やらかした馬鹿の尻拭いは忙しい
有無を言わせず何処ぞのバカ坊ちゃんをシナノ領主屋敷の牢へとブチ込み、届けられたハイポーションと
グラーシア手ずから仕込み醸した濁酒の壺、神饌として供する為にシナノ領で採れた山の幸、そして
白金鱗鯉とアラクネ布の反物三疋、とっておきのお菓子 羊羹を3本と飴玉の瓶を
マジックバッグに詰めて背負うと、クラウドが空中に向かって頼むよと一声掛ければ
風の精霊達の手によってエルフ達ごとアルフヘイムへ運ばれた。
通常、人が閉ざされたエルフの棲まう森へ立ち入る事は許されていないのだが、エルフが信仰する
森の精霊の長であるエントより授けられた世界樹の枝を加工し、草刈り鎌の柄とした道具を持つ
クラウドなのでほぼフリーパスだ、それ程までに世界樹という木は尊ばれている。
何せ世界樹は世界を支え、根元には聖なる泉から清らかなる水が渾々と湧き、その水が流れ出て海となり
川となりて世界を潤すなんて伝えられている。
その世界樹の根元に住むことが許されているのは、森の精霊王たるエントと
世界樹に仕える栄誉を与えられたエルフの中でも特に秀でたハイエルフ数名だけと言われ、
世界樹の一枝だとて世界の根源たる力が宿ると、その価値はミスリル等の稀少鉱石を遙かに上回る。
風の精霊に運ばれた先の魔獣が彷徨く"奥なる森"のヌシたる巨木の洞、其処がアルフヘイムへ続く道だった。
エルフ達の集落の中央にある木造の建物の中に傷付いた火龍の仔が寝かされ、すり潰した世界樹の葉を
傷口に当てがわれ、煎じた世界樹の葉のエキスを花の蜜で溶いたものを舐めさせられていた。
「お邪魔します、火龍の仔の治療薬を持参して参りました」
クラウドは断りを入れながらも有無を言わせず上がり込んで、マジックバッグからハイポーションの
瓶を取り出すと仔竜の元へと近付いて、塗り付けられた世界樹の葉ペーストを拭って
そのまま抜かれずにいる鏃を見て顔を顰めた。
「酷ぇ事しやがる…すんませんが麻痺草の粉があったら下さい」
突然現れた人間がズカズカと仔竜の側に寄るのを、最初は止めようとしたエルフ達だったが
クラウドの腰にした世界樹の枝を柄にした草刈り鎌と、ハイポーションの瓶を認めて座を譲った。
だが、麻痺粉を寄越せと物騒な要求をした事で近くに座した老エルフが口を開いた。
「お前は誰だ、そして麻痺粉なぞを使って仔竜を如何するつもりなのだ?」
「俺はシナノのクラウド、其処のエルフがウチの聖なる湖に罪人を乗せた馬車を落としたんだよ。
で、その経緯を聞いて仔竜の治療に来た、麻痺粉は仔竜を害そうとか安楽死じゃなく
痛み止めに使用するつもりだ、鏃を抜いたらすぐにハイポーションで傷を塞ぐ」
ありったけのハイポーションを出して見せ、麻痺粉を混ぜて服用させる為の麦芽水飴を壺から一匙掬う。
「解った、頼む」
麻痺草から作られる麻痺粉は対象に気付かれぬよう吸入摂取させる為にほぼ無味無臭だ。
それを水飴に混ぜて練ったものを仔竜の口へ含ませれば、仔竜は甘味に抗えず口の中で舐り回し
何時しかウトウトと眠りに落ちたのを確かめると、クラウドは傍らに置かれた治療の道具の中から
ペンチのような物を手にして、仔竜の背に刺さった鏃を掴むと一息に抜いた。
未発達の鱗を突き破り肉に食い込んでいた鏃を抜くと同時に老エルフがハイポーションの瓶を傾ける。
「手ぇ空いてんの!噎せない程度にコイツにポーション舐めさせてくれ」
名前を知らないから適当にその場のエルフに指示を飛ばし、仔竜の口にハイポーションを染ませた布を
何度も含ませて飲ませるのはウッカリ誤飲させて肺炎でも起こしたら命取りだからとの気遣いだが
ドラゴンって肺炎になるのか?との疑問が芽生えたのは一連の治療を終えてからだった。
世界樹の葉を敷き詰めた寝床を用意してやり眠る仔竜を運んでやれば、水場と竃のある土間から
ニュルリと土の精霊 ノームが出て来た。
「クラウド、マテさんの魔法でおグラの所まで行って来たよ」
「首尾はどうだった?」
「よく判らないけど、おグラが『委細承知、至急戻る』って伝えてだって」
「了解、助かった」
ノームの頭を撫でたクラウドは、怪我をした仔竜から離れた位置へと移動すると
マジックバッグから敷物を出して敷くと、神酒を詰めた壺、神饌、アラクネ布の反物を取り出すと
柏手を打って、マトラ神教会でよく耳にする祈りの聖句を祝詞のように唱えれば
窓の無い薄暗い筈の室内に光が満ち、三柱の神が降臨する。
「精霊と共にある人間よ、何用で我等を呼んだ」
中央に坐す豊かな黒髪を緩く纏めた女神が口を開いた。




