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転生公爵家令嬢の意地  作者: 三ツ井乃


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王妃の赤

王太子夫妻の結婚披露宴に相当する軽食パーティーで、主役よりより目立つパフォーマンスをしでかした

馬鹿息子に怒り心頭のショーンは、帰ったら覚えてろよと怒りを隠しながらも全力で王妃を持ち上げる。

如才無い宮廷音楽師達も、ショーンの口にした「王妃一笑、千花落つ」の台詞をメロディに乗せ

繰り返し演奏をすれば、宮廷雀共もそれを唱和する。


気に入りのショーンが自分の花を射よとの命を断った事の不快よりも息子夫妻より己の美貌を讃える声に

サフィールとしても悪い気はしない。

元々サフィールのキリアラナ王への輿入れは人質の体としてなったが実際の所、当時の母国マムクールと

キリアラナ両国間での戦争は泥沼化、消耗戦の一途を辿る戦況に両国共に厭戦の気風が漂っていたのを

何方も国家の体面や意地があって停戦を持ち出せずにいた。

何とかならないかと両国間高官の間で停戦に向けて、戦争の落とし所を探った結果が

『マムクール随一の美女』と名高い姫の存在である。

マムクール王宮の高官の口よりサフィール姫の存在が上がるとすぐ輿入れの話が纏め上げられた。

その当時のマムクールは圧倒的に不利な立場にあって、このままでは敗戦しキリアラナへ降って

その属領となる所であったが、キリアラナとしても勝ったは良いが戦争による国力の疲弊により

とてもではないがマムクールを統治出来るような体力は残ってはいなかった。

この世界ではその見極めが出来ずに両国共倒れとなって、歴史の中に埋没していった国は幾つもある。

何時の間にか両国間の戦争はマムクール随一の美女を巡っての攻防戦争と情報が操作されたかと思うと

僅かな領土の割譲と共にサフィールは大仰な隊列に守られ華々しい御輿入れとなり、その婚礼の様は

国家間を渡り歩く吟遊詩人に語られ、サフィール姫の絵画が流布されるに至った。

故にサフィールは美しく在らねばならなかったし、美と美しさに纏わる逸話は単にサフィールの

自尊心を満たすだけの軽薄なものでは無く、マムクールの至宝であり両国の同盟と和平の担保となる

サフィールの武器であり財産であった。

だからこそ息子夫妻より目立つ事になってしまったハプニングも、不興どころか満足である。


「いい加減エミールも身を固めろと発破をかけたが、こうも派手に迎えに行くとは

シャンヴィル伯爵令嬢も驚いただろうな」


傍らで成り行きを見ていたハインリヒが面白そうに口を開くのは、この蛮行は自らが許して行わせた

このパーティーの余興だとエミールを庇うもの。


「殿下はリヴィエール士爵の意中の方をご存知でしたの?」


エミールの現在の爵位は祖父の辺境伯の持つ中から与えられたもの、公的な場なのでグラーシアも

異界の同郷のショーンの息子としてでは無く爵位で呼ぶ。


「エミールは軍属だったから学園には2年しか通ってはいないが同じ乗馬部でな。

中々気持ちの良い男だと気に入っている」


祖父は辺境伯といえど子爵の跡取りでしか無いエミールと王太子の繋がりを不思議に思った

新妻の問いに答えると、部活動で気の置けない仲間として色々とあったとだけ匂わせる。


「シャンヴィル伯爵令嬢は博識なだけで無く面倒見も良く何時もエミールのサポートを買って出る

才色兼備の令嬢でな、何かといえば2人は図書室で会っていたのも度々見ているし

エミールが何時かシャンヴィル伯爵令嬢を妻に迎えたいと常々口にしていた」


「学園で愛を育まれたのですか、本当に羨ましいですわ」


学園に通う事の無かったグラーシアは、人波の向こうから聞こえてきた黄色い声や華やいだ悲鳴に似た歓声に

エミールのプロポーズが実行されているのを知りながら、学校への羨望を滲ませながら

口元に扇子を翳して胸の内を溢す。


「それが自領の防衛隊で長に任命されるまでは格好悪いからなどと我儘を言って

シャンヴィル伯爵令嬢を散々待たせてコレでは、今から彼女の気苦労を思うとな」


クツクツと小さな笑い声混じりのハインリヒのその様子に周りの貴族達もこの派手な演出は

王太子の許可の下に行われたのだと理解し、母親のショーンを安堵させた。


「でもこれでは私、王妃様へ献上しようとお持ちした花が色褪せてしまいますわ」


グラーシアの零した言葉に、サフィールが興味を惹かれツイと扇子を指した。


「何と、私に花とな」


「勿体無くも私を家族にとお迎え頂きました事、望外の喜びに御座います。

私も今一度、母様とお呼び出来る御方が出来ました事に弁えもせず舞い上がってしまいまして」


グラーシアが一礼の後、タイミングを心得た王太子妃付の女官が二人掛かりで白いアラクネシルクの

カバーの掛けられた銀の大盤を運んで来た。


「古の勇者が伝えた『母の日』という、母を敬い感謝する為に花を贈る日が御座います。

季節外れでは御座いましょうがカーネーションをお持ち致しましたけれど、王妃様の前では

花の王の牡丹の山や国花のキリアラナの海でも足りない程だと顔から火が出そうな心地に御座います」


「可愛い息子の初めての嫁の贈り物に何の不満があろうか、見せてみよ」


「お言葉に甘えまして、拙き物に御座いますがご笑納くださりませ」


サフィールに促され大盤の覆いが外されれば其処には季節外れの真っ赤なカーネーションの花が

美しい染付けの花瓶にこんもりと生けられていたが、サフィール始め一同の目を引いたのは花では無い。

季節外れのカーネーションであろうと植物の成長促進魔法を使えば開花させる事は可能で

その程度のサプライズは到る所で見られる、現にカーネーションの開花はパーティーの為に

ネオ松川と名付けた煙草の売り込みの為に呼び寄せたトマスにお願いしたものである。


問題は花を生けた花瓶である。


例の真白のボーンチャイナに赤が映える、そして金泥で縁を彩り豪華な染付けは中世ヨーロッパの宮廷で

飾られていた壺を彷彿とさせる王宮を飾るのに相応しい豪華さで、それだけなら献上品としては

ありふれた品物なのであるが問題なのは色。

現れた花瓶に用いられた鮮やかな赤に一同は息を飲む、贈られた王妃当人も紅を乗せ形良い唇を

ぽかりと開けて驚いている。


「グラーシア…赤を、赤い焼物が出来たと申すか」


過去には茶の焼物に耐水性塗料を厚く塗布して赤を表現した紛い物の赤色陶器もあったというが

目の前にある花瓶の赤は濁り無い深紅、漸く声を搾るようにサフィールの下問にグラーシアは

スカートを摘んで一礼すると頭を上げて説明を始めた。


「然様で御座います。

あまりにも美しい赤が焼けました故、お義母様に差し上げたく色々と工夫させました物に御座います。

お義母様さえよろしければこの赤に『王妃の赤(レーヌ ルージュ)』と名付けまして、製法ごと献上致したく」


「グラーシアは良いのか?」


サフィールが念を押したくなるのも当たり前だ、何故ならこの世界ではまだ赤い染付け技術は無いのだから。

偶々グラーシアが前世の古物鑑定番組の蘊蓄で赤色陶器や柿右衛門の赤の技法を語っていたのを

薄ぼんやりと覚えていたのを、此方の職人に話せば魔法だの精霊の助けがあって弁柄こと

酸化鉄顔料の生産もそれなりに再現出来、その際に本命の硫黄を分離して別に利用するのも忘れない。

ほぼ一日中テレビの前に張り付く年寄りならではの博識と、孫が創作の際に集めた資料を流し読みしていた

来世でヘェ〜と言いたくなる無駄知識が爆発した結果である。


「はい畏れながら初めて焼けた赤を目にしました時、ふとお義母様の美しい唇が浮かびまして」


「そうか」


満足気に扇子を広げて口元に翳すサフィールの了承で赤色陶器、焼物の赤は留め色となった。

グラーシア抱えの技術者だけが知り、サフィールの抱える工房だけが許された鮮やかな深紅は

この世界では不可能とされた色。

各国から羨望の眼差しで見られ珍重されるだろうし、それを見込んでサフィールは外交や親善の

贈答品として赤色陶器を十二分に活用するだろう。

形としてはサフィールに美貌と王の後継を産んだ事、母国の王配の母の立場という切り札の他に

世界に無い赤色陶器の技術を持つ工房のパトロンという武器を手にした事になる。


グラーシアとしても実家のファングル公爵家とシナノへの警戒心敵愾心を和らげる必要があった。

何しろ原因は当人にあるとはいえグラーシアとの婚約破棄騒ぎでサフィールの実子ベオヘルグを

結果的に亡くしているのである、人の心は解らないものである。

ただでさえ嫁と姑の仲である、何時その事でグラーシアを恨まないとも限らない。

なるべく下手に出て王妃の立場と姑を立てる事で敵対しない事をアピールせねばならないと考えたのだ。


そして結果的に薄紅の薔薇の花弁の絨毯にカーネーションと花瓶の深紅の対比が鮮やかで艶やかで

今日の主役である息子夫婦が一歩下がり、この場の中心である事でサフィールは上機嫌であり

異世界の貴重な技術を惜しむ事無く差し出したグラーシアを認め、改めて転生人である嫁を

王家に取り込んだ事は間違い無かったと満足したのだった。

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