第19話 『一級フラグ建設士』
いつもより丹念に髪を巻き、爪の先まで手入れをする。自分で選んだ淡いブルーのドレスはあまり侍女にいい顔はされなかったが、無理やり着ることにした。
美しい娘(笑)と噂されている私でも、さすがにピンクのリボンとフリルたっぷりのド派手な衣装は似合わない。キリッとした顔には淡い清楚な服が似合うのだ。……きっと。
思ったドレスを私が着なかったせいか、メイクはバッチリ施される。鏡を見てから、このメイクの濃さに自己主張の激しいドレスは似合わないと確信した。
ちょっとヒールが高いけど、まぁ許容範囲だろう。
お母様に言われたマナーを頭の中で何回もリピートする。
王族に挨拶をするときは、膝を折り、頭を上げていいと言われるまで顔は上げない。話しかけられるまで、声を発してはならない。歩くときは真っ直ぐに前を見て、背筋を伸ばして胸を張る。顎は出しすぎず、引きすぎず。笑うのは微笑み程度で、食事は食べ過ぎない………。
ぐるぐると言われたことを反復していたらお父様が扉の向こうから声をかけてきた。
「ベル、そろそろ行く時間なのだけれど準備は出来た?」
「は、はい。お父様」
固くなりながらも返事をしたら、ゆっくりと扉が開く。灰色の髪を後ろに撫で付け、しっかりと正装に身を包んだお父様はいつもより輝いて見える。
「綺麗じゃないか。そのドレスは自分で?」
「そうです。……変でしょうか?」
お父様はじーっと私を見つめて、にっこりと笑った。
「いいや? ベルらしくていいと思うよ。もう少しおめかしをしてもいいと思うけどね。ベルくらいの歳だったら興味があるものじゃないのかな?」
確かに。
私ぐらいの子供だったらきっとフリルとかリボンとかキラキラしたものが好きだと思うけど、精神年齢がずれている私にはキツい。心までプリンセスでいられるのは小学生までだ。
「わたくしは、ベルはちゃんと自分のことを把握していると思うけれど」
あははと笑って誤魔化していると、凛とした美しい声が響く。高い声にも関わらず、甲高いようなこともなく重みのある不思議な声。
その声を聞いた瞬間、思わず顔をしかめてしまった。
「やぁね、ベル。幽霊を見たような顔をして」
「……お母様……」
腰まである緩やかな、艶のある蒼色が強いアイスグレーの髪に、モデルもビックリな美しいボディー。腰に手を当てて、マーメイドラインの深紅のドレスを揺らす姿はどこぞの女王様である。
キリッと意志の強そうな瞳と、真っ赤な唇を見ればこの人が病弱だなんて微塵も思わない。
「お、お母様もパーティーに?」
「当たり前じゃないの。愛娘の初陣に立ち会うのが母親よ?」
気の強そうなご尊顔とは裏腹にふふふと淑やかに笑う、が、私は思う。お母様は絶対に肉食系女子だ。
「そこらへんの令嬢に負けるんじゃないわよ」
これである。
お母様は考えられないほど口が悪い。いつもは部屋に引きこもって本を読んだり花を愛でたりしているくせに口を開けば庶民以下の暴言を吐く。
「今日はね、シリィをエスコートできると張り切って来たんだよ」
「あらまぁ、ふふふ。パーティーなんて何年ぶりかしら? 胸が踊るわぁ。貴方の元婚約者を断罪して以来?」
「あの時の君は素敵だったよ」
コレがうちの普通。タイバス家の当主と奥方である。元婚約者だの断罪だの、すでに乙女ゲームひとつ出来そうな修羅場を潜り抜けてきたこの二人。ヒロイン役はもちろんお母様だが、か弱いなんてものではなく、時には剣を握り攻略対象者たちと背中を合わせて戦うような人物だったに違いない。
そしてお父様もいい感じにネジが飛んでいる。
お父様はお母様をそれはそれは愛していて。前世を思いだし、お母様にあまり会ったことがないことに気づいてから、お父様は所謂監禁を施すヤンデレと呼ばれるものではないだろうかと思った。結果、お母様の体調管理のためだと知ったのだが、中々の偏愛ぶりである。
一度、お父様にお母様のどこが好きだと聞いたら、
『シリィの好きなところ? 全部だけど、強いて言うなら強気な彼女が、私の前でだけ惚ける瞬間かな? すごく可愛いんだ』
と宣っていた。
なんだかよく分からないけれど、お父様はネジが飛んでいる。鳥肌がたった。お父様に変態の称号をつけるか未だに悩んでいる。
「お父様、そろそろ……」
今度は可愛らしい子供の声。
控えめに扉を開いたウィルがそこに立っていた。
「どうだい、ウィル。今日はね、シリィもパーティーに行くんだよ。綺麗じゃないかい?」
「はい。お母様はいつも綺麗です」
「ふふふ、知ってるわ。今日はウィルも初陣なんだからしっかり使える子を狙い打ちしてくるのよ。侍らせるだけでも品格が上がるわ」
「はい、お母様」
お父様、お母様、ウィルの組み合わせは美男美女に美少年で完璧な家族である。もちろん、ベルティーアも美少女なのだが。
というより、お父様。お母様を誉めるよりも私を誉めるべきだと思う。
ウィルが私に視線を移したことで、私の放置プレイは終了した。
「姉様も綺麗ですよ」
「……ありがとう」
あのウィルが……っ!? と感動するレベルの完璧な笑顔。王子から直々に仕込まれて、完全な仮面を手にいれたウィル。
胡散臭いあの笑顔を彷彿とさせるウィルは確実に王子に毒されている。
「さぁ、そろそろ行こうか」
お父様が手を叩いて退室を促す。
部屋を出る一歩手前でお母様が立ち止まって私をビシッと指差した。
「ベル、そこらへんの女に王子を取られてはいけないわ。チャンスをドブに捨てるのはグズだけよ。死に物狂いでしがみつきなさい」
お母様がいい感じに胃に穴を開けてくる。
吐きそうだ。
「善処します……」
もしも王子に婚約破棄されたらどうなるんだろう。勘当も視野に入れとかなければならない。ベルティーアを見たものは誰もいなかったエンドは意外と的を射ている。
「それにあの王子様、絶対イケメンに育つわ」
お母様の目がキラリと光る。
私は取り敢えず白目を剥きそうだった。お母様、プレッシャーを与えるのも程ほどにしてください。
「イケメン? 妬けるなぁ」
「やだ、貴方に敵うわけないじゃない」
イチャイチャラブラブし出した両親を胡乱げに見つめる私と、絶対零度で見つめるウィル。義両親のバカップル加減に呆れを通り越して最近諦めを覚えたウィルは空気に撤している。
家族が揃う食事の時は基本、こんな感じだ。
「あの、お父様、そろそろ行きませんか?」
「あぁ、本当だ。遅れるのは不味いね。さ、皆馬車に乗って」
お父様がお母様をエスコートして、私とウィルはその後を付いていく。私もエスコートしてくれないかな~? とそわそわしながらウィルを見ると、物凄い勢いで目を反らされた。
悲しい。
馬車の中では普通の家族の会話だった。
お母様も大人しくしている。外面モードである。私は緊張でずっとガチガチだし、ウィルもなんとなく硬い。
目的地に到着して、大きな門を潜ると美しくライトアップされた王宮が現れる。
城の所々に細かく細工された装飾品が光を受けてキラキラと光る。いつもは堅く閉じられている扉は全開になっていて、会場まで真っ赤なカーペットが続いていた。分かりやすく言うとシンデレラに出てくるお城だ。
「綺麗……」
ポツリと呟くと隣に立っていたお父様が頷く気配がした。
「いつ見ても夜の城は綺麗だね。惚れ惚れするよ」
ウィルも言葉を無くしてポカンとしていた。
「ベルもウィルも初めての大きなパーティーだからね。結構な貴族がいるけど、まぁ王子たちの誕生日パーティーだから基本無礼講だよ。肩の力を抜いて楽しもうね」
お父様が安心させるように私達の肩に手を置いてにっこりと微笑んだ。
ウィルと揃って安堵の息を吐く。
さすがお父様。お母様大好きだけど、こうやって私たちも同じように愛してくれる。養子であるウィルにも贔屓をしない態度は感心してしまう程だ。
肩の力が抜けて、姿勢が悪くなったのか後ろにいたお母様から背中を軽く叩かれる。
「姿勢」
「……はいぃぃ……」
お父様が隣で苦笑した気配がした。
そうだ、腑抜けている場合ではない。このパーティーは第二王子の婚約者である私にとって重要なものだ。王子の天敵もいるわけだし、しっかりしなくては。王子は私が王太子と一緒にいるのを嫌うみたいだから、極力傷は抉りたくはない。
取り敢えず、王太子に絡まれないようにしよう。
それがとんでもないフラグだったと気づくのはもう少し後のことであった。




