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第14話 『絶対王子至上』

「誕生日、ですか?」


 目の前に座る眼鏡の美少年は神妙に頷いた。


 天気の良い昼下がり。久しぶりにシュヴァルツが我が家の庭に来た。実はウィルも王子もいたんだけどウィルが王子を引っ張って遊びに行ってしまったので、今は私とシュヴァルツの二人きり。


「そうです。ディラン様の誕生日に何か祝っていただきたいのです」


 シュヴァルツ曰く、月末に王子の誕生日があるらしい。だけどシュヴァルツは仕事の関係で父について王都を離れなければならないので一緒にいられない。なので私に王子の誕生日を祝ってもらいたいとお願いされた。


「もちろんです。王子の婚約者として精一杯祝いましょう」


 にっこり微笑みかけるとシュヴァルツはほっと胸を撫で下ろした。


「良かった。ありがとうございます」

「誕生日を祝うのは当たり前のことですよ。あれ? そういえば月末って……」


 不意に王子の誕生日が気になった。


「ディラン様とベルティーア様がお見合いをなされた日です」

「あぁ!」


 そうだ。お見合いしたわ。

 前世を思い出してからもう一年が経ったのか。時が経つのは本当に早い。


「あ、でも王子の誕生日ならパーティーとかが開かれるのでは?」


 王族の誕生日はそれはそれは盛大だと聞いたことがある。王子もそんなパーティーを開くのならわざわざ私に頼む必要はないのではないだろうか。そう思って聞いたのだが、シュヴァルツの顔が曇った。


「パーティーは、その」

「す、すみません! 野暮なことを聞きました」


 慌てて胸の前で手を振る。

 シュヴァルツが表情を変えるのは大抵王子が絡んでいる時だ。


「あるんです。パーティーはあります」


 シュヴァルツは緩く首を振りながらそう言う。


「じゃあ」

「ベルティーア様は王宮でのディラン様の状況をご存知ですか?」

「一応、知っています」


 王宮で孤立する第二王子。

 お父様にさりげなく聞いたが有名な話だった。王子の魔力が強すぎるからだとか、実は性格に難があるとか貴族の間では色々と噂されているらしいが所詮噂で、確証はない。貴族も馬鹿ではないので、一種の家督争いとして認識しているようだ。まぁ、かけ離れた予想ではない。


 王子のパーティーにもなにか裏があるのだろう。怪しい匂いがプンプンする。私が頷くとシュヴァルツは一度息を吐いてから続けた。


「ディラン様と王太子様の誕生日はとても近いのです」

「あ、そうなんですか」


 反応に困って、曖昧に頷く。


「王族のパーティーは盛大で、身内だけなのですがとてもお金がかかります」

「でしょうね」

「王族以外にも位の高い貴族も呼ばれます。彼らにも仕事がありますし、王族と言えど頻繁に開けるものじゃないんです」


 シュヴァルツの話にうんうんと頷く。貴族にも予定があるし、王族のパーティーだから呼ばれたら行くだろうけどそれで仕事がおろそかになれば本末転倒だ。


「なので、ディラン様と王太子様の誕生日パーティーを合同ですることになったのです。これは国王陛下の一存でした」

「なるほど……」


 まぁ、ただの誕生日パーティーだし、国王陛下一人で決めても国政には何も影響しない。言わばヴェルメリオという一つの家族の話であるから外野が色々言うものでない。


「そこで……王太子様です」

「ここで、ですか」


 二人で思い切りため息をつく。ここから例の王太子様はどんな問題を起こすのか。


「あいつと一緒は嫌だ、って駄々こね出したんです。ディラン様の六歳の誕生日だった気がします。今まで何も言わなかったのにいきなり言い出したんですよ」

「突然、ですか?」

「突然です」


 こくりと頷いたシュヴァルツに、私はしばらく唸る。


「うーん、そこは王子が気に食わなくても兄として我慢するべきですよね」

「すべきです」


 シュヴァルツが即答した。


「あの方は王太子ですよ。将来王になるのです。器のちっせぇ我が儘言いやがって……」


 シュヴァルツの凄い形相に空気が冷える。まるでウィルのような口調じゃないか。無表情でそんな怖いこと言わないで欲しい。そして相手は王太子だ。反逆罪で死にたくない。

 固まった私を見て、シュヴァルツはばつが悪そうに咳払いをした。何も誤魔化せてないけど。


「えーっと、失礼しました。ディラン様が無下にされたことに腸が煮えくり返りまして」

「は、はい。そうですね……」


 シュヴァルツの王子に対する忠誠心がこんなにあるなんて知らなかった。怖い。この人実は暗殺とかしてるんじゃない?


「本来ならその合同パーティーはディラン様と王太子様の誕生日の丁度中間の時期にしていたのです。ですが、王太子様が駄々をこねたので結局王太子様の誕生日にすることになりました」

「え、それって実質、王太子様の誕生日パーティーってことですよね」

「そうなんです。ディラン様をおまけみたいに。あのクソ王太子……!」


 この人いつか反逆罪で死ぬと思う。一応私が目の前にいるのに。それほど王子への忠誠が厚いと思って何も言わないでおこう。それがいい。


「そんなパーティーじゃ居心地が悪いですね」

「そうです。貴族たちは次期王である王太子様に媚びを売るし、ディラン様を見て見ぬふりをするし。あ、でも令嬢とかは空気読めないんでディラン様に引っ付いてましたね」


 ところどころに毒をいれてくるのが気になる。


「それがまた厄介なんです。王太子様はどちらかというと顔が良いのでこちらにも令嬢が蔓延るんです」

「また、張り合うわけですか」

「そうなんです」


 うんざりしたようにシュヴァルツが頭を抱えた。


「ですので、ディラン様がベルティーア様を迎えた時はかなり荒れました」


 そう言えば、婚約してから一ヶ月後くらいに私の家に通った時期があったな。もしかして、あれって王太子が荒れたから?


「そうなんですか。でもどうして? 婚約者ができたら媚びる令嬢も減るでしょう」

「ベルティーア様だからです」


 私はきょとんと首を傾げた。


「私……?」

「ベルティーア様、王族の誕生日パーティーにいらっしゃったことがないでしょう? タイバス家の当主は来ているのに」


 たしかに。私はあまり大きなパーティーには出たことがない。まず作法がなってないし、出なくてもいいとお父様にもお母様にも言われたから。


「ベルティーア様、ご自分の噂をご存知ですか?」

「え、知らないです。何ですか噂って」


 嫌な予感がビンビンするんですけど。誰かこの悪寒を止めてください。


「王族のパーティーにも出ない。公にそのご尊顔を曝したことがない」

「まさか……」

「タイバス家の一人娘はとても美しい娘なんじゃないかって」


 さあっと血の気が引いた。

 ベルティーアは美しい。まだ大人になりきれていない私は確かにその幼さからくる可愛さと顔つきからくる美しさを兼ね備えている。まさに美少女。無論それは私とて承知である。というか、乙女ゲームにおいて不細工ってほとんど出てこない気がする。


 だけどそれが絶対的美少女かと言われたら違うだろう! 確かに可愛いよ! 私は可愛い! ふわふわの髪の毛にキラリと輝く大きな濃いアイスグレーの瞳。そりゃ、可愛いだろ!

 けど、あ、可愛いね、レベルだ。百人が百人可愛いと言うかと問われたら答えは否。それに王子と比べたらもう……。あの人の隣に立ちたくない。女としてのプライドが死ぬ。


「無理です。なんですか、その噂。今すぐ消してください」

「それこそ無理ですよ。大丈夫ですって。ベルティーア様は美しいですし」

「知っています!」

「知ってるんですか」


 なら何の問題が? とシュヴァルツが首を傾げた。


「でも誰もが美しいという容姿ではないです! 王子とは雲泥の差ですよ!」

「比べる相手が間違ってると思います」

「そこは慰めて下さい!」


 がっくしと肩を落とす。

 シュヴァルツは紳士では無かった。


「あ、それでですね」

「もういいですよ……」

「ディラン様の婚約者が美しいと噂される娘だと知った王太子様は暴れるんですね。駄馬のごとくです」


 無視されたのもびっくりだけど王太子を駄馬扱いするのも驚きだよ。


「とにかく王太子様は面倒くさいんで、気を付けてください」

「善処します」

「あと……」


 シュヴァルツとの会話って精神がゴリゴリ削られる。ぐったりと疲れた私は行儀悪く頬杖をついた。むすっと不機嫌になった私の様子にシュヴァルツは少し笑った━━気がする。都合の良い幻影かもしれない。


「あと、ディラン様の側にいてあげてください。一生」

「え? 今さらっと重たいこと言いませんでした?」

「はい。一生ディラン様のために生きてください」

「色々おかしいです」


 この人どんだけ王子至上なんだよ。王子のために生きてるのはお前くらいだよ。

 そう思っていたのに、さらりと黒髪が揺れる。


「お願いします。ディラン様の側に」

「え、ええ?」


 いきなりどうしたんだ。

 あのシュヴァルツが頭を下げた。王子以外に頭を下げた。

 15度くらいしか動いてないですけど?


「ベルティーア様だけなんです。お願いします。絶対にディラン様の側からいなくならないでください」

「いなくなりませんけど……」

「ならいいです」


 将来王子の隣に立つのは主人公(ヒロイン)だよ。喉まで出かかった言葉をごくりと飲み込む。これは、言わなくていいことだ。私が内に秘めておくだけで十分。


 15度しか下げてなかった頭を上げて、シュヴァルツが微笑んだ。ホントに。これは見間違いじゃない。絶対笑った。

 初めて見るシュヴァルツの大人びた微笑みを脳裏に焼き付けていると、サッとシュヴァルツの表情が無に戻った。心なしか顔色が悪い。


 直後、突風が吹いた。

 地を這うような冷たい声が風に乗って聞こえる。真後ろから。


「何、見つめあってるの?」


 悪魔の降臨です。

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