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書籍化御礼!『リベンジダンスパーティーⅠ』

 ガルヴァーニの事件が解決し、騒がしかった学園にも日常が戻ってきた。

 洗脳にかかった生徒たちにも酷い後遺症はなく、一部記憶が曖昧になるというミラ様の時と同じく、なんとも都合よい記憶喪失の症状があるだけだ。

 精神魔法を使えば後処理が楽になるのかな、とディラン様が呟いていたがそれには聞こえないフリをしておいた。


 入学式も例年通り恙無く行われ、私の一つ年下であるウィルも入学した。当然のように、生徒会メンバーとなり、今はグラディウスがしていた仕事を引き継いでいる。

 シエルとウィルはとにかく騒がしく、いつも生徒会室にはシュヴァルツの怒声が響いていた。


「だーかーら! 俺は女装なんかしねぇって!」

「いいじゃないか! ほら、僕のドレスを貸してあげるよ! 男性でも華奢に見えるように作らせた僕と仕立て屋の力作なんだ! 女の子に迫られて困っているんだろう? 友として協力してあげてるんだよ」

「だからって、どうしてそれが女装になるんだよ!」

「うるさいぞ! お前たち!!」


 明らかに一番声が大きいのはシュヴァルツなのだが、本人たちは誰一人気付かない。

 最近ようやく恋人同士になったアズとアリアなんか、自分たち以外何も見えていない。

 ちらりと視界の端に写る二人は、いちゃいちゃと無駄に密着しながら囁きあっている。恋が人を馬鹿にするとはこのことか。


 いや、もしかして私とディラン様も周りにはこう見えていたのか……?

 うるさい空間の中でもせっせと書類を捌いていくディラン様は私の視線に気付いてそっと顔を上げた。

 ぱちりと青い瞳と目が合う。


「そんなに見つめてどうかしたの?」

「……いえ、私たちもあんな風にくっついていたかな、と思いまして……」


 視線をアリアとアズの方に向ければ、ディラン様はおかしそうに笑った。


「俺は周りの目なんか気にしたこともなかったからなんとも言えないかな。でも、二人が仲良いのは見てれば分かるよ」


 無難な回答に、恐らくディラン様はあの二人に興味なんて無いんだろうなぁ、と思う。一瞬だけアズたちに視線を寄越したあと、すぐにまた書類を片付け始めた。

 仕事中に話しかけたのも良くなかったかもしれない。

 冷めた紅茶を入れ直そうと机の端にあるティーカップに手を伸ばせばその手をがしりと捕まれた。


「ディラン様?」

「ベル、今夜月を見よう」


 その言葉にハッと目を見開く。私たちの合言葉だと気付くのは早かった。

 コクリと頷けば、耳元で「20時に迎えに行く」と囁かれる。

 この距離感にはいつまでたっても慣れないと思いながら、熱くなる頬に気付かないふりをして短く返事をした。


 ◼◼◼


 "今夜月を見よう"


 これはディラン様と夜を過ごす時に言われる、いわば誘い文句である。

 ガルヴァーニとの一戦で瞬間移動を使えるようになったディラン様はもうやりたい放題。できないことなどないのではないかと思うほど魔法の精度を上げた。

 始めて出会った強者との戦いで、また一つ強くなったようだが、その実力は前よりもずっと底知れないものになった。


 そんなディラン様が、城を作った。

 お金を支払ったわけではない。本当に、作ったのだ。

 誰にも開拓されていない、どこの国の土地か分からない場所にひっそりと建てた。

 見ててね、と笑うディラン様がひょいっと手を振るだけで石が組み上がり屋根ができ、立派なお屋敷となってしまったのだ。


 城の中にはカーペットから食器まであって唖然としたものである。どこから出てきたんだ、この家具たちは。

 城を囲むように薔薇が咲き、美女と野獣でこんなお城あったよね、とぼんやり現実逃避したほどだった。

 瞬間移動でどこかからくすねたと思ったが、ディラン様曰く、違うらしい。

 無から有を生み出す最強の魔法。かつては錬金術と言われた力の結晶らしいが私には何も分からなかった。


 彼は頭上にクエスチョンマークを浮かべる私を愛おしそうに見て、夜はできるだけここで、二人で過ごそうと言った。

 心の中を覗いてから遠慮の欠片もなくなったディラン様はとにかく側にいて欲しいと言うようになった。

 広い屋敷を作り出したくせに、結局私にピッタリと寄り添って子供のように甘えるのだ。


 今日もいつものようにディラン様の魔法で屋敷へひとっ飛びしたのだが、ディラン様は大層お疲れのようで私を背後から抱き締めてピクリとも動かなくなった。

 誰も見ていないのは分かっているけれど、気恥ずかしさはいつまでたっても抜けない。


「……あのね、ベルにプレゼントがあるんだ」


 さっきまでじっとしていたディラン様が突然顔を上げて言った。

 私を抱き締めたまま、指をすいっと動かす。

 部屋の奥から浮いて現れた箱に私は驚いて目を見開いた。本当に、ディラン様の魔法はなんでもありだ。


「物を浮かせることもできるんですか……?」

「複雑な魔法の組み合わせだけどね。それより、これを受け取ってほしいな」


 大きな箱と小さな箱が私の膝の上に乗せられる。そっと蓋を開けて中身を見てから、思わずあっ、と声を上げた。

 そこには、美しい刺繍が施された紺色のドレスがあった。去年もらった夜空色のドレスとは違って、裾にかけて色が淡くなっていく。

 繊細な刺繍がこのドレスをより上品なものにしていた。


「金色でもいいかなって思ったんだけど、ベルには青とか紺の方が似合うかなって」

「すごい……これ、ディラン様が選んでくれたんですか?」

「うん。俺が選んだよ」


 ドレスを箱から取り出して広げてみれば、ふわふわのチュールが可愛さを引き立てる。ドレスを抱き締めて喜びを噛み締めていると、ひょいっと持ち上げられてディラン様の膝の上に乗せられた。


「どう? 気に入ってくれた?」

「えぇ、とても! 素敵なドレスです!」

「ベルにはこのドレスを、今度のダンスパーティーで着てほしい」


 ダンスパーティー。

 苦い思い出のある行事だが、そういえば今年も開催する予定だったはず。だからあんなに生徒会の書類に追われていたのか。

 去年のドレスもこの時期に貰ったのに、着れたのが戴冠式後のパーティーだったからすっかり忘れていた。


 今年は、ディラン様の婚約者として出席できる。ディラン様と踊ることができる。

 ──なんて幸せなことだろう。


「はい、勿論です! このドレスを着て、私と踊ってください」

「ふふ、お誘いの言葉を先にベルに言われちゃったなぁ」

「え、あっ、ごめんなさい。去年参加できなかったから浮かれちゃって……」

「ううん。楽しみにしてくれてることが俺は嬉しいよ」


 ディラン様がサファイアのような瞳を喜色に染める。こちらを反射するほど美しい瞳はいつ見ても吸い込まれそうなほど魅惑的だ。


「去年もいただいて思ったんですけど、ディラン様は可愛らしいドレスの方が好みなんですか?」

「どうして?」

「ドレスの形がふんわりしたものを選んでいるでしょう? もしかして、無自覚でした?」


 からかうように目を細めてディラン様を見れば、彼はキョトンとしてから何かに気づいたかのようにそっと目をそらした。

 そしてほんのり頬を染めて、気まずげに視線を下げる。


「どうかしました?」

「……いや、ドレスを選ぶ時に細身のシルエットのものもあったんだけど……」


 こんな感じの、とディラン様が空中に絵を描く。


「その形だと、マーメイドドレスのことですね」

「きっと、その形のドレスの方がベルには似合うと思うんだ。……だけど、ダンスパーティーってみんないるし、ベルを見ちゃうじゃないか」


 思わぬ言葉に私が驚いた。ディラン様は悪戯がバレた子供のように視線を泳がせる。


「……ディラン様、可愛らしいですね」

「ただ子供っぽいだけじゃん、それ」


 今度は不貞腐れたように頬を膨らませ、唇を尖らせる。すると途端に顔立ちが幼くなるのだから、この人の魅力は止まることを知らない。


「……ダンスパーティーの夜、ここで二人だけのパーティーをしましょう」


 ディラン様が驚いたように私を見た。私からこの屋敷へ誘うように言ったのは初めてだった。


「その時、私のとっておきのドレスを着てきます。私の魅力を一番に引き立てるドレスと化粧と髪型でディラン様と踊りたいので」


 ディラン様のドレスを気に入っていないわけではない。もちろん、それは学園のダンスパーティーで着ていく。

 だけど、自分を最大限美しく着飾って彼と踊りたいのもまた本心だった。


 好きな人の前で最高の自分でいたいのは、女の子なら当たり前の感情じゃないかしら?


 ディラン様は呆然としたように私を見たあと、キラキラと目を輝かせた。


「……ベルならこの世の男みんな虜にできるよ」

「えぇ、ディラン様に愛されている私なら、それはもう魅力的に見えるでしょう」

「すごい殺し文句だ……」


 誘惑するように薄く微笑んで彼の頬に軽くキスをすれば、ディラン様は夢を見るようにうっとりと頬を染めた。


本日、『悪役令嬢は王子の本性(溺愛)を知らない』が書籍として発売されました!

拙作をお読みくださった皆様に感謝を込めて、番外編を掲載します。少しでも楽しんでいただければ幸いです。

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