桐柏の模索 support 櫻子 × 肆
「いろんなものを失うって、玉さま、それはいったい…… ?」
「双子らが戻って来るまでに間が無い。 詳しい話は後だにゃ」
「はぁ…… いえ、はい。 承知致しましたわ」
櫻子も櫛名田の一族の人間であり、危機に際しては常に意識も高く そして聡い。
まだ訳が解らないながらも、まずは玉依の言を受け入れることに 認識を切り替えたのであろう。
そしてそれは、有事の際における 玉依の判断力や対応能力、そしてこれまでの 長年における多大な経験量への、絶対的な信頼でもある。
「頼むよ、有り難うにゃ。 現況については、後でゆっくりと聞かせてやろう程に」
(全てが 今の表面上のような『お遊び』のままで進み…… そして何事もなく、ただの取り越し苦労と徒労に終わってくれれば良いのだが…… )
「それにしても…… 柏子のヤツは、この状況を昨晩の内に 概ね直感で見通してしまったのであろう。 全く、末恐ろしいにゃ」
玉依はそう言って苦笑しながらも、目までは笑えていないであろうことを自覚する。
「もしも仮に…… いつかアイツが本気で何事かを企て、そしてそれを ワレらが全力で阻まねばならんといったような状況が出来した場合…… 果たして、此方に勝ち目があるものにゃのかどうか――― ふん、情けにゃいが正直、それはワガハイにも判らんにゃあ…… と言うか、あまり自信が無いよ」
玉依はそう言うと両の眼を細め、少し自嘲気味に笑う。
「まぁ、普段やる気が全然にゃいのが 逆に救いか」
「はぁ… 柏子さんって、やはりすごいのですわね……。 ワタクシなんか未だに、何がなんだか さっぱり解りませんが。 でも取り敢えず、全力でもってお付き合い致しますわ。 で 玉さま、まずはどうすれば宜しいのでしょう?」
「そうだにゃあ…… だが あくまでも、この『遊び』の主体は双子らだ。 基本的には、ワガハイらが率先して決められる事などは無いよ」
「でも、ただのお遊びではないのでしょう? あの子たちが『魔法少女』になるための 細かな手段や意図、希望する衣装や道具のデザインなどの具体的な内容については、確かにあの子たちが決め、ワタクシたちはそれに従い全力でサポートするのだとして――― その… こちらサイドの方針、もしくはスタンスと言いますか…… 」
「まぁ、そうだよにゃ。 詳しい話は後でするとは言え、今の状況を端的に言うとだにゃ…… うん、要はアレだ――― 今度は『ワニ』の代わりに、明日 この屋敷の上を得体の知れん『魔法少女』とやらが飛び回っておる姿は見たくにゃい…… と、そういう話だにゃあ」
櫻子はすぐに、事の大略と その重大さを概ね理解し、呑み込んだようだ。
「あぁ…… 大枠はそういうことでしたのね。 でしたら 確かに当面の方針は、あの子たち…… いえ、桐子ちゃんをとにかく満足させること、ただその一事ですわね。 でも そういう理由があるのでしたら、槍慈お祖父さまにもご協力いただけば宜しいのでは?」
「いや、それがにゃあ…… どうもその『魔法少女』とやらを体現する上での必須項目として、『周囲のモノたちに秘密で活躍する』というのも含まれておるらしくてにゃあ」
「あー、それはまぁ…… 言われてみれば確かに。 そういう設定は『魔法少女もの』ではセオリーのひとつですから、解らなくもないですが……。 なるほど、『無邪気な欲求』であるが故に、厄介な律儀さも共存しておりますわね…… 」
「そして 柏子が言うには、桐子のヤツは魔法少女を『やりたい』ではなく…… 魔法少女に『なりたい』と言っおったそうでにゃ」
「だから、『ごっこ遊び』では桐子ちゃんが深層心理で満足できない可能性がある…… と? それでいろいろと、設定にもこだわっているのですわね。 でも、ワタクシたちは宜しいんですの?」
櫻子の疑問は、自分たちはその『周囲への秘密』に含まれないのか…… ということらしい。
「ワガハイは『使い魔』らしいから、謂わば身内にゃのであろうし…… それに、オマエは『使いっ走り』だからにゃ。 そうした裏方…… つまりスタッフは、その数には入らんのであろう」
「はぁ…… さっきまでは『雑用係』とか言われていたようですが、いつの間にやら『裏方の使いっ走り』ですのね…… 」
「安心しろ、どちらも俗に訳すと『都合の良いdoormat』だ。 まぁ 取り敢えず、ここ数日だけ我慢してやってくれ。 その内、今度は『鉄砲玉』とかに昇格させられるかも知れんがにゃ」
「ワタクシに片道切符で死んでこいと? はぁ… ゾッとしませんわね……。 もう、せっかくのお休みだというのに、やれやれですわ」
「ん? オマエはどうせ大した予定など無かろうし、むしろ 双子らと遊べるなら良いではにゃいか。 この部屋のクローゼットの中に隠し持っておる、あの不気味な『双子人形』どもと戯れておるより、本物に絡まれておる方が余程 健全だぞ」
ご存じの通り、櫻子は 双子の妹たちを偏愛すること甚だしいのであるが…… それを更に拗らせ、二人の1/6人形を自らの異能で実体化させて慈しんでいるという、非常に残念で危ない一面を持っているのだ。
「えーっと、玉さま…… ワタクシ秘蔵の『双子ちゃん人形』たちのことは、絶対に内緒ですわよ!?」
「さぁて、どうしたものかにゃあ――― って、ん? あ、いやぁ…… 柏子の方は もう知っておると思うぞ」
「え…… えぇーーー!? ど、どどど… どういうことですの!!!?」
自らの恥部であり暗部でもある『超極秘事項』に関し 耳を疑うようなトンデモ発言を聞いた櫻子は、激しく動揺した素振りを見せる。
「いや何、先日ワガハイたちが この部屋の結界の中で揉めておった時ににゃあ、実は ワレワレを案じて監視しておったという槍慈や龍岡らと共に、柏子のヤツも一緒に居ったというのだ」
「え、えーっと…… 『居った』って…… え? ここにですの!? いやいやいや、いろんな意味で いったいどういうことなんですの!?」
本来、櫻子は 宇宙人の中でも取り分け優秀な方ではあるのだが…… 先程から話が見えないことばかりで、どうにも調子が出ない。
「柏子は、ワレらがこれまで認識しておった以上に…… 相当に規格外な娘だったという事だ。 まぁ… 詳しい顛末とかは、後で本人から直接聞けにゃ」
「え、うぅ… 嘘ですわよね!? ワタクシから直接って… えー…… いやいやいやいや、聞けないですしぃー!!!」
「うーん…… 知らん。 ま、頑張れにゃ~ん」
玉依は少し面倒になったのか、真っ赤な顔で取り乱している櫻子に背を向けて 扉の方に向かおうとするが―――
ちょうどその時、桐子と柏子が自室から戻ってきた。
「櫻姉さまぁ! こぉーんなお洋服とか、ご用意できるぅ!?」
ノックもせずに勢いよく扉を開けて部屋に入ってきた桐子は、幾つものコスチュームらしきデザイン画が描かれたスケッチブックを得意気に広げ、真っ直ぐ 櫻子の方に向かってくる。
「は…… はひぃぃぃい!?」
まだ動揺から全く立ち直れていない櫻子は、努めて平静を装おうとはするものの…… 正直、桐子はまだしも 柏子の顔は直視し難い。
「あ… あらまぁ、とぉってもお上手ですこと……。 そ そうですわねぇ…… うん、この程度の物量でしたら、大抵のものは すぐにでも実体化できますわよ…… って、それにしても 本当に良く描けてますわねぇ!? これは桐子ちゃんが?」
「ううん、柏ちゃんが 昨日かいてくれたんだよー! へへー 」
と、何故か桐子の方が 鼻の下を指で擦りながら自慢気に言う。
「あぁ… そ そうですの、柏子さんがぁ……。へぇー…… えーっと… さ、さすがですわねぇー! おほ… おほほほ… ほほ…… 」
櫻子は そう言いながらも、柏子の方をまだ見ることが出来ない。
そんな挙動不審な櫻子の様子を尻目に、玉依が問う。
「柏子、オマエ大丈夫か?」
いつもは何もせず、ほとんど身動きすらしていないようにさえ見える あの柏子が、今回は率先して動きまわっているのを見て、玉依も流石に少しく心配になって訊ねる。
「ん… 昨日からの半日で 二年分くらい働いた」
だが 柏子は淡々として見え、まだ目立った疲れの色は見せていない。
もともと、尋常でない頭脳と判断力を持つこの娘に期待を寄せていた玉依としては、心配である反面、これを機に いろいろと見極めたいところでもある。
「まあ…… 普段は殆んどやる気を見せんのだから、たまには良いか。 よし、では早速 実践的な訓練でも始めてみようかにゃあ」
「あのね 玉先生、桐たちがやりたいことや今やれることを、昨日のうちに柏ちゃんが ちゃーんとまとめておいてくれてるんだよー!」
桐子は、昨晩まとめ上げられた大判用紙の比較表を床に拡げる。
「ほぅ… 確かに、現状の整理と目標の明確化は大事だにゃ。 どれどれ…… って、何だぁ!? このワガハイまでもが、飛んだり戦ったりせんといかんのか!?」
「そう ティマィョ・レィ中佐の活躍に期待」
柏子が敬礼のような仕草を見せ、桐子もおどけた様子でそれに倣う。
「うーん、いやぁ…… 当事者がオマエらだけなら、万が一 事が多少大きくなった場合でも何とかできるのだが――― ワガハイまで一緒になって やってしまっておるとにゃあ……。 はぁぁぁ…… まぁ 致し方にゃい、適宜考えよう。 やれやれ… いざとなったら、多少の無理はしてやるにゃ」
「いいね 玉先 さすが『黒の賢魔術師』 カッコいい」
「え…… なんですの? そのちょっと恥ずかしい『ニックネーム』みたいなのは。 それより玉さま、いつの間にか中佐に昇進なされたのですか?」
打たれ強い櫻子が、漸く少し立ち直ってきたようだ。
「ん? あぁ、去年にゃ。 てか柏子、オマエ何故そんな事を知っておるのだ? しかもワガハイの二つ名まで」
「方面軍官報の人事欄に出てた」
「ねーねー 柏ちゃん、『チューサ』とか『カンポー』とかってぇ、なんのことなのぉー?」
「オマエらの その『双子』とはとても思えんギャップにゃ、もういっそ面白いわ」
( ――― にしてもだ、柏子には確か、地球星の通常の端末とネット環境しか与えておらんかったはずだが……。 然したる機密事項でもにゃいとは言え、地球外の… しかも軍の情報を一体どうやって閲覧出来たんだにゃ…… )
「まぁ良い… では早速、今日から訓練でも始めてみるかにゃ。 ワガハイはそれに付き合って オマエらの能力を見極めると共に、情報をいろいろと集めておくよ」
「玉さま、『情報』って何ですの?」
「いずれコイツらが『魔法少女』として戦った時、次第によっては消し去ってしまっても構わん類いの、謂わば『足の付かん適当に悪いヤツら』の洗い出しと根回し…… まずは、そういったところかにゃ」
玉依は そう事も無げに答え、柏子の方も 特に動じた様子もなく平然としているが―――
櫻子は、驚きと緊張が ない交ぜになった表情を一瞬浮かべ、そして 更に認識を新たにする。
これはもう、本当に遊びではないのだと。
因みに…… 本件の主役であるはずの桐子は、そんな会話を余所に 相変わらず屈託のない笑みを浮かべていた。
当初、桐子の何気ない無邪気な興味と欲求から始まり、それに対して柏子が抱いた懸念からくる周到な目論みが緻密に進行―――
そこに 玉依と櫻子が加担し、お膳立ては周到に整いつつある。
この一族にとっては そこそこたまにあるレベルの、多少ディープな『余興』が、今再び 始まろうとしていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 後刻譚 】
後刻、櫛名田邸内 洋館2階 玉依の部屋 合の間―――
玉依 「ところでにゃあ 櫻子、アイツらの武器として、この辺りにゃんか どうかと思うのだが」
櫻子 「えーっと… 玉さま、これって…… 」
玉依 「アサルトライフルとかいう、地球星人がよく使っておる『玩具』だ。 あとは日本刀だにゃ 」
櫻子 「あのー、全然可愛くない上に…… 正直言ってこんなもの、あまり役に立ちませんわよ? だって ワタクシたちがその気になれば、自分で発射した弾丸を追い抜いて 相手に直接ダメージを与えることだって可能なのですから」
玉依 「いやまぁ コイツは一応ライフルだから、拳銃の弾丸なんぞよりは相当に速いがにゃ。 だが確かに、ワレワレが本気で何かと戦うというのであれば、こんな玩具は全く以てモノの役には立たん、謂わば 無用の長物であろうにゃあ」
櫻子 「それがお解りなのでしたら、なぜこんなものを?」
玉依 「ふむ…… では 例えば仮にだ、『地球星の連中程度』を相手にするとなると… どうだ? まぁ 恐らくは自明であろうが、双子らが多少加減をしたところで、異能を一発放てばそれだけで 相当の被害が出るのは避けられんであろう」
櫻子 「あぁ、なるほど……。 ならば敢えて、こうした おもちゃのようなものをあの子たちのメイン武器として持たせることにより、取り敢えずはお二人のチカラを大幅に削ぐことが出来る…… ひいては、『相手を死なせずに済む』…… という目論みなのですわね?」
玉依 「その通りだにゃ。 何だかんだ言って、アイツらもまだ幼気な子供だ。 自分が放った異能によって、相手が消し炭になったりミンチになったりするのを見るというのは、さすがに情操教育上 良くないのではと思ってにゃあ」
櫻子 「うーん、とは言え…… では 銃で撃ったり日本刀で斬りつけたりするのが『情操教育上』どれ程マシなのかと考えると…… それはそれで、相当に宜しくないような気がするのですが?」
玉依 「やっぱりそうかにゃあ。 確かに、この星の常識…… と言うか倫理観に照らしてみると、まぁ 当然そうなんだろうにゃあ」
櫻子 「もっとこう、相手が死なずに『反省』するような…… 『おしおきよ!』的なやつですわよ」
玉依 「何とも難しいにゃあ……。 それにしても、地球星の連中は本当によく解らん。 大昔からしょっちゅう殺し合いばかりしてきておる割に、平和な時の社会の過保護っぷりときたら異常な程だしにゃ。 そもそも、ただでさえ脆弱で寿命も短いくせに、すぐに争いたがるのも理解し難い」
櫻子 「まぁ… そのあたりのお話はさておき、少なくとも日本刀はちょっと……。 だって玉さま、『魔法少女』ですのよ?」
玉依 「ん? おぉ… そうか『魔法』にゃー、すっかりアタマから抜け落ちておったわ。 確かに、銃や刀で悪を潰すだけだと、ただの『世直し少女』だもんにゃあ」
櫻子 「ぶふっ! なんですのそれ…… だっさ」
玉依 「うん、いかんにゃあ…… ふふ」
櫻子 「ええ、いかんですわよね…… うふふっ」
柏子 「お二人さん 相変わらず仲いいね ひゅーひゅー 」
櫻子 「か 柏子さん!? ち… 違うんですのよ! こ これは…… 」
玉依 「おぅ 柏子、どうだ こういうの?」
柏子 「ん… アサルトライフルね 意外といいかも 普通の人とか相手するのには ちょうどいい案配」
櫻子 「でも柏子さん、『魔法』要素が全然感じられなくありませんこと?」
柏子 「あ…… 『魔法』か すっかり忘れてた」
玉依 「ほーらにゃ? 柏子も『世直し少女』だったろ?」
柏子 「ぶっ! 玉先 なにそれ 超うける」
玉依 「おぉ、オマエが笑うの珍しいにゃ。 面白かったのか?」
櫻子 「ねぇ 玉さま、『笑わせる』のと『笑われる』のは、全くの別物なのだそうですわよ…… 」




