沼の深さは世界を超える
一方シナノでは。
グラーシアの父の方からの紹介でレディシナノ配下として仕官した、ファンガード男爵一族の傍系
キャンディン準男爵リチャードが城代を務め、クラウド ツチヤ準騎士が開拓の総指揮権と
裁量権を委託されてウエダ城に詰めていた。
父クリストフとファンガード男爵家との確執は聞いてはいたが、特にクリストフを妾の子と口汚く罵り
蔑ろにしていた男爵の正夫人とその子等は、家人と見做さず市井に下る際にもほぼ身一つで追い出した。
普通であれば爵位を持つきちんとした家なら妾腹の子であろうと傍系の子であろうと
家名を捨て家を離れて独立するとなれば、それなりの支度して送り出してやるものである。
生活苦から身を持ち崩して醜業についたり犯罪に走られては外聞が悪いから、就職を世話したり
仕事を融通したりとフォローも欠かさないものだが、ファンガード家はそういった気遣いは一切無く
クリストフがドラゴンを屠って王女を賜るまで訪ねて来る事も無かった為、
クリストフもファンガード一族を取り立ててやる事も、軍で目を掛けてやる事も無かったが
キャンディン準男爵は身一つで叩き出されたクリストフの事を知ると、義憤に駆られ
ファンガード男爵に意見したが取り合って貰えず、そっちがそういうつもりならとクリストフの後見に
名乗り出て、冒険者から騎士団の実戦部隊にコマンダー入団する際の身元保証人に立候補した程だ。
実際保証人としては推薦したギルドがその任を請け負うので、気持ちだけでもありがたいと
辞退したがキャンディン準男爵への恩は忘れずにいようと陰ながら子息の就職等に口添えをした。
本当なら爵位を引き上げたり軍での出世を約すことは造作も無いのだが、キャンディン準男爵家は
元はファンガード領キャンディン村の大地主、村長のような立ち位置で爵位とは呼べない名誉称号の
準男爵という地位も長年の納税の結果に過ぎず、何人かファンガード家の令嬢を嫁に迎えているくらいの
関係の薄い関わりした持たない単に称号を持つだけの古い家の平民だからと固辞された為に、
キャンディン準男爵本人に対してはファングル領での商取引や出稼ぎの斡旋をキャンディン村優先で行ったが
それだけでは到底釣り合う筈も無いと、この機会に就職先を探していた次男のリチャードを
娘の化粧領の城代にとスカウトしたのだ。
いずれは王妃となる人の化粧領の城代ともなれば王直臣と同等、子爵相当の格式が必要となるので
クリストフはリチャードに頃合いを見て軍閥の中で政界にあまり関与するような立場に無い家の
良家の令嬢を世話して、タルミラン侵攻の際に賜ったが死蔵している子爵の爵位を譲ろうと
貴族になると言う事を本人に伝えて了承を得ている。
旨みの少ない領を有する貧乏男爵では太刀打ち出来無い立場のシナノのウエダ城城代という役職を
傍系の次男如きが得たと伝え聞いた先代ファンガード男爵夫人が、育てた恩も忘れて!と金切声をあげて
ヒステリーを起こして引っくり返ったなどとはつゆ知らず、発展の約束されたシナノ領の領主は
次代の王妃、中央の覚え目出度き役職だとシナノの地方官を目指せとばかり
冷や飯食いの貴族の次男三男を中心に猟官の働き掛けは更に加熱しているという。
そんなラッキーボーイ リチャードキャンディンは商家に婿入りするか帰農して準男爵の跡取りである
兄の手伝いをしながら生きていこうと堅実な道を辿る真面目で朴訥な18才の好青年である。
最初、父と兄からウエダ城城代の職と子爵という爵位を得て一家を建てよとの話に
腰を抜かさんばかりに驚いたが、ファンガード領の税収の5分の1程の収益を上げているキャンディン村で
代々村長を務め、準男爵という名誉を頂くまでになった地方巧者、今風に言い換えれば地方行政のプロの
家の出で、簿記も法律にも明るく農家の実情も詳しく真面目で田舎暮らしも苦にならない性格なのが
スカウトの理由であるのと、繰り返される無茶な税の臨時徴収や備蓄食糧のピンハネ等の強請り事に
いい加減ファンガード男爵と距離を置きたいと考えていたキャンディン準男爵も、身内が子爵なら
男爵の無理難題も断りやすくなるし、後ろ盾に王太子妃がついているとあれば心強いと
リチャード本人より乗り気だったのだ。
リチャードは城代といってもまだ18才の若造と自覚していたので、15才のクラウドが
栄誉準騎士を得ているとはいえ開拓の指揮官として来たからといって嫉妬したり邪険にしたりはしない。
年若いとはいえ精霊の声を聞き、魔の森を庭とし生きているオシカ木樵という異能に敬意を払い
水源地の確保や景観の維持や生態系の保護、そして火除け地の確保といった先々の事を考えての町割りと
意見を述べる様と、帳簿付けや村営に関するやり方を素直に感心して懐いてくる様子や
プライベートでではアホみたいな男子校生のノリに絆された部分もある。
行政と開拓シナノ興隆の両輪と称される事となるリチャードとクラウド、その車軸となる者が現れた。
「久しいな」
クラウドに与えられたウエダ城執務棟開拓推進課の一室、火の神様だけにランプの火屋から
スルンと出てきたアーダルは、まるで繁忙期を乗り越えた半生半死の社畜のように草臥れて
一言発するのも疲れるのか、そのまま長椅子に腰掛けると寝そべってしまった。
精霊を視認出来るクラウドの目にはアーダルの神力が尽きかけて消滅の寸前に見えたので
驚くがすぐに回復の為にと動く、火の精霊には火酒と呼ばれるアルコール度数の高い酒が人気だ。
ドワーフとの取引にも使う火酒は、鍛治を始めとした火を使う火の精を持つ仕事をする
ドワーフにとっても命の根源に関わる大事な回復アイテムのような物である。
咄嗟にその瓶を取りに走り、火酒の瓶と一緒に手製の濁酒の壺も抱えられるだけ抱えて戻ると
栓を抜くと手近にあった湯呑みに注いでアーダルの口元に寄せれば、人間では急性アルコール中毒で
即あの世行きになりかねない勢いでグビグビと飲み干す。
火精と濁酒に籠められた祈りが染み渡るのか何回か継ぎ足し継ぎ足し何度も一気に火酒と濁酒を煽れば
漸く上体を起こして座り直したアーダルは、ほろ酔い加減ながらも一息付いたと
クラウドの心遣いに感謝し、何故こんなに疲弊しているのかと理由を話し始めた。
「実は神界に戻ってカグツチ殿に会って来たんだ」
流石に神様でも空きっ腹に酒は良く無いよなぁと、棚の木箱にしまっておいた仕事の休憩時に摘む
干し肉やおかきをツマミに出して話を聞くクラウドはそのビックネームに驚く。
間違いなければカグツチ様とやらは古事記や日本書紀に登場する原初の二柱の神のお子さんだ。
でも何で異世界のそんな大物に会いに?そしてこっちじゃ火の神としてそれなりの大物な
アーダルさんが行っだだけでそんなに疲弊してるの?と、クエスチョンマークだらけのクラウド。
「どうしてもノアール光とやらの書き物が見たくてな、彼方の火の記憶の閲覧許可を貰って
時間軸からグラーシアの孫辺りの日本の火を総浚いで当たってきた。
しかしあの時代のお前等は何なのだ!?電気とやらを多用して、生火など工場だか発電だか知らぬが
何も無いような場所か調理のガスコンロや趣味で使う位とは何事か!
本を読む時に火を使わぬとは全くもってけしからん」
「けしからんとか言われても、明かりに火を使うなんて効率悪いし危なく無い?
それに消防法とかあってやたらに火を使う訳にもいかなくてさぁ」
クラウドは当時の暮らしで、人の集まる場所や劇場等では火の取り扱いや使用許可に関しては
厳しかった事や法律が改正されて家に火災報知器の設置義務が出来た事を思い出す。
何よりも照明機器は電気だったのが当たり前過ぎてアーダルの言い分が理不尽にしか聞こえない。
「消防法だと?面倒な決まりもあったものだな、多少焼けた犠牲なぞ誤差の範囲ではないか」
神様らしいアーダルの理不尽感覚にクラウドは人間視点からの常識を解くのを諦める。
何より今はアルコールが回って、人の話を聞かない酔っ払いモードなのだし。
「だが探せばいるものだな!アロマキャンドルを灯しながら小さな照明の下で夜間に大量の
ノアール光の本を読む婦人がいたから存分に覗いてきたのだ。
あの婦人はほぼノアール光の出した本をコンプリートしたと言っていたから間違い無いだろう」
「は!?アダさん覗き?神様がデバガメなんてヤバくない?」
やってる事は覗き魔に間違い無い、だがしかしアーダルが左手を翳してテーブルの天板に火を走らせる。
「は!?何コレ!ノアール先生の『蒼紅繚乱』じゃん!」
焼き付けられたのは前世で読んだのと寸分違わぬ漆黒黒羽宵闇之輝星の著作。
地元の英雄が各地の戦国武将となんやかんやして総愛されの乙女ゲームのヒロインからの
エロフか淫乱ピンクもかくやの乱れっぷりなベーコンレタスな日本語と、腐仲間の真昼野 月嬢の
描く着衣でもエロいBL業界の受け特有の、妙にふっくらした微乳に括れた腰と大きな瞳を飾る長い睫毛の
可愛らしくてエチエチなユッキーの挿絵、感動して机に張り付くように読み始めたクラウドに
火酒を煽りながら壁にもノアール作品を焼き付けていくアーダル。
そんなカオスに訪ねて来たリチャード。




