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第2話 『王子の苦悶』

 聞いてない聞いてない聞いてない!!!

 こんなシナリオ、聞いてないわよ!?


「あの……王子。何故我が家に?」


 驚きを隠せないまま素直に尋ねると、王子は少し不機嫌そうに首を傾げた。


「何故? ベルティーアは僕の婚約者になったんじゃないか。婚約者の家に行くのは当たり前だろう?」

「こ……婚約者!? 私がですか!?」


 思わず聞き返す。


 私は何もしていないはずだ。お父様は寝込んだ私を見て心配そうにしていたし、お母様が婚約者なんてまだ早かったかしら……と呟いていたのも知っている。

 これが、ゲームの修正力か? 恐ろしすぎる!


「そうだよ。今日から君が僕の婚約者だと名乗っていいんだよ」

「は、はぁ……。あの、つかぬことをお伺いしますが、何故私なのですか? 正直に申しますと、私は特別何かをしたような気は全くしないのですが」


 むしろ、失礼な態度ばかりだった気がする。


 私が聞くと、王子は少し目を見開いたあと金色の髪をさらりと揺らしてそれはそれは美しく微笑んだ。


「そうだねぇ……。強いて言うなら、面白そうだったからかな」

「面白そう、ですか……」

「うん、なにか不満?」


 面白いってー! まるで少女漫画の台詞のようだ。確かベルティーアと王子の間に愛はなかったはず。なら、この展開はまさにゲームその通り。

 面白いだろうがなんだろうが、王子は私を好きではない時点でなにもゲームと変わらない。


「いいえ。光栄ですわ。王子」

「うん、よろしくね。ベル」


 いきなり私の名前を愛称で呼んだ王子に、さすが攻略対象者だと思わずにはいられなかった。


  ☆


 早いもので、私が王子の婚約者に選ばれてから約一ヶ月が過ぎた。私と彼の関係は全く進展していない。一週間に一度我が家へ来て、二人でひたすら雑談するだけ。


 何か楽しいものでもなく、世間話という名の社交辞令ばかりである。一週間に一度ってかなりの回数じゃないのかって最初の方こそ思っていたんだけど、それが王族では普通らしい。

 王族である夫を支えるのは妻の役目であり、信頼関係が無いと出来ないことなのでこうやってかなりの頻度で来るそうだ。王族の男性が10歳で婚約者を迎えるのもこのことに関係しているとか。


 どうせヒロインと結ばれる運命だからあんまり意味はないんだけど。


 王子との親睦を深めることもなく、1ヶ月に約4回王子を見て感じたことは美しいな、とかずっと笑顔だな、とかどうしようもないことばかりである。

 世間話もネタが無くなりそうな上に来てもらうのも気が引けるから、もう来なくて良いですよって言いたい。


 ………言いたい。


「王子がいらっしゃるのは明後日のはずでは?」


 本来ならば明後日に来るはずの王子が何故か我が家に来ていた。今度は世間話をしに来た様子もなく、客間のソファーに座って本を読んでいる。

 本から視線を外してちらりとこちらを見て、にっこりと笑った。


「こちらにも少し事情があってね。気にしなくていいよ」


 ヒラヒラと手を振ってまた本を読み出した。私は向かいの席に着いてこっそりため息をつく。

 王子が目の前にいるのに私も本を読むわけにはいかないし、違う場所に行くことも叶わない。本当に厄介な客人だわ……。


 もう一度ため息をついて、紅茶を飲んだり外を眺めたりしてなんとか時間を潰した。今世の生きてきた中で一番長く感じる時間だった。




「ごめんね、今日もお邪魔するよ」


 多分私の顔は死んでいた。

 王子、何日目ですか。連続で来すぎではありませんか。最近は読書会みたいになってますよ。


 二日を過ぎた頃から諦めて本を読むことにした。(王子が読んでいるような難しいものではなく物語を読んでいる)客間で二人、シーンとただただ読書をした。


 読書は楽しい。王子と二人で居ろうがなんだろうが没頭出来るので暇には感じない。……が、さすがに問い詰めても良いだろうか。王子が日中ずっと居るとなるとお母様やメイドたちも萎縮してしまうだろう。というか、正直私もかなり気疲れする。


 今日もソファーに座って申し訳なさそうに笑っている王子を見据えて、はっきりと告げた。


「王子、読書は王宮でも出来ることです。何か事情がお有りならおっしゃってください」


 まさかこんなにきっぱり言われるとは思っていなかったのか、王子は少し瞠目した。


「……ベルは知らなくていいことだよ」


 強くなった口調に驚く。いつもの微笑みのように見えるが、明らかに拒絶を表すような圧力があった。

 が、しかし。私はここで簡単に引き下がるような女ではない。もっと聞き分けのいい女ならば前世で意地っ張りの親友を気にかけたりなんかしなかった。


 はいともいいえとも言わずにひたすら王子を見つめる。サファイアの瞳が私の鋭い視線を受けて動揺したかのように揺らめいた。しばらく無言で見つめ合う。

 すると突然フッと相手の目が伏せられた。


「ふふ。ベルには敵わないなぁ」


 降参だというように両手を上げてわざとらしくため息をつくが、どこか嬉しそうにも見える。王子相手に生意気で申し訳ないけどこのままでは私の精神衛生上にも良くない。


「すみません。お節介なのは重々承知なのですが……」

「ベルが謝る必要はないよ。事情も言わずに家に上がらせてもらった僕の方が余程失礼だったからね」


 ごめんね、とまた作ったような笑みを浮かべた。


「事情……そうだね。僕もこんなことになるなんて予想外だったんだけど……。僕は兄弟と仲良く無いんだ」

「兄弟……といいますと、第一王子様と第一王女様のことですか?」

「そうだよ」

「仲がよろしくないのですか?」

「あれ? かなり有名な話だと思ってたんだけど」


 王子は感情の無い、無機質な笑顔を浮かべた。仮面を貼り付けたという表現がぴったりくるような笑顔。

 その時、やっと私は王子の触れてはいけない領域に触れてしまったことを悟った。あまりにも野暮なことを聞いてしまった。相手は一国の王子だ。悩みの一つや二つあるだろう。兄弟仲が悪いなんて君主制なら当たり前のこと。

 軽率だった。


「兄上は側室の子供である僕のことが大嫌いで、よく意地悪をされたんだ」


 この話を止めるために声をかけようか迷って思案していたが、王子は私の様子に気づくことなく続ける。虚ろな瞳が客間から見える庭を見つめていた。


「僕が5歳の頃兄上が王宮から家庭教師とか侍女とか僕の仲の良かった人たちを皆追い払った。だから王宮に僕の居場所はないし、僕に近づくと辞めさせられるから手を差し伸べてくる人もいない」


 権力を持っているからこそできる悪質な嫌がらせ。人格を形成するための大事な時期にそんなことをされたら誰だって歪む。

 実の兄から性格を歪めるられるようなことをされたのだ。それも愛を与えるのではなく、奪うという方法で。


「第一王子様のやられたことを国王陛下はお止めにならなかったのですか?」

「残念ながら。陛下は兄上が一番だからね。僕には目もくれない」


 王子は自嘲するように笑った。いつもの爽やかなものではなく、苦しみと悲しみと憎しみをごちゃ混ぜにしたような笑みだった。


「お母様は……?」

「僕を産んだときに亡くなってしまったよ」


 王子は5歳からずっと一人だったのだ。愛されず、孤独感に苛まれながら王宮で過ごしていたのだろう。


「ベル……そんな悲しそうな顔しないでよ」


 王子が我慢して無理矢理笑っているのに私が悲痛な顔をするわけにはいかない。同情なんてもっての他。お前に分かってたまるかと私だったら思う。でも、どんな顔をすればいいんだ。無表情ではい、そうですかなんて言えるわけがない。

 彼は前世の記憶を持つ私とは違う、本当の子供なのに。


「ベルは優しいね。実は先日も兄上を怒らせてしまったんだ。それでこのザマ」


 肩を竦めてサッと私から目を離した。


「だから、暫くお邪魔するよ」


 この話はおしまい、と笑った王子の表情が、今はもう苦悶に満ちているようにしか思えなかった。

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