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『涙にくれる日は』

結婚後もヤンデレるディランとベルのお話。

ぬるいですが、R-15っぽいです。

 ディラン様は、少し。いや、かなり嫉妬深い。それは知っている。学生の時、彼の心を覗いて心情全てをぶつけられたから、嫉妬や独占欲が強い性質だと理解しているつもりだった。


 結婚して、気付いたことがある。それは一緒に住まないと気付かなかったことで、当初の私はそれはもう困惑した。しかし、人間とは慣れるもの。今ではなんとなく対処法が分かっている。


 結婚して一年目に知ったことは、ディラン様は時々異常に精神状態が悪くなる時があるということだ。その症状は不定期で、大体三日ほどで治るのだが、その三日が何かと大変だった。


 情緒不安定時のディラン様は独占欲が爆発する、と言えば大体想像がつくだろう。屋敷から出ることも許されず、食事も入浴もすべてディラン様に世話をされる。どんな羞恥プレイだと頭を抱えたくなるものだがこれを拒否すると大変なことになると身をもって知っているので大人しくするのが吉。

 なんなら屋敷だけでなく二人の寝室から出ることさえも嫌がられるのだ。


『俺だけと話して欲しい。俺だけを見て欲しい』


 そんなことを言われてしまえばディラン様に弱い私は従順に頷いてしまう。そして結局言われた通りに部屋に閉じ籠るのだ。三日が経ってディラン様が正気に戻ると必ず謝られて嫌わないで捨てないでと懇願される。

 私を束縛したいわけではなく、ただ不安なんだ、と彼は言うが、どう考えても束縛激しいしメンヘラっぽいしなんなら監禁未遂ですらある。それでもそんな自分を一番嫌っているのはディラン様自身なので、こんなことを言うのは無神経というものだ。


 部屋でゴロゴロしてるくらいでディラン様の気が晴れるならお安いご用。ただ立てなくなるほど抱き潰すのは止めて欲しい。どうして独占欲が爆発すると性欲も爆発するのだろうか。


「いや、でもさすがに暇だわ」


 読み飽きた本から顔を上げ、屋敷の庭を見下ろした。美しい薔薇が枯れることなく咲き乱れる魔法のような庭。実際にこの屋敷のほとんどはディラン様の魔法でできている。あらゆる物の位置が固定され綺麗なまま保持される魔法や結界、認識妨害。これでもかと魔力の込められた屋敷はどこぞのダンジョンのようだ。屋敷の扉には魔法道具が沢山ついていて見た目は豪華絢爛だけど、その実態を知ればゾッとするのではないだろうか。まるで要塞のようなこの屋敷は、ディラン様の心のなかによく似ている。いつかお化け屋敷と言われてもおかしくなさそう。


 想像してクスクス笑えるような私は神経が図太い自覚はある。でも、私はディラン様が好きだし誰よりも愛しているから受け入れるのなんて当たり前ではないだろうか。

 なんせ私自身もそこそこ重いので。


「分かってはいるけど……暇」


 王城に仕事に行ったディラン様を裏切るようなことはできない。でも、外に出たい。今日はちょっと散歩したい気分だったのだ。天気もいいし、禁止されるといつもの倍ワクワクして行きたい欲が抑えられなくなる。


「ちょっとくらいバレないわよね。庭だし、屋敷の中だもの」


 ディラン様は部屋を出るとちょっと不満げにするだけ。だったら庭に出ても許してくれるはず。

 この数年で築き上げた信頼を言い訳に、私はいつものように部屋を出て庭を眺めた。この時の私は自分を過信していたと言わざるをえない。


「……どうして外に出てるの? ベル」


 ひんやりとした、しかししっかり怒気を孕んだ声に私は一瞬で自分の失態を悟った。許してくれるなんて冗談じゃない。馬鹿じゃないのか、私は。

 どう考えても、ディラン様は怒っている。久しぶりに本気で怒られているため、心臓が縮み上がった。薔薇を眺めている視線をディラン様に向けられない。


 カチリと固まった私の頬をディラン様が掴んで無理やり視線を合わされた。闇を映したかのような瞳に、肩を震わせる。


「俺、外に出ないでってお願いしたよね? 今日は、すごく不安定な日だからって」

「ご、ごめ」

「庭だから許されると思ったの? 部屋から出た気配がしたから王城から()()()きたけど、まさか外に出てるなんてね」

「ちょっと、お散歩したくて」

「言ってくれればすぐに家に帰って一緒に外に出たのに。すぐに繋がる魔法道具もあげたよね?」

「ディラン様が仕事中だと思ったの」


 頑張って言い訳を並べてみるものの、ディラン様の視線が優しくなることはない。冷ややかなその視線に、思わず涙が滲む。そんな顔で好きな人に睨まれるのなんて嫌だ。

 じわりと目を潤ませると、ディラン様はハッとしたように目を見開いてあわてて私を抱き締めた。


「ご、ごめん。怖かった?」

「……妻に向ける目じゃなかった」

「う、でも、約束の破って逃げようとしたベルが……」

「逃げようとなんてしてないわ」


 ディラン様は言葉に詰まって、深くため息を吐いた。少しは落ち着いたらしい。


「頭では、理解してるんだ。ベルは俺を愛してくれる捨てないでくれるって。だけど時々、心が置き去りになる」


 ディラン様が不安定になるのは決まって幼い頃の夢を見た後だ。トラウマというのはそう簡単に消えるものではない。


「愛しています。貴方を愛していますよ、ディラン様。信じてくれないと悲しいです」

「──時々、俺が、ベルを裏切っているんじゃないかって、怖くなる」


 ポツリと話し始めたディラン様の声に耳を傾ける。こうして、じっと待っていると彼は時折心の内を話してくれるのだ。


「どうして?」

「ベルが俺を愛してくれてると信じられなくなるから。俺は求めてばっかりでベルに無理させてるのかなって。そのくせ、こうやって勝手に不安がって束縛して……馬鹿みたいだ」

「でも、ディラン様は私を愛してくれるでしょう? "ディラン様が私を愛している"ことなら信じられますか?」


 ディラン様は少し驚いたように身動ぎして、コクリと頷いた。なら、私はそれだけで満足だ。


「私は、私がディラン様を愛していると断言できます。自分の気持ちですし。同じようにディラン様も、貴方自身が私を愛していると確信しているでしょう?」

「うん」

「不安なら、二人で愛を囁きあいましょう。そうやって、歳を重ねておじいちゃんとおばあちゃんになる頃には呼吸をするようにお互いのことが分かるはずですよ」


 ね? と首を傾げてディラン様を仰ぎ見る。さっきまでの暗い殺気が嘘のように、ディラン様の瞳は輝いていた。


「これだけは分かるよ。俺は、一生ベルに敵わない」


 ふにゃりと、子供が無邪気に笑うようにディラン様は破顔した。愛しくなって、その唇に唇を重ねる。角度を変えて、何度も口づけを交わした。


「はぁ……ベル、君を抱きたい。いいかな?」

「はい、いいですよ。……あれ、お仕事は?」

「明日するから」


 薔薇が一瞬で寝室の風景に変わり、飛んだのだと理解した。飛ぶ、とは瞬間移動するということである。普通の魔力持ちにもできないことだからあまりしないように陛下からは言われてるけど、家ではよく乱用する。


「ん、ふぁ、ディラン様……」

「ベル、ごめんどうしよう。今日も抱き潰しそう」

「その性欲はなんでしょうね……」


 気持ちが不安定になると性欲にも異常をきたすのだろうか。仕組みは謎だけれど、ディラン様がいつもより興奮していることだけは伝わってきた。海のような美しい瞳に熱が帯びる。


「お願い、優しくするから」


 だから激しくしてもいいか、ってこと? 優しいと激しいは対極にある気がするのだけど。

 だけど参ったように眉を寄せて、色気を漂わせる彼に私が敵うはずがない。


「いいですよ。好きにしてください。私を抱けるのは、ディラン様だけですから」


 そう言っていたずらっぽく笑えば、ディラン様はキョトンとしてから真顔で当たり前だよ、と言った。


「でも、そうだね。俺も、ベルだけのものだから」

「当たり前ですよ」

「ふふ、それは嬉しいなぁ」


 甘えるように腕を絡めてキスをねだる。

 昼間からこんな行為をすることにはちょっと抵抗があるけれど、どうせ夜まで離してもらえないだろうから仕方ないと諦める。

 同じ指輪を鏡合わせのように、そっと手を重ね合わせた。



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