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第18話 『約束』

 ふんわりとフォークに掬われた白いクリームが王子の口に吸い込まれた。

 私はその様子をドキドキしながら凝視する。


「ん……美味しい」


 驚いたように目を丸くして、王子が言った。私は内心ガッツポーズを決める。


 前世ではよくお菓子作りをしていた。……と言っても簡単な物ばかりでレシピを見ずに作れるのはイチゴケーキとクッキーだけ。ブランクがあったので不安だったが、覚えていてよかった。


 前世の誕生日は基本私の手作りケーキだった。

 妹たちに喜ばれるように甘くしたり、弟たちは甘いのが苦手なので甘さ控えめにしたり試行錯誤していたのでよく覚えている。今回のケーキはもちろん甘さ控えめだ。


「甘すぎなくて食べやすいよ」

「本当ですか!? ウィルにも絶賛されたんですよ!」


 誉められたのが嬉しくてついつい自慢してしまった。王子は私の様子を嬉しそうに聞く。

 こうしていると本当にお兄ちゃんみたいで、私はへへっと間抜けな笑い方をした。


 二人でケーキを堪能していると、王子がハッと思い出したように顔を上げて、私を見つめた。私はケーキを口に運びながら首を傾げる。


「ねぇ、ベル。ベルは一人で王宮に来たの?」

「? はい。勿論です。婚約者しか王宮には入れませんからね。ウィルと一緒に来たかったのですが無理でした」


 肩を竦めて見せると王子は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「一人で俺の部屋まで?」

「一応案内人の方に案内をしてもらいました。……どうかしました?」


 王子の顔色が心なしか悪い。

 王子は何かを言おうとして口を閉じ、しばらくして意を決したようにじっと私を見る。


「兄上に……王太子に会った?」

「……王太子様……ですか?」


 うーんと首を捻って考える。案内をされている時に王太子はいたか? 注意は払っていたが、そんな様子はなかった。


「いいえ。会っていません」


 私がそう答えると王子はほっと胸を撫で下ろす。


「よかった……。本当に……」


 王子は長く息を吐く。

 私に会ってほしくないほど嫌いなのか。当たり前かもしれない。罪のない王子に苦しい思いをさせたのはあの王太子なんだから。

 王子もやり返しとかしてみたらどうだろう。バレない程度に悪戯をするとか。


 自分の考えに無いな、と頭を振った。


「兄上には、絶対に近寄らないでね」

「はい。近付きたいとも思いません」


 素直に口に出してから、ちょっと不味かったかなと慌てて口を押さえる。


「あ、でも、誕生日パーティーが数日後にありますよね? その時はさすがに話さないと駄目ですよね」


 私の中で好感度が地を行く王太子に会うのはすごく嫌だ。その上挨拶をして少し話さなければならない。これでも婚約者だからね。


 王子も忘れていたらしく、ぐっと眉を寄せた。


「来なくていいよ」

「私もそうしたいのは山々ですが、ほら……婚約者ですし」


 困ったように笑うと、王子は憮然と唇を尖らせた。


「いい。来なくていい。俺が何とかする」

「そういう訳にはいかないでしょう……」


 呆れて正論を口にするが、王子はまだブツブツなにか言っている。珍しい。聡明な王子がこんなにごねるなんて。

 兄が嫌いで仕方ないんだな。どんだけヤバい奴なんだ、その王太子は。この国は大丈夫だろうか……。


「じゃあ、俺のとこにいてよ。離れないでね。絶対だよ。兄上と二人で話すとか、許さないから」

「王子が良いのならそうさせてもらいます。私も初めてのパーティーですから、不安で」


 苦笑して見せると王子も安心したように笑った。


「約束だからね? ベルは名前しか言っちゃ駄目だよ。何を聞かれても、何を話しかけられても、ベルティーア・タイバスですって言うんだよ」


 それ、会話が絶対に成り立たないやつだよ。


「失礼だ! って言って処刑されたらどうしましょう?」

「……まぁ、その時は一緒に死のう」

「回避の方向でいきましょう」


 さすがに即答すると、王子も苦笑した。


「取り敢えず、パーティーはそういうことでお願いしますね。王太子様については善処します」

「ふふ、完璧にエスコートしてみせるよ。お姫様」


 頬を赤くすることもなく、さらりと甘いことを言えてしまう王子が凄い。イケメンだからできる芸当だ。

 王子の微笑みに私もにっこり笑い返して、お願いします、と頭を下げた。


「あ、ケーキ食べ終わりましたね。次はゲームしましょう! ゲーム!」


 私は嬉々としてボードを見せびらかす。ボードゲームと言うと王子はあっと声をあげた。


「チェスならあるよ」

「今回はチェスではありません! あんな頭を使うの私には無理です!」

「ボードゲームは全部頭を使うと思うよ」


 呆れように笑う王子をちらりと一瞥して、籠の中から黒と白が両面にある丸い物を出す。王子はそれをじっと見た。


「なにこれ? また外国のゲーム?」

「そうです! その名も……オセロ!」

「オセロ……?」


 不思議そうに私の言葉を反復する。


 オセロ━━━

 交互に白と黒の駒を並べ、左右、または前後(ナナメも可)に自分の駒で相手の駒を挟んで相手の駒を自分の色にする。自分の色の駒の多い人の勝ち……簡単そうに見えるが、かなり奥深いゲームである。


「ふふ、この単純なゲームならば私にも勝機あり!」


 どや顔で胸を張る私を無視して王子は黒白の駒を興味深そうに眺めていた。


「黒と白のところはチェスと変わらないね」

「確かに。そうですね」

「あ、良いこと思い付いた」


 駒を眺めていた王子が思い出したように顔を上げる。私をじっと見て、黒い笑みを浮かべた。


「ねぇ、ベル。いつもと一緒はつまらないから、罰ゲーム有りにしよ? 勝った人の言うことを聞くっていうのは?」

「ええ!? 罰ゲームですか……」


 王子に勝てそうと思って勝てた試しがないので危ない橋は渡りたくないんだけど……。


「ダメ? 今日は俺の誕生日なんだけど」

「う、そうですね……。じゃあ罰ゲーム有りにしましょう」


 本当に負けられなくなってしまった。

 意外と意地悪な王子には何をさせられるか分かったもんじゃない。

 ちらりと王子を見てみると、不敵な笑みを浮かべていた。嫌な予感しかしない……。




「……もうだめです。置く場所が二つしかありません……」

「諦めちゃだめだよ」


 盤面に数個しかない私の駒と、盤面を埋め尽くすような王子の駒。

 そして置けるのがたったの二つ。これはさすがに戦意喪失する。


「リタイアしたら、罰ゲーム無しとかありませんか?」

「なりません」

「うう……」


 パチッと1つ置いて、1つ裏返す。

 王子が最後の1つを埋めた。


「はい、これで終わりだね。これ、どっちが勝ちなの?」


 分かってるくせにわざわざ聞いてくるのがホントに意地悪い。

 私はぶすっと唇を尖らせた。


「王子です」

「ベルが罰ゲームね」


 罰ゲームの内容を考えるように王子がわざとらしく腕を組む。確か、勝った人の言うことを聞くだったよね。無茶ぶりはやめてほしいな。犬の鳴き声なら自信があるけど。


「じゃあ、俺のお願い聞いてね?」

「お願い?」

「うん。来年も、再来年も、そのまた先も、ずっと俺の誕生日祝ってくれる?」

「……え?」


 ゲームに勝ってまで言いたかったことがそれ?


「そんなのでいいんですか? 罰ゲームですか? それ」

「さあ? ベルにとっては罰ゲームじゃないかもね」


 王子はくすくす笑って肩を竦めた。


「じゃあ、別のお願いがいい?」

「いや、いいです。喜んで誕生日を祝わせてもらいます」

「あ、俺の誕生日は婚約記念日だね?」

「では、まとめて祝いましょう」


 私が頷くと、王子は空になったケーキの皿を指差した。


「ケーキ、ホントに美味しかった。また食べたい」

「ありがとうございます。いつでも作りますよ」


 少し頬を緩ませれば、王子もふんわり幸せそうに微笑んだ。

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