてしばらく見つめあっているとおもむろに少女の赤い唇が震えた。


「わたし、シエル」


 思った程高くは無く、よく通る声だった。

 固まっていた私もはっと気を取り直して自己紹介をする。


「わたくしは、ベルティーアよ」


 互いの自己紹介を終え、シーンとなると思ったこの空気をシエルが破った。


「貴女に、言いたいことがある」


 チョコレート色の瞳がじっと私を見つめた。

 なにかしら? と令嬢らしく返答をする。


「わたし、貴女のことが嫌い」


 衝撃の言葉に脳が思考を放棄し、シエルの言っていることがよく分からない。


「………え?」


 振り絞って出した声は酷く小さく、空気のようだった。

 それだけ、と言って踵を返したシエルを慌てて引き留める。


「え、ま、待って! どう言うこと? わたくし、貴女に何かした覚えはないのですけど!」


 つか、話したのさえ今が初めてなのに。

 美少女から発された嫌いの威力は凄まじく、仲良くなりたいなと思っていた分だけダメージも相応だった。


 ピタリと止まったシエルは無表情のまま私を見据える。睨み付けるようなその視線に本気で嫌われてると確信した。え、泣きそう。


「わたし、いつも貴女と比べられる」

「……え?」


 誰に?

 私とシエルを誰が比べるのだ。


「お母様は、貴女よりも美しくあれって言う。貴女のお母様と、いつも張り合う。わたしの気も知らないで」


 顔は変化しないものの、彼女は確実に怒っていた。己の母親に。

 これって私、関係ない?


「貴女のせいで、こんなことしなくちゃならない。こんな格好、したくない。髪も、伸ばしたくない」


 うるうるとチョコレートの瞳が潤んでいく。今にも溢れ落ちそうでシエルが震える度にふるりと揺れた。


「………だから、貴女が嫌い。貴女の、せいだから」

「……」


 完全なとばっちり!!

 シエルのお母さんのせいで私がシエルに嫌われる。なんてこった!


 しかし、母にぶつけられない言葉を私にぶつけるのは如何なものか。彼女は私がタイバス家の令嬢ってこと忘れてるんじゃないでしょうね?


 今の私には彼女を咎めて、怒る権利は十分にある。だけど、感情が昂って泣いてしまったか弱い少女を非難する気はさすがに沸いてこない。

 ため息をついてから自分のハンカチを目の前の少女に差し出した。

 シエルはそれを受け取り、令嬢とは思えないほど音を鳴らして勢いよく鼻をかんだ。この子はもしかしたら見た目に反して相当ズボラなのかもしれない。


「目上の令嬢に対して暴言を吐くのはおすすめしないわ」


 シエルは黙ってハンカチを握りしめていただけだった。今ここで説教をするつもりはないけれど、自分の言動にはもう少し責任を持つべきだ。

 目を赤くしたまま俯いてじっとしているシエルに心の中でため息をつく。

 友達になりたかったのになぁ……。


「……ごめんなさい」


 シエルは突然呟くと、そのまま会場の方に走っていった。令嬢が走ってはダメだろうと思ったのだが、彼女は私に話しかけた時も息を乱していた。


 思わぬお転婆美少女に圧倒されながらも、私は苦笑を浮かべる。そして本来の目的である温室の方へと足を向けた。

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