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『幸せの形』

二人の子供が生まれる話です。

 その日の執務室は、誰もが喋ることを躊躇するほど空気が張り詰めていた。


「ディラン様ぁ……そんなに機嫌が悪いと皆が怯えちゃいますよ」


 俺の仕事を補佐する官職の一人であるシエノワールが、勇敢にも声をかけてきた。ギロリと睨むが、彼が怯える様子はない。

 生徒会で過ごした日々は意外にも心の距離を縮める結果になった。


「なんで大切な時期に限って仕事なんだ? 俺は兄上にちゃんと言ったよ? なのに、仕事を優先しろだなんて、どうかしてる!!」


 そう、今は大切な時期。ベルが去年身籠り、今日出産の予定だった。ズレも想定して一週間は休んでベルの側にいたかったのに。

 仕事を休むと言って聞かなかった俺を宥め、仕事に向かわせたのはベル本人なのだが……。


『大丈夫ですよ。屋敷に一人って訳じゃないし、アリアも来てくれるそうです。それに、出産の前って男性のできること少ないと思いますし……。陣痛がきたらちゃんと連絡しますから、それまではお仕事してください』


 思いの外頼もしい言葉に背中を押され……というか、これ以上駄々をこねたら呆れられそうだったので渋々王城に赴いた。結婚と同時に王宮から屋敷に引っ越したせいで、王城(職場)までの距離が離れたのが不便であることこの上ない。


「義兄上、姉上はああ見えて胆が据わっているから大丈夫ですよ。それに、あれほど厳重に守られた屋敷で何かあるとは思えません」


 そんな言葉と同時に現れたのはウィルだった。

 ウィルは当主になるための基盤を築くために頻繁に王城に出入りしている。


「胆が据わってるとかそういう問題じゃない。出産は命懸けなんだから何があるか分からないじゃないか。心配で仕方ないんだよ」

「まぁ、それはそうですけど……」


 彼が俺を安心させようと気遣ってくれたのは分かっている。分かってはいるが、自分の愛する妻が心配で心配で仕方がないのだからどうしようもない。


「ウィル~~! 久しぶりだね! 今日も麗しい!」

「お前は昨日も会っただろうが!」


 ウィルが来たことにシエノワールが楽しそうにはしゃぎ始めた。


「アスワド、アリスは元気にしてる?」


 俺の後ろに控えていたアスワドに問えば、彼は静かにコクリと頷いた。

 彼は騎士になってからとんとん拍子に階級を上げ、今では王弟である俺の護衛を任されている。俺に護衛なんて要らないと思うが、兄上の差し金だろうか。

 友達と仲良くしろってこと? 余計なお世話だ。


「元気ですよ。ただ、アリアに名付けを頼んだのは失敗だったと思っているんですよね」

「まぁ、男にアリスはちょっと可愛らしすぎるな」

「ですよねぇ……」


 アリスはアリアとアスワドの間にできた子供の名前である。男児であったにも関わらず、女の子に付けるような名前をアリアが推したらしい。

 アスワドもアリアには勝てないようで、結局承諾したようだった。嫌なら言えばいいのにと思うところだが、俺もベルに言われれば快諾する。


「アリスに訊かれたんですよ。どうして僕の名前は女の子なの? って……」

「それはアリア嬢が答えたのか?」

「はい」

「アリア嬢はなんて?」

「貴方にはアリスという名前がピッタリだと神様から教えて頂いたのよ、なんてそれらしいことを言ってました」

「彼女らしいな」


 実際、生まれてすぐにアリスという名前がピンときたらしい。彼女は直感で生きているような人だから、しっくりきたらそれで良いのだろう。

 ベルもアリスをとても可愛がっていて、大人げないと分かっていてもあまり気持ちがいいものではなかった。だって、大きくなってベルを好きになったらどうする。あまりにも心が狭すぎて誰にも言ってないけれど。

 屋敷で護衛兼従者をしているシュヴァルツは薄々気付いているようではあったが。


「そういえば、シュヴァルツもいい人を見つけたらしい」

「えっ!?」


 俺の言葉にその場にいた全員が反応した。


「誰なんですか!? え、シュヴァルツ様に恋人!? 残念すぎるー!」

「うるさ!」


 女のような甲高い声で悲しみを叫ぶのはシエノワールだった。声変わりをしてもそんな声が出せるのだからいつも感心してしまう。


「意外ですね。シュヴァルツ様に好きな人なんて。絶対無理だと思ってました」

「ウィル様も大概失礼だと思うんだが……。ちなみにどんなタイプですか?」

「アズもちゃっかりしてると思うよ?」


 男が揃えばどこでもこんな話をするものだ。

 シュヴァルツの好みなら、把握している自信がある。

 いいネタになるだろうと、内心笑った。


「そうだね。あいつは胸が好きだ」

「巨乳!? 巨乳ですか!? いやー!! 僕に無いものだ!」

「お前はどこを目指しているんだ……?」


 いちいち煩いシエノワールにさすがのウィルもドン引きして一歩引いた。


「喜ばしいことですね。おめでとうございます」

「いや、多分片思……」


 アスワドがゆるりと微笑んで祝福の言葉を言った瞬間、感じ慣れた気配がして思わず口を閉じる。


「僕抜きで随分面白いことを話しているんですね」


 扉のところで気配もなく佇んでいるシュヴァルツに、シエノワールとウィル、アスワドが驚いた猫のように跳び跳ねた。

 待てよ。シュヴァルツがここにいるということは……。


「ベルの身に何かあったのか!?」

「陣痛が始まったので、ディラン様に報告を……ってもういない」


 ガルヴァーニとの戦いで手に入れた瞬間移動を使い、慌てて屋敷に戻る。

 シュヴァルツの好みを暴露したことなんて頭の片隅にも残ってはいなかった。


「シュヴァルツ様ぁ、好きな方ができたなら教えて下さいよ。水くさいじゃないですか! 巨乳なら僕も見たい!」

「そうですよ! 生徒会のよしみで恋のお手伝いして差し上げるのに! 報酬にもよりますけど」

「お前たちは二人揃って本当にろくでもないな。ディラン様の腹黒さも大概だが、正直お前らも敵に回したくない」


 癖の強い二人に囲まれたアスワドが帰りたいと呟いていたとかいないとか。


 ◇◇◇


 屋敷に付いた後は早かった。

 使用人が騒がしく屋敷を行き来している。ベルの出産に合わせて使用人を増やして正解だったようだ。


 慌ててベルの部屋に行こうとしたら、出産の現場は夫であっても見せられないと言われ部屋に入るのを止められた。

 ベルの言った通り俺は驚くほど役立たずで、そわそわしながら部屋の前で行ったり来たりを繰り返すだけ。

 落ち着かない。だって、凄く苦しそうなベルの声がする。頑張ってとか息んでとか言っているけど、無理だろ。めちゃくちゃ痛そうだ。

 涙に濡れるようなベルの呻き声にこちらが泣きそうだった。


 数時間に及ぶ出産は、ずっとずっと長く感じた。心が千切れそうなほど緊張感している中、元気のいい赤ん坊の泣き声が聞こえる。


「産まれました!」


 部屋から出てきたのはアリア嬢だった。彼女がずっとベルを励ましてくれたのだろう。部屋に入ると、ベッドの上でぐったりするベルと、その横に布にくるまれた赤子がふにゃふにゃと泣きながらくずっていた。 


 呆然としたまま、入り口で呆ける俺を見て、ベルはふわりと微笑んで手招きした。誘われるまま、ベルと赤子が寝るベッドに近づく。


「少しの間、ディラン様と二人きりにしてください。一分でいいので」


 ベルは細い声で言った。

 顔には隠しきれない疲労感が滲み出ていて、早く声をかけたいのに胸が一杯で何から言えばいいか分からない。


「べ、ベル」

「ほら、赤ちゃんです。私と、ディラン様の新しい家族ですよ」


 抱っこしてみてください、と言われて恐る恐る手を伸ばした。なんて小さくて弱々しいのだろう。俺とベルの髪色を混ぜたようなくすんだふわふわの髪。モゾモゾと身動ぎする様子はその子が生きていることを感じさせた。

 目尻が熱くなって涙が溢れた。愛おしいのだ。迫り上がってくる感情が涙になって溢れていく。


「ありがとう、ベル。頑張ったね」


 赤子をそっとベッドに置いて、ベルにキスをした。ディラン様は本当によく泣きますね、なんて言うけどこんなの泣かずにいられない。嬉しくて感動して幸せで、色んな感情が身体中を駆け巡った。


「女の子なんです。名前はどうしますか?」

「……ペネロープにしよう」


 アリアが言っていたことも、あながち嘘ではないかもしれない。顔を見た途端名前が浮かんだなんて、あるはずがないと思っていたのに。


「ペネロープ、素敵な名前ですね。ふふ、太陽の天使だなんて、かわいらしい名前」


 ペネロープは神話に出てくる太陽の天使の名だ。

 俺はただただ可愛らしさが天使みたいだから咄嗟に言ったけど、うん、悪くない。我ながら可愛いじゃないか。


「ペネロペ。可愛い私たちの子」


 ペネロープの愛称を呼びながら、ベルは幸せそうに微笑む。

 愛しい我が子の誕生に、心からの祝福を祈った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 私にとってはドストライクなヤンデレだったなと思います! ヤンデレ好きな私としては、とても理想的な物語でした。テンポもよくて、とても面白かったです。 まだまだこの二人のイチャイチャを読みたい…
[良い点] 去年の今ぐらいからちょこちょこ見させていただいて応援してました 感想の返信も丁寧な作者さんでお話もとても面白くとっても良い作品です!!完結おめでとうございますっっ これからも作者様の新作…
[良い点] ヤンデレは凄すぎると怖くて微妙なのですが、このヤンデレ王子は監禁とかしたくても嫌われたくないから我慢してしない!という逆に相手を想っていて、それでいて痛すぎる位の一途がたまりませんでした。…
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