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『リベンジダンスパーティーⅡ』

 ダンスパーティーの準備に向けて、生徒会は忙しくなる。


 生徒会は学園の花形とも言われる組織だが、実際は雑用係みたいなもので、あらゆるイベントの運営を行わなくてはならない。

 経費は馬鹿にならないし仕事量もいつもの倍。正直、生徒会長一人が統括するには無理があるはずなのだが、ディラン様は簡単にやってのけてしまう。本当に何をしても優秀な人だ。


 それでも、この繁忙期の生徒会メンバーはブラック企業に勤める社会人レベルで覇気がない。

 生徒会室に隣接してある仮眠室で一晩を過ごすことも多く、私もどういうわけか、秘書という立ち位置であるためにディラン様が忙しくなると仕事が増える。

 彼は自分の限界を知らないから、私が見極めて、仕事量を調節をしなくてはならない。ディラン様じゃなくてもできることは他のメンバーに割り振ってやってもらう。


 目まぐるしい日々が過ぎ、よくやくダンスパーティーの日がやってきた。よくここまで完成させたと感動してしまう。それほど多忙な日々だった。


 去年のように会場に遅れないように早めに部屋を出て、女子生徒の中では一番にホールに着いた。

 この場でなら、由緒正しい名家の令嬢じゃなくても許される。なにせ、身分差のない学園で行われるパーティーだ。今の私はタイバス家令嬢ではなく、彼の恋人。


「ベル! とっても綺麗だよ!」


 ディラン様からいただいたドレスと靴を身にまとい、感激したように腕を広げる彼に思い切り抱き付いた。

 彼は楽しそうに笑って、抱き締め返してくれた。


「ディラン様って、ベルティーア様といるときが一番笑っているよねぇ。生徒会では頭が良すぎて遠い存在のようだけれど、こうして見ると僕たちと同じなんだなぁって思うよ」

「馬鹿言うな。ディラン様は特別な方で……」

「シュヴァルツ様、その言い方は止めたほうがいいと思いますよ……」


 シエルが感心したように私たちを見ながら呟いた言葉に、シュヴァルツが反論する。それをアズが核心をついた言葉で諭していた。

 ドレス姿のシエルに驚いて思わず声をかける。


「シエルはそちらの姿で参加するの? パートナーは男性?」

「そうだよ! パートナーはシュヴァルツ様なんだ!」

「……えっ!?」


 驚いて声を上げた私に、ディラン様が気にした様子もなく返事をする。


「去年もそうだったよ」

「去年も!?」

「シュヴァルツ様ってば、相手がいないから僕が仕方なくね」

「その言い方はなんだ!? まるで僕が誰にも誘われなかったみたいじゃないか! 婚約者がいないから、適当な令嬢と踊って変な噂が流れたら困ると思っただけだ!」

「ふふ、女の子の方から誘ってもらおうだなんて男の風上に置けないですよ、シュヴァルツ様ぁ。そんなだからモテないんですよ?」

「誰がモテないって!?」


 憤慨するシュヴァルツを軽くいなしながらシエルはくふくふと笑っている。シエルの美しさは性別を越えたものがあるから、正直男でも女でも違和感がなさすぎる。


「見てみてベル!」


 元気な声に振り向くと、そこにはアリアがいた。アズが嬉しそうに彼女に駆け寄るのを微笑ましく見守る。


「思ったより支度が早かったわね」

「私はもとがいいから色々塗りたくらなくていいの!」


 ふんぞり返って鼻を鳴らすアリアに、呆れたような視線を向ける。隣にいるアズは愛しそうにアリアを見ていた。

 時折アズは聖母のような表情をするが、彼にはアリアが赤ちゃんか子供にでも見えているのだろうか。


「それより、このドレス! アズから貰ったの! 素敵でしょ?」


 淡く明るい色がふんだんに使われた可愛らしいデザインのドレス。アリアにしか着こなせないだろう、それは彼女によく似合っていた。


「アズはセンスがいいのね。アリアをよく分かってるわ」

「ベルにそう言われると自信がつくよ」

「ね? ね? 素敵でしょ!!」


 アリアは相当嬉しいのか、分かりやすいほど浮かれている。私の褒め言葉に満足して、今度はシエルとシュヴァルツの方にドレスを見せに行った。アズもそれに着いていく。

 二人の後ろ姿を見つめて、あることに気付いた。


「ウィルはまだかしら?」

「あぁ、ウィルなら参加しないらしいよ」

「参加しない?」


 さらりと答えたディラン様の方を見ると、彼は微笑み頷いた。


「パートナーを見つけるのが面倒くさいんだって」

「えぇ……」


 将来のタイバス家当主がこんな調子で大丈夫なのだろうか。だからあれほど婚約者を選んでおけとお父様に言われていたのに。


 深いため息を吐いて肩を落としていると、顎を軽く引かれた。正装で整えたディラン様と目があって、思わず顔を赤くする。


「今の君はタイバス家の令嬢じゃない。俺の婚約者だよ」

「は、はい……」

「だから、今日は俺だけのことを考えていて欲しいな」


 ディラン様の優しい微笑みと甘い言葉に何も言えずひたすら頷く。ここで私もさりげなく愛の言葉を言えればいいのだけど、いつも赤面して言葉に詰まってしまう。


 ディラン様は私の手を取ってから、ホールを見渡す。大方生徒が集まったことを確認して、パーティーの開始を告げた。

 軽やかな音楽が流れ、生徒会のメンバーたちと数人の生徒がホールの真ん中へ進んでいく。去年参加していないから分からないけど、ダンスパーティーってどのタイミングで踊り始めればいいんだろう。


 シャンデリアに照らされて輝くドレスたちを見ていたら、そっと手を引かれた。ディラン様は私の手の甲にキスをして、こてりと首を傾げた。


「どうか、私と踊ってくださいませんか? 美しい姫君」

「──えぇ、喜んで」


 伺うようにこちらを見つめていた青い瞳が溶けるように細まって、無邪気な笑顔を浮かべた。

 ディラン様の腕に手を添えて、ホールの中心までエスコートしてもらう。

 ちらりと目の前にいるディラン様を見上げると、私を見つめる彼と目があった。青い瞳は美しい海のように透き通っていて、金色の髪は高級な糸のように一本一本が煌めいていた。


「どうしたの、そんなに見つめて」

「いえ、やっぱり私の婚約者は素敵だと思って」


 私の言葉にディラン様は吹き出すように笑った。


「なんだか照れるなぁ」

「本当のことです」

「それを言うならベルの方が綺麗だよ。いつもより目元がキラキラしてるし、その口紅も俺が褒めた色だよね? 髪型も今日のドレスに似合ってる。ベルはいつも可愛いけど、今日は大人っぽくて一段と美しいよ」

「……照れますね」

「本当のことだよ」


 音楽に合わせてくるくると踊りながら、二人でこっそりお喋りをする。


 あぁ、やっぱり私はディラン様が大好きだ。

 繋ぐ手の暖かさも、彼の表情から声まで全てが私を魅了する。私の目の前で甘く微笑んでくれる彼が愛おしくて仕方がない。

 このまま時間が止まればいいのに、と心の中で呟いた。



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