第96話 『疑うべきもの』
ディラン様のルートに隠れキャラとして出てくるらしい、ラプラス・ブアメード。正直、死ぬほど怪しいと思う。
今考えれば、ディラン様の魔法について言ってきたのも彼だし、なんならダンスパーティーの時に関係を疑われたのも実はララとだった。「眼鏡くんとキスしてたって義姉上に言われたんだよね」とディラン様からあのダンスパーティーの後にそう言われた。
確かに、ダンスパーティーの前にララと二人きりになってしまったことはあるし、それについてディラン様に咎められた。仮想の浮気相手としては都合のいい人物かもしれないけど……。でも薄汚れた白衣を着た、髪ボサボサの、ぶっちゃけ清潔感のあまりない人物と私が交際するように見えますか? ララは確かに顔がよかったけど、どれだけ面食いでもちゃんとした服を着てもらわないと。これでも良いとこのお嬢様よ?
気の強そうな外見をしている私が、気弱そうなララを虐めていたと言った方がまだ納得するんだけど。ここでララを利用してくるあたり、隠れキャラ故なのか━━学園長側なのか。
証拠なんて何一つないけど、やっぱりララには胡散臭さがある。警戒するに越したことはない。
また、ホリデーから明けて一週間、ララはクラスに姿を現さなかった。もう怪しさ倍増である。もしや、シュヴァルツも学園長側なんてことは……。
「ベルちゃん、おはよぉ~! 久しぶりだね!」
とろん、と間延びした、気の抜けるような声。彼がいつも口にしている飴玉みたいな甘い声色は間違いない。
噂をすればなんとやら。まさか本人がここに来て登場するとは。意を決して頭を上げた瞬間、私は脳みそを殴られたような衝撃を受けた。
「だ、誰……??」
「え!? ひどぉっ!」
声も話し方も全く変わってないのに、その容姿だけが変わっている。本当に、劇的に。
「め、眼鏡は?」
「取ったの~。どう? かっこい?」
眼鏡を外し、長かった髪を綺麗にハーフアップにまとめていた。ララはシエルほど長髪ではないが、ミディアムくらいなのでハーフアップはできる。いや、正直ハーフアップとか眼鏡とかどうでもいい。本人の趣味なら何も言うまい。それよりも……。
「背が……伸びた?」
「うん、びっくりだよねぇ。急に成長期が来るんだもん」
あはは、と楽しそうに笑ったララは確かに背が伸びていた。私とほとんど変わらなかったのに、若干見上げるくらいにはなっている。
しかも、着崩していた制服も、薄汚れていた白衣も完璧に着こなしていた。背が高くなったお陰か、ブカブカだったベストも丁度良くなったらしい。
こんな短期間で背が伸びたララに、私は驚きを通り越して人体の神秘を感じた。筍みたいだ。
もともと顔立ちが整っていたララは、その容姿を惜しみ無く生かして着飾っている。髪型も、立ち方も仕草だって、ついこの間とは違う風に見えた。実は自分の魅せ方を知っていたけど、わざと今まで地味に振る舞っていたのかと疑ってしまうほどだ。
「ねーねー、ベルちゃん。僕、かっこいい?」
ララはこてんと首を傾げて、にっこり笑った。私は必死に困った表情をキープした。そうでもしないと警戒心が剥き出しになってしまいそうだ。
さっきからクラスメイトはララに注目しているし、なんなら廊下で歩いている人も二度見していた。え、誰あの人。格好いい、とひそひそと声が聞こえる。
「……うん、似合ってるよ」
曖昧に笑って誤魔化せば、ララはきょとんとしてからへらりと笑った。若干頬を染めて、えへへと頭を掻く。その仕草がホリデー前のララと同じで、思わず目を見開く。
「よ、よかった……」
さっきのオーラは成りを潜め、ララは恥ずかしげに俯く。ボソボソと声が小さいのはララならではの暗さだった。
「元に戻った……」
「え!?」
思わずポツリと呟けば、ララはハッとしたように顔を上げてまたキメ顔をする。さっきと同じ立ち方で、余裕げな笑みを浮かべていたがよく見れば口の端はピクピクと震えていた。大方無理して表情を作ってるのだろう。もしかしてそれしかレパートリーなかったりする?
「ふ、ふふふ」
必死に表情を作るララがおかしくて、クスクス笑ってしまった。
ララは途端に顔を真っ赤にして小さく唸る。
「…ぅ、やっぱ変、だよね」
「どうして? 似合ってるわ」
心からそう言うと、ララはすぐに表情を明るくした。
「じゃあ、これからずっとこの格好する!」
「ええ。制服はちゃんと着た方がいいし、白衣もちゃんと洗濯してる方が好印象になるわ」
「え、じゃあ前の格好は最悪だったの……?」
「……まぁ」
皆まで言わずに、視線を反らせばララはショックを受けたようにフラリとよろめいた。こんな外見をしているのに、小動物のような仕草をするのが面白い。彼はもともと身ぶり手振りが大袈裟だった。
「でも、どうして急に格好を変えたりしたの? これが僕のスタイルだから~って自慢げに言ってたじゃない」
「わああああ!! 言わないで! 恥ずかしい!」
「あ、ごめんなさい」
「いや……。その、僕気になる人がいて」
ララはやっと席に座ってから、小さな声で話始めた。全く視線が合わないのは恥ずかしがっているからだろう。
「……気になる人!?」
「こ、声が……っ!」
「え、えぇ!? 意外だわ……」
「ベルちゃんは僕をなんだと思ってるのさ」
ララは不機嫌そうに頬を膨らませてから、目をすっと眇める。
「ずっと、女の子って怖いと思ってたけど……でも、その子に出会って、面白いなって思って……そしたら好きになっちゃって……」
「気になる人じゃないの?」
「う、好きな人……のため、だから」
「好きな人のために自分のスタイルを変えたのねぇ。あんなに胸を張って自慢してたスタイルを」
「なっ、どうしてそんな意地悪言うの!?」
ララが泣きそうな顔で私を睨む。初心で可愛らしいララを見てると、ついからかいたくなってしまったのだから仕方がない。
ララのそんな表情を見ていたら、さっきまでの警戒が途端に馬鹿らしく思えてきた。彼は恋する男子そのもので、無防備に私に腹を見せてくれているような、気安さがあった。ただ好きな子のためにお洒落をしただけ。そんなの可愛すぎる。
「でも、どうして一週間も休んだりしたの?」
「だ、だってもしかしたら似合わないってからかわれるかもしれないし、悪口言われるかもだし、急に性格変わって気持ち悪いかなとか、なんて声かけようとか考えちゃって、」
「ラ、ララ。大丈夫よ。落ち着いて」
目をぐるぐる回して早口で捲し立てるララは相当不安だったのだと思う。まぁ、好きな子のためとはいえ、いきなりこんなに変わるのは勇気が必要だったのだろう。髪切った日とかでさえ、その日のみんなの反応にドキドキするものだし。
「似合ってるわ。素敵よ。きっとララの好きな子も喜んでくれるはずだわ」
元気付けるようにそう言えば、ララは顔を赤くしてこくりとうなずいた。なんて初心なんだ。この恋応援したい。
「さァ、席につけ! ホームルームを始めるぞ!」
ルスト先生の声に、皆がさっと散らばって各々の席に着いた。貴族の学校と言っても、やはり生徒の行動は前世と大体同じなんだなぁ、と不思議な気分になる。
「ラプラス・ブアメード。……あいつ今日も来てないな」
「あ、はい、います」
ルスト先生が名簿を見ながらみんなの出席を記していく。欠席扱いにされそうだったララは慌てて挙手をした。上げた手とは反対の手に飴が握られていて、そこは変わらないのかと可笑しくなった。
「……代打か?」
「え、いや本物ですけど!」
「ずいぶんと変わったんだな」
ルスト先生の声に、クラスメイトがララの方を向いた。あちゃー、と思いながらも見ていると、ララは耐えられなくなってまたガリガリと飴を齧る。ルスト先生が鬱陶しそうに顔をしかめているけどお構い無しらしい。
「恥ずかしい……無理無理無理」
呪文のように呟きながら飴を齧るララは彼にしては珍しく羞恥心を感じているようだった。そう言えば、ララの好きな人って誰なんだろう。やっぱルスト先生? それともヒロインのアリア? でもアリアはアズルートだからそれはないか。え、じゃあやっぱりルスト先生?
先生と生徒なんて本当に禁断の恋じゃないか。私は気になって仕方がなくて、ララにこっそりと耳打ちした。
「ねぇ、ララの好きな人って誰なの?」
ララはきょとんとしたようにパチパチと瞬いてから、目尻を下げてうっそり笑った。その表情が酷く大人びていて驚く。
「秘密」
パキンッとララの口元で紫色のキャンディーが割れた。




