異世界ニッポンのシンシュウなる摩訶不思議国家
早速記録用宝珠を開いて異世界人会談の様子を投影して観る。
「シンシュウとは…それ程までに進んだ国なのか」
驚きに満ちた声を上げたのは王太子 ハインリヒである。
「凄まじき知恵に御座いますな」
追従するのは宝珠を開いた宮廷魔導師のリチャードだ。女子供の口から教育だの誘致だの
文学云々がポンポン出てくる事に驚きを隠せずにいる。
何しろキリアラナでは女なんてものは菓子と茶を供に噂話に興じ、くだらないゴシップや
不倫や三角関係等のふしだらな三文芝居に、あらゆる欲を満たしてくれる甘いマスクの王子様とやらが
颯爽と救いにやって来るという荒唐無稽なメロドラマな小説片手に運命の人はなんて
溜め息を吐きながら胡散臭い美容装身具を並べ立ててあれこれと弄り回す日々を送るだけの存在で
子を産ませ、家庭内を程良く切り回すだけの価値しか無いと思っていたからだ。
そして貴族からすれば、庶民なんてものは常に腹を満たす事と酒を喰らう事しか考えておらず
つまらぬ騒ぎを煽って小金を稼ぐだけしかしないような奴等という認識しか無い。
更にクラウド程度の漸く冒険者ギルドに登録したばかりのガキなんてものは、往来で奇声を上げ
縦横無尽に駆け回って馬車の進路妨害になる程度の存在だ。
それがどうであろう…シンシュウ人なる異世界からの来訪者たちは、極当たり前に社会風俗だの習慣だの
法整備等と口にし、会話が成立している事に驚きを隠せずにいる。
更に都市計画をと強請られ、簡単に了承している辺りに異界では国造りすら容易き
児戯と変わらぬものなのかと空恐ろしさにハインリヒの握り締めた拳が知らず、震えた。
「シナノ領に遣わした代官の報告書をご覧になられましたか」
「あぁ、あの幼かったグラーシアが恐ろしく見える」
ハインリヒが手元の書類を納めた細工の素晴らしいトレイから無造作に引き出したのは
シナノ領開拓の為に選抜された文官や、特に抜擢された代官が記した新領開発に纏わる報告書である。
「アレは本当に商家の娘だったのか?」
ソバなる穀物の発見、だがそれだけでは無かった。
その穀物を栽培するメリットが食糧に留まらずクリーニングクロップなる野菜栽培の連作障害の改善だとか
急激な山野の開発による土壌侵食防止の為の作付けにより、近くを流れるチクマ川への土砂流出や
水質汚濁を防ぐ役割を持たせようと、グラーシア自らが指示したのだと言う。
「農家とも違う…農学者とも言えば良いのだろう知識といい、水質汚濁を防ぐ意味でだと思うが
立法の必要性も理解し、水質汚濁防止法なる領法の立案をシナノ代官に命じている」
「マティスが聞いた所によりますると、その知恵はグラーシア嬢の生きた経験と見聞によるものと」
「一介の商家の娘にか」
信じられんとハインリヒが書類から顔を上げれば、リチャードは甥のマティスから私的に送られた
異世界にて激動の時代を生きた女の一生を漏れ聞いたと綴られてあった手紙を滑らせた。
「学ぶ事は生きる事、シナノなる国の深い山谷の僅かな農地では次男以下の子供は
外に出て生きるしか無いとか、故に子に文字を習得し学を修めさせ立身させなければと親と師は
教育に熱心だったとグラーシア嬢は常に口にされておられたそうです」
子を育むのは母だからと男女の別無く書を繰り哲学を語り、寒い雪と氷に閉ざされた冬には
囲炉裏端で文学や芸術に勤しむのは、身を立て出世するのも大切だが人が人として
より能く生きるという事を常に頭に置いていたからに他ならないという。
「大国との交戦にて当時の夫を兵として取られた時は、乏しい食料事情の中3人の子を育てながら
家と土地を守り、終戦後は物資不足の中、持ち回りで1日掛けて歩き通し、隣の街から書物を借りて
子を託す学び舎の母親同士で融通し合って学ばせたとか」
公爵家の令嬢として邸の敷地ですら馬車で移動するのが当たり前の足弱な少女としてしか
グラーシアを知らぬハインリヒには、1日歩き通して川を渡ってまで本を求めたのが
信じられないと目をつぶる、更にそれが庶民の主婦達が為した事だと言うではないか。
「より能く生きる、100年後まで考えて美田を残すと土地の重要性をも説いたとか」
「あぁ…この箇所か、ホクシン鉱山にて硫黄なる珍しき石の試掘が行われた時の話だな」
上田市民の上水を担う水源近くにて硫黄が採掘出来るのではと試掘が行われた。
その硫黄なる石は農薬から染色、医薬品に物作りの素材の他にファイア等の火魔法と同等の
着火から爆破まで自在に操れる魔法薬のような用途に用いられ、当時は黄色い宝石と呼ばれる程に
取り引き価値の高い石だったそうだ。
そのような有用性のある高い石の採掘が行われれば辺りの町や村も潤うだろうに、採掘の際に出る
排水が毒性が高く、水も土壌も汚染されてしまえば生きては行けぬと
上水の水源側での採掘は反対と領民達は立ち上がったそうだ。
無論グラーシアも幾ら自分達に利があろうと子々孫々に害を残すような産業なぞ御免蒙ると
おたまと鍋を手に反対運動に参加したそうだ。
「敗戦国となりながらも地元の山麓に戦勝国の軍の基地と演習場を作るからと軍人に言われようが
それを追い出したり、水の為に有益な鉱山を閉山させたりと何とシナノの国の女は強い事だ」
「シンシュウ人が歌う『シナノの国』なる歌を歌えばどんな困難だろうが乗り越えられると
開墾作業の際にグラーシア嬢を初め、精霊使いも共に歌っていたようですし
マティスも覚えさせられて共に歌ったとか、何しろシナノの国を歌った方が精霊達も働きが良く
土魔法の通りも良いとかで重宝したと書いておりましたからな」
「それがシンシュウ人の持つ力の秘密なのか?」
「畏れながら私はそう愚考致しまする」
長々と書き連ねられた異世界シンシュウの激動の歴史を生きた老婆の回顧談と、シナノ領の開拓での
恐るべき作業スピードの秘密の一端や、古き良き日本のお婆ちゃんの知恵が渾然一体となって
ガチガチに固まったキリアラナの上流階級の頭脳と常識を襲う。
「先ずはこの『シナノの国』なる呪文歌を聞き出して、宮廷魔術師達に解析させるとするか」
「左様で御座いますな」
恭しく一礼するリチャードは、異世界の魔法呪文式かと密かに胸を高鳴らせた。




