百花繚乱の未来に向けて
平謝りの伯爵家からの使者、そして公爵に対し伯爵直々の謝罪が王宮であったそうだ。
リステンシア伯爵は娘の不作法による噂の火消しに躍起のようだが、公爵家はグラーシアの
輿入れの支度に忙しく、そのような瑣事に付き合っている時間など無いと、形だけ謝罪を受け
特には気にもせずその日を迎えた。
当然ながら式には一応伯爵は出席するが夜会には令嬢当人はもとより夫人も遠慮するのは言うまでもない。
王家の慶事、それも次代の王となる王太子ご婚礼の夜会ともなれば、通常行われる社交の夜会とは
比べ物にならない規模での開催であり、国政も関わる事の無い僻地の地方領主ですら
妻子を伴い王都へとやってくる。
そんな大規模で慶事故の華やかな雰囲気の夜会、それに出席出来無い事は貴族としても
婚前の令嬢としてもかなりのマイナスになる。
既にフローリアは伯爵家での利用価値は殆ど無いと見限られているのだろう、他家や社交界で
不名誉な噂が回るより家臣に下げ渡すか有力商人へのパイプ作りに嫁に出すか
片付け先はその辺りに落ち着くのではないか。
グラーシアも忙しさに紛れ既にフローリアの事は思い出す事も無くなっていた。
そうして迎えた結婚式、王宮の大聖堂の大扉を開放して貴族席にある者、聖職者、各ギルドの長や
豪商等が集い王宮前の広場には王家から祝いの酒肴が山と積まれ見物客に振舞われ、見物客目当ての
屋台が広場を出た通りに連なって大層な賑わいだ。
婚約式に着たドレス の袖を付け替え、クラウドからの献上品である宝玉や真珠を日本での婚儀で用いられる
幸菱紋様を象るようふんだんに縫い付けている。
王妃に次ぐ長さを許された後付けのトレーンにも同じように宝玉と真珠の輝きが参列者の目を惹き
貴石の輝きに負けじとあしらわれたレースも貴婦人の溜息を誘う。
父 クリストフに導かれ歩むバージンロードを、ゆっくりゆっくり進むのは、ファングル公爵家の権勢を
見せつけるというよりこれまでの家族としての半生を噛み締め惜しむかのよう。
そうしてようやく花婿であるハインリヒへと花嫁は託され、見届け人である大神官 ミハエルの前に並び立ち
マトラ神像の前で婚姻契約書にサインするとミハエルは新たな夫婦の誕生を祝い二人の行く先の幸いを祈る
祝詞を朗々と歌うようにあげれば誓いのキスとハインリヒはグラーシアのやや長めのヴェールを上げた。
ハインリヒの手が止まる。
淡い光が王宮の聖堂内に満ちる、その光源はグラーシアの胸元を飾る小振りのブローチ。
単体で見ればここまでの大きさのブローチは珍しくもないのだが、ドレス の意匠に合わせた宝玉と
真珠に縁取られたそれは一体のドラゴンから一つしか取れない逆鱗。
骨や鱗、皮とは桁が四つ以上違うレア素材であり、万病に効くエクストラポーションの材料の
一つとされるのはあらゆる生物の生命力を補う霊薬だからと珍重されているのである。
王家の宝物庫に生薬の一つとして逆鱗の削り粉が微量ながら保管されてはいるが、胸元を飾る程の
大きさの物を公爵とはいえ一貴族が持つのはクリストフが自らドラゴンを討伐した勲の証である。
まさか輿入れの持参品とはいえ、自身の娘の胸元を飾る貴石として使うとは贅沢の極み。
辺りから参列した貴婦人達の感嘆と羨望の更なる溜息が漏れ聞こえるのは逆鱗に蓄えられた生命力が
胎動するかのように蠢く魔力の如く辺りへと伝わり、それ故に身に付けたグラーシアの心身の調子が整い
代謝を促し活性化した髪膚の更なる輝きを増した美貌にだろう。
初見で乳白色のうちに七重八重と輝くそれを初見で逆鱗と見当が付くのは籠る力の波動と輝きからか。
驚きに止まったハインリヒの手がヴェールを後ろへと払うとようやく誓いのキス。
それを見届けた参列者は夢から醒めたように手を打ち鳴らし拍手を送った。
こうして急拵えながらもつつがなく終えた結婚式、今夜からはグラーシアの住まう館は城下の公爵家では無く
王城の奥にある太子宮の瀟洒な妃の館。
馬車を連ねて運び込まれた嫁入り道具は一度には廻り切れない程の部屋数を誇る妃の館に何とか収まる量。
数えるのも一苦労な何棹もの箪笥や衣装箱にはドレスが詰め込まれ、家財調度も一新された。
そうして滞りなく初夜が明け、破瓜の血が染みたシーツを掲げるような人権無視も甚だしい儀式など
乙女ゲームらしくある筈も無く、朝一番に王太子妃から入輿の記念と女官長から城に通いで勤める
下働きの老女にまでアラクネシルク製のスカーフやらハンカチ等が配られた。
下働きを構成する庶民の寡婦や老女などは、お貴族様の持ち物で生涯目にする機会も縁も無い
アラクネシルクで出来たレースの飾りも優美なハンカチを押し頂くと、娘や孫の結婚の際に
宝物の一つとして持たせてやるか、婚姻衣装の余所行きの上等なドレスの胸元に飾ろうかと胸ときめかせ
角の擦り切れた革の袋に後生大事と仕舞い込む。
下級貴族の息女が行儀見習いと城で預かる若い女官達も控え室に届けられた、色とりどりのリボンやショールや
袖飾り等を広げては当てて、ああだこうだと華やいだ声が満ちている。
急拵えの婚礼の筈が、花嫁の目を剥く豪奢なドレスと城下でのワインとパンの振る舞い、そして王城奥向きで
挨拶と称したアラクネシルクの大盤振る舞いで
歴代王家の婚礼に引けを取らぬ豪華さと人々の口に登るに至り、またしても王家はファングル公爵家に借りが出来たといえる。




