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第17話 『誕生日にはケーキを』

「ごめんなさい」


 ベッドの上に正座して私に深く頭を下げる美少年。忘れてはならないのはこの方がこの国の第二王子であるということだ。光景がシュールすぎる。


 まぁ、今回は王子に非がある、のかな。私も勝手に入っちゃったしな……。


「未遂ですから大丈夫ですよ。それに勝手に入った私も悪かったです」

「うーん、まぁ8割気付いてたんだけどね」


 思わず王子を二度見してしまった。


「寝惚けていたわけでは……」

「そんなわけないよ。ノックされた時点でほぼ起きていたし。でもまさか、ベルだとは思わなくて」


 私は驚きで目を瞬かせる。

 王子は嬉しそうに笑っていた。


「ちょっとした悪戯心で起きなかったんだけど、ベルが俺のこと名前で呼んだから我慢できなくなっちゃったんだ」

「シュヴァルツ様が王子のことをディラン様と呼ばれているので名前でお呼びしないと起きないと思ったんですよ……」


 呆れて思わずジト目になる私に王子は更に笑みを深めた。


「ベルがいるのが夢みたいでさ。だってベルがいるんだよ? 俺のベッドに。夢だとおもうでしょ?」

「……否定はできません」


 確かに、朝起きて部屋に王子がいたら夢だと思う。たとえ自分の誕生日でも朝から自分の部屋に来てお祝いって中々迷惑な話かもしれない。


「すみません。驚きましたよね」

「いや? いい目覚めだったよ?」


 意地悪く微笑んだ王子に私も苦笑いする。


「ところでどうして王宮に来たの? 俺の部屋にいるってことは俺に何か用?」

「え? 用も何も、今日は王子のお誕生日でしょう?」


 そこではたっと気づく。私、おめでとうって言ってない!

 ベッドから降りてドレスを整えてから綺麗に頭を下げた。


「遅くなって申し訳ないです! お誕生日おめでとうございます!」


 満足して顔をあげると、寝起きだというのに寝癖一つ付いてない髪を揺らして王子は首を傾げる。


「誕生日……? あぁ、俺の?」

「え、反応が薄くないですか……」

「ありがとう、ベル。でもそれを言いにわざわざここまで?」


 一瞬キョトンと惚けた後、王子は呆れたように笑った。


「それだけじゃないです! ちゃんとケーキと新しいゲームを持ってきました」

「ふふ、そんなの、ベルの家でやればいいのに」

「今日は王子の誕生日なんだから王子はなにもしなくていいんです! さぁ、プチ誕生日パーティーしますよ」


 籠に入れてきたゲームやら、ケーキやらを取り出して机の上に並べた。


「パーティー……? なんでパーティーするの?」

「え、いや、そんな豪華なパーティーじゃないですけど……。せめてお祝いしたくて」

「お祝い? なんで?」

「え?」


 しばらくフリーズして、王子と見つめ合うこと数秒。私は一人、唖然とした。

 誕生日を祝う理由が王子には分からないの?

 まさかと、思い聞いてみる。


「あの、王子。誕生日って何をしますか?」

「歳をとる」

「いや、そういうのじゃなくて具体的に何か特別なことをしますか?」

「特別?」


 私の問いかけに王子はうーんと考えるように手を顎に当てた。


「シュヴァルツからおめでとうって言われる」

「えぇ。他には?」

「他……? 夕食後にケーキがある」

「なるほど、他にありますか?」

「えぇ? もうないよ?」


 困ったように眉を寄せる王子に私は頭を抱えた。王子はそもそも誕生日を特別だと思っていない! シュヴァルツ! お前何してるんだ!


 はぁ、とため息をつくと王子は不思議そうに私を見た。


「ベル? 何か勘違いしているようだけどパーティーしたり、特別に祝ったりするのは王族くらいだよ。普通はケーキを食べたりしない」

「え、そうなんですか!?」


 私の常識が間違っていたとは。

 日本の乙女ゲームだからそういう文化は異世界とはいえ、ちゃんと補正されているものとばかり思っていた。

 ……いや、でも確かに今までの自分の誕生日で夕食が豪華だったりケーキが食後にあったりしたことはあれど、パーティーやプレゼントなどがあった記憶はない。


 シュヴァルツが祝ってくれって言ったのも、もしかしたらおめでとうって自分の代わりに言ってほしかっただけかもしれない。


 ウィルもケーキを王子にプレゼントするって言ったら不思議そうな顔していた。誕生日プレゼントっていう概念すらない可能性もある。前世の感覚で動きすぎた。何をしているんだ、私は。


「そうなんですね……」

「うーん、その、誕生日だからお祝いっていう考えがよく分からない。何がおめでたいの?」

「何って、自分が生まれた日じゃないですか」


 私がそう言っても王子は微妙な顔をする。

 今度は私が考える番だった。


「うーん、生まれてきてくれてありがとうってことですかね」


 素直にそう言うと、王子はポカンとした。


「王子が生まれてきて良かったなぁって皆で祝うんです」


 我ながら良い説明の仕方をしたと誇っていると王子は数秒フリーズした後、真顔で私の方へ歩いてきた。驚いて戸惑っていると王子の匂いが近くで香る。かなりナチュラルに抱き締められた。


「ベルは不思議だね。そんな考え方をするなんて中々ないよ」

「そ、そうですか?」


 異世界の文化です、とは言えないので曖昧に返事をするにとどめる。


「ねぇ、さっきのもう一回言って」

「さっきの?」

「うん、生まれてきてありがとうってやつ」

「う、生まれてきてくれてありがとうございます」


 声が小さくなりながらもそう言うと王子が腕を少し離して私の顔を覗き込んできた。


「もう一回」

「え!? 生まれてきてくれてありがとうございます、王子」

「名前でもう一回」

「生まれてきてくれてありがとうございます、ディラン様」


 王子が自分のおでこと私のおでこをくっつけて幸せそうにクスクス笑った。顔が。顔がちかい。


「そうか、ありがとうベル。俺は生まれてきて良かったんだね」

「な、なに言ってるんですか。当たり前です」


 また王子が笑った。

 グリグリと額を押し付けて来るので地味に痛い。


「王子……痛いです……」

「あれ? もう名前で呼んでくれないの? でもまぁいいや。俺、今すごく幸せだから」


 私の額から頭を離した王子は本当に幸せそうに微笑んでいた。


「俺は、ベルがいれば幸せだよ」

「……そうですか?」


 そんなこと言われて悪い気のする人はそうそういないと思う。私も例外ではなく、思わず頬が緩んでしまった。


「そうだよ。ベルさえいれば……」


 不意に王子が苦しそうに顔を歪めた気がしたが、それは一瞬で、すぐいつもの笑顔に戻る。


「どうかしましたか?」

「なんでもない。あ、ケーキがあるじゃないか」

「気付きました? これ、私が作ったんですよ!」

「え!? ベルが作ったの!? すごい。早く食べよう!」


 王子に言われて慌てて机に置いてある籠に駆け寄った。中からケーキとボードゲームたちを出す。

 さぁ、楽しいパーティーの始まりだ。

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