『リベンジダンスパーティーⅢ』
ダンスパーティーは予定通り順調に進んだ。ディラン様とは始めに一度踊っただけで、あとはずっと二人で座ってホールを眺めていた。
色とりどりのドレスがホールを綺麗に彩り、あちらこちらから男女の甘い恋の気配がする。
本当にウィルは来なくて良かったのだろうかと考えつつ、パーティーの最後に打ち上がる花火を眺める。この花火の手配が一番大変でお金がかかったと風情のない感想が脳裏をよぎった。
ふと、横にいるディラン様の手を見つめる。生徒会長としての体裁のため、ベタベタと引っ付くようなことはしなかった。
ディラン様は、あと半年もすれば卒業してしまう。そしたら、しばらく会えない。毎日のように私を抱き締めてくれた彼の温もりが消えたら、私は一年も耐えられるのだろうか。
なんだか無性に寂しくなって、そっとディラン様に近付いて腕にしがみつくように抱きついた。急に密着してきた私に、ディラン様は驚いたように肩を揺らした。
「どうしたの、ベル。公共の場で君から近付いてくるなんて珍しいね」
「暗いですし、みんな花火を見ているから大丈夫ですよ」
らしくないことをしているとは自覚しながらも、指を絡めて恋人繋ぎをする。ディラン様はますます驚いたようでじっと私を見ていた。
「ベル」
「何でもないですよ。……ちょっと、くっつきたかっただけですから」
「本当?」
「……これが一緒に出席できる最後のダンスパーティーと思ったらしんみりしちゃって」
食い下がるように言葉を重ねたディラン様に根負けして、本音がぽろりと口から出る。
「寂しくなったの?」
「……もうすぐ、卒業ですから」
「半年も先だよ」
「半年しか一緒にいれないです」
ふて腐れるように口を尖らせると、ディラン様はくすりと笑った。そしてみんなから見えないように壁際に寄って、こっそりとキスをする。
「見られたらどうするんです」
「暗いし、花火に夢中だよ」
さっき私の言った言葉をそのまま返されて、照れ隠しをするようにそっぽを向いた。
照れるとすぐに黙る癖、どうにか治したいなぁ……。
「それに、今日は俺たちの特別なダンスパーティーがあるんでしょ?」
ディラン様が私の髪に触れ、顔を寄せた。男性らしい首筋が目の前にあって、もうどこを見ていいのか分からなくなる。
色気に当てられるって、きっとこういうことを言うんだろう。
「頑張って、おしゃれしますから」
「楽しみにしてるね。何時ごろ迎えに行けばいいの?」
「では、21時に」
「分かった」
ディラン様は私のおでこにキスをしてから、何事も無かったかのように花火を眺める。恥ずかしいような、少し嬉しいような不思議な感覚で、私も花火を見つめた。
◼◼◼
私の体型は、母によく似ている。
マーメイドドレスが良く似合う豊満な体型だ。髪もまとめて、うんと大人っぽくした方が色気が出る。
この格好でパーティーに参加したら確実にディラン様が嫌がるだろうけれど、一番私が魅力的に見えるのがこの姿なのだ。
幼い頃は全然できなかったけれど、少し成長した今ならドレスに負けないよう美しく着こなせる。
時計をちらりと見てから、そろそろかしらと気持ちドレスを整えた。合わせたかのように扉がノックされる。
「ベル、支度はできた?」
「はい、できました。鍵を開けているので、どうぞ入ってください」
一番月明かりが入り込む場所に立って、ディラン様を迎える。さっきのパーティーの時の正装のまま現れたディラン様が、ゆっくりと目を大きくした。
瞳孔の開いた瞳がよく見える。
多少は気に入ってもらえただろうか。
「いかがですか?」
「……え、あっ」
ディラン様は慌てて何かを言おうとするが、珍しくしどろもどろになっている。
「お気に召しませんか?」
「そ、そんなことない! こんなに綺麗な人を見たことが無かったから、思わず言葉を失ったよ」
ディラン様はようやくふらりと動きだし、夢を見るように私に手を伸ばした。その手が私の頬に触れて、また驚いたように目を見開いた。
「……触れる……」
「ふふ、幽霊じゃないんですから」
「なんだか、月の光に熔けて消えてしまいそうだ」
呆然としたまま呟く彼に私はますます笑ってしまう。褒め言葉としては嬉しいけれど、大げさすぎる。
「早く、連れていかないと」
君が月に拐われる前に。
甘い言葉と同時に、視界が変わった。いつもの屋敷だ。ディラン様が指を鳴らせば、シャンデリアに明かりが灯り、屋敷が一気に明るくなった。
そしてどこからか音楽が流れ出る。
急に変わった景色に目を白黒させつつも、すぐに気を取り直して彼を力強く見つめる。
「ディラン様!」
突然名前を呼ばれたディラン様が、瞬きを繰り返した。
「あなたのために美しく着飾ってきました。どうか私と踊ってください」
ディラン様の首に腕を回し、背伸びをして今度は私からキスを贈る。ディラン様は一瞬驚いたようだったけど、すぐに首裏に手を当てた。
ディラン様に拒まれて、なかなかキスが終わらない。そろそろ爪先が痛くなってきた頃にようやく体を離された。
「は、ぁ」
「ベルは美しすぎて心配になるよ」
ディラン様は困ったように笑ってから、私の腰に手を添えた。
「君からのお誘いはちゃんと受けないとね。──俺でよければ、喜んで」
学園でのダンスパーティーよりも強く手を引かれて、完璧にリードされる。やっぱり、好きな人と踊れるって素敵だわ。
「私、時々不安になるんです。ディラン様が卒業したあとのことを考えて」
「いつでも会いに行くよ」
「それは、とても嬉しいですけど……。当たり前のように隣に居てくれたディラン様がいなくて寂しくなっちゃいそうです」
ピタリ、とディラン様の動きが止まった。音楽は鳴り続けているのに私を凝視して硬直する。
「……ベル、あんまり俺を喜ばせないでよ」
「本心ですよ? ダメですか?」
ディラン様はうぅ、と喉の奥から呻き声のようなものを出して私を抱き締めた。
「俺も、ベルがいないと寂しいよ」
「私たち、一緒ですね」
広い背中に手を回す。耳まで真っ赤にして照れているディラン様に可愛いなぁと思いながら一人でこっそりと笑った。
◼◼◼
「こんなに可愛いのに、ベルを傷付けてない……。えらい……」
自画自賛をしながら、そっとベルの髪をすく。基本的に屋敷に来ると、こうしてベルと一緒に眠る。同じベッドで、若い男女が二人きり。しかも恋人同士で婚約者。
なのに、どこまでも清い。
これだけで俺の涙を飲むような努力が感じられると思う。聖職者にでもなるつもりなのか、俺は。
隣で眠るベルの可愛い可愛い寝顔を眺めるのが毎日の日課だったりする。ベルにバレたら絶対怒られるので決して言ったりしないけど。
「可愛い、可愛すぎる」
今日のドレス姿といい、甘えるような仕草といい、思わずペロリと食べてしまいそうだった。むしろなぜ、キス止まりなのか不思議なくらいだ。
眠ると幼くなるベルの寝顔を堪能しつつ、欲を孕んだため息をつく。
あぁ、触れたい。白く美しい陶器のような肌に、柔らかそうな四肢に触れたくて仕方がない。可愛い声も聞きたいし、見たことのない表情を見てみたい。
可愛い。この世のなにより愛しくて、可愛い。
「大好きだよ。愛してる。ベルは俺の命そのものだ」
月明かりに照らされたベルは、本当にあのまま月に連れ去られてしまいそうなほど儚かった。まるで、天使のようだと本気で思った。
「君が天使じゃなくてよかった」
そうしたら、自由に翔べるその羽を捥がなくてはならないから。羽を捥ぐだなんて痛そうだろう?
できるだけベルを傷付けたくはないんだ。
「愛しているよ」
忠誠を誓う騎士のように、白魚のような指の先にそっと口をつけた。




