第97話 『すれ違い』
ララの劇的変身は意外にも、学園内で有名になっていた。放課後に生徒会室に入れば、シエルが大きな声で話している。
「君たちのクラスにいた美しい彼はだれなんだい? もしかして、新入生なのかな?」
「え? 美しい彼って誰よ?」
「ラプラスのことじゃないか? やたらとイケメンになってたじゃないか」
「あぁ、ラプラスね。確かにキャラに相応しい外見になってたわ」
「きゃら?」
「うん、キャラ」
キャラ、なんてアズに言ってもわからないだろうに、アリアはけろりと答える。アズも不思議そうに首を傾げていたが、いつものやつか、と変に納得していた。もしかしてアリアは、こうやって前世の単語を時々呟くのだろうか。まぁ、前世だなんてきっと誰にも信じられないだろうしその知識を乱用しているわけじゃないからいいんだろうけれど。
生徒会室に入ってきた私を見て、シエルが目を光らせる。あ、面倒くさいことになりそうだな、と頭の隅で思った。
「ねぇねぇ! ベルティーア様はラプラスと仲が良さそうだったね! 今度彼と会えるように言ってくれないかな?」
「ええ? 会いたいの?」
「当たり前じゃないか! あんなに美しい透き通った海のような髪色! ぜひ一束ほしい! 同じ色の瞳も宝石のように美しいし、綺麗な人は見ていて飽きないからね」
シエルは得意気に胸を張りながらララのことを美しい美しいと言うが、髪を一束貰うって発想がかなり変わっていると思う。
そう言えば、彼に言わなければいけないことがあった。
「シエル、貴方ウィルと仲がいいわね?」
「……? うん! もちろんさ」
「貴方、ウィルをからかって遊んでいるでしょう?」
「からかう?」
「ウィルに縁談がくる度に、私以外を好きにならないで~って言ってるらしいじゃない。しかもウィルが初恋をした女装姿で。ウィルはタイバス家の跡取りよ。婚約してもらわないと困るの。来年は学園に入学してくるし」
腕を組ながら淡々とそう言えば、シエルは気まずそうに頬を掻いた。彼にしては珍しくおどおどしている。
やはり悪いことだとは分かっているようなので、私は溜め息を吐いてそれ以上責めるのは止めた。
「これからは止めてね」
「……だって」
「え?」
「だって、ウィルが他の子を好きになるなんて悔しいんだもん!」
ワッと叫んだシエルに思わず耳をふさいだ。奥にいたアズとアリアも煩そうに顔をしかめている。
「うるさいわよ、シエル」
「意外と声が大きいよな」
アリアとアズの文句を聞き流して、シエルは不貞腐れたまま続ける。
「ウィルは僕の初めての友達で、なんでも話せるし何でも話してくれるんだ。その一番を取られるじゃないか……」
「そ、そう」
「それに、僕はからかってなんかないよ! 僕もウィルのこと大好きだし!」
「ちなみにウィルのどこが一番好き?」
私の問いかけに、シエルは即答する。
「勿論、顔だよ!」
意外とウィルとシエルは似た者同士でいいのかもしれない、とひっそり思った。
もう私ができることはないな、と感じて、ウィルが学園に入学する前に婚約者ができることを切に願った。婚約者いないと本当に大変だと思うんだけどなぁ。この際、シエルの女装姿を婚約者として吹聴すればよいのでは? と思ったりもしたがそれはバレたときの噂が怖い。
アリアが喉乾いたー、と言うのを聞いて、お茶を出そうかと腰を上げる。秘書とはそういう役割なので。
生徒会を支えるマネージャーのような立ち位置で、今日も高級お菓子を差し入れとして持ってきた。多分アリアは気に入る。ディラン様のは甘いお菓子にしよう。
なんで生徒会にお洒落なキッチンが備え付けられているのかは疑問だけど、仮眠室があるのだからキッチンもいるか、と妙に納得した。
お湯が沸くのを待っていれば、するりと首に腕が回された。さっき扉が開いた音がしたから、ディラン様が来たことは気付いている。
「ベルー。何してるの?」
「紅茶をいれてます」
「俺は砂糖二個欲しいな」
「ふふ、分かってます」
甘党なディラン様のために、砂糖を切らしたことはない。
「二年生はテストがあると聞きましたが、生徒会に来ていて大丈夫なんですか?」
「勉強はどうってことないけど、グラディウスとハルナが兄上に付きっきりで不在なのは痛手だなぁ」
「……シュヴァルツ様は?」
思いきってシュヴァルツについて訊いてみる。二年部のクラスは知らないから、もしかしたらホリデー明けにシュヴァルツが来ているかもしれない。
しかしその期待はすぐに裏切られた。
「シュヴァルツ? あいつは来てないよ」
「…そう、ですか」
「あいつはあっち側だから多分来ない」
「え?」
ぎくりとして体を強張らせれば、にこりと微笑まれた。何もかも見透かしたようなその表情に、思わず茶葉を入れていた手が止まる。
「あっち側って……学園長側ってことですか?」
「そう」
「そ、それって……」
裏切ったってことじゃないの?
そう思ったけれど直接言えるはずがない。ちらりとディラン様を見上げたけれど、彼はいつも通りの顔で、特に悲観したり失望しているような表情ではなかった。
「裏切られたねぇ」
「……」
「ま、いいんだけどさ。どう考えても野望ありそうだったし」
「野望? シュヴァルツ様はディラン様を心から慕っているようでしたけど…」
「それは分かってるよ。シュヴァルツはさ、俺を一番にしたいんだよ」
一番、と言われてすぐに思い浮かべるのはこの国の王様。まさに国の一番だと言える。
確かにシュヴァルツは現国王陛下を心底嫌っていたけれど……それでも裏切る意味が分からない。
「ディラン様は王になることを望んでいるんですか?」
「いいや、一度も王になりたいだなんて言ったことないよ。そもそも、俺は王になれるような器じゃない。国民なんてどうでもいいし、なんなら自ら殺してしまうかもしれない」
力の持った者が頂点に立つのは自然の摂理だ。神の声を聞ける者、不思議な力を持つ者、叡智と呼ばれるほどの知恵を持つ者、人とは思えないほどの筋力を持つ者、その分野に違いはあれど一番上に立つにはそんな強さが必要になる。
ただ、歴史上、そうじゃないのことも多々ある。人外的な力を持つということは、人と異なり排斥される原因にもなりうる。
ディラン様は後者だ。力は強いけど、王様にはなれない。
「ディラン様が望んでいないのに、シュヴァルツ様はディラン様を王にしたいんですね」
「あいつの忠誠心だけは認めてやってもいいけど、方向性が違いすぎる。王宮で排斥されたことに一番怒っていたのはシュヴァルツだったんだよ」
「そうなんですか?」
「この王宮は可笑しい、国は腐っている、ディラン様の実力を認めないなんてってよく言ってた」
世界が腐ってることは同意するけど、なんて言いながらディラン様は笑った。時々彼は、ゾッとするようなことをポツリと呟いたりする。まるでこの世の全てを憎んでいるような言動をするのだ。
その闇は、私にすら見せてはくれない。
きっと、越えてはいけない一線なのだとヒシヒシと感じてしまう。人間誰にだって暴いてほしくない部分があることは理解しているけど、やっぱり寂しくなるのだ。いつか、もっと私たちが大人になったら彼は心の内を明かしてくれるだろうか。
「私、ディラン様の味方ですから」
何度も、何度も繰り返すこの言葉が、彼に届いているのかすら分からない。側近に裏切られてもヘラリとしている彼は、私がいなくなっても意外と自由に生きていくのではないかと不安になったりする。今は愛してくれているけれど、もし、彼の寵愛が失われたら。いつか、私を好きじゃなくなったら。
永遠の愛なんて夢見るほど子供じゃない。私たちは大人になりながら、自分の感情と付き合っていかなくてはならない。その過程で、消えていく感情もある。不変のものなんてないのだと、気付いてしまうから。
「俺は大丈夫だよ」
ほら、また嘘をついた。




