84 ある王国の宮廷魔術師
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ある王国に、わずか15歳という異例の速さで宮廷魔術師となった少女がいた。
周りの宮廷魔術師と比べると極めて若く、圧倒的な実力を有していた彼女は、王国の希望と称されるほどだった。
だが、ある日を境に彼女の運命は大きく変わってしまう。
ちょうどその日は、国王夫妻に第一子が生まれた日でもあった。
「陛下。大変申し上げにくいのですが、あの赤子は即刻処分すべきです」
本来なら王国全土が祝福ムードに包まれたであろうその日は、宮廷魔術師の一人がある進言を行ったことにより状況が一変。第一子が生まれた情報は現状伏せられることになった。知り得たのは王族と一部の関係者に留められていた。
「なんだと? 貴様、よくそんな非道いことが言えたな。我が妻が味わった腹の痛みに値する理由があるなら述べてみろ」
若き王は静かに怒りを露わにした。右手はすでに剣の柄に掛けられている。返答次第では、宮廷魔術師の首を即刻撥ね飛ばすつもりだった。
「では、これを御覧いただきたい」
宮廷魔術師は、植物の種のような黒い小石を差し出した。
「これは?」
「あの赤子が産まれた時に持っていた魔石です」
「馬鹿な、魔石だと? こんな禍々しい色をした魔石など見たことがないぞ」
魔石。それは魔力の結晶だ。魔力に優れた人間が産まれる時、極稀に持っていることがある。
しかし普通は四大属性の適性に合わせた赤、青、緑、黄の四色であり、黒という色は王ですら見たことのない代物だった。
「禍々しい……陛下もそう思われますか。それはそうでしょう、黒は闇の色。しかもこれほどまでに禍々しい黒色をしているとなると、『闇魔法』にかなりの適性があると伺えます。いずれ、あの赤子は国を滅ぼす脅威となりえるでしょう」
遥か遠い昔に滅びたはずの闇魔法だが、適性を持っている人間自体は産まれてくることがある。極稀の魔石持ちの中でもさらに極稀ではあるが。
「そうか、我が子は闇魔法の適性持ちだったか。だがそれがどうした。闇魔法が危険だという確証はない。我が子の命を奪う理由には程遠いぞ」
「ええ、陛下のおっしゃるとおりです。闇魔法の適性持ちが産まれたからといって、殺すことなど言語道断……普通の民の子ならば、ですが」
「……何が言いたい?」
王は剣の柄を引く。白銀の刀身が、ほんの少しだけ露わとなった。
「王の子となれば話は別ということです。闇魔法の噂は眉唾といえど、やはり民の中には拒絶する声も多い。第一子様が闇魔法の適性持ちであることが知れ渡れば、たちまち王国は混乱の渦に巻き込まれることでしょう。……あの赤子が国を滅ぼす脅威となりうる、と私が言ったのはそういう意味です」
「ぐっ……貴様の言うことも尤もだ」
王は手を震わせながら剣を収めた。
それを見た宮廷魔術師は、口角を僅かに釣り上げた。
「しかし、我々にも人情というものがあります。産まれてすぐの子の命を奪うなど誰が見過ごせるでしょう。いえ、見過ごせるはずがありません。そこで私は提言したいのです。この分かれ道、どちらに進むかは民意に委ねるべきであると」
「多数決ということか? 民はこのことを知らないというのに、何が民意だ」
「いえいえ、それも含めての民意ですよ。我々のような宮廷魔術師や大臣殿方は、民意によって選出された代表的存在。民の総意であることには変わりません」
「ぐっ、しかし……」
「不安なのですか? 大丈夫ですよ、産まれたばかりの赤子を殺すなどという非人道的な行為に賛成する者など、絶対にいるはずがありません。ええ、絶対に……」
「そうか……分かった。今すぐ招集をかけろ」
「仰せのとおりに」
数時間後。
招集をかけられた者達が、会議場の円卓を囲った。
その数およそ50人。宮廷魔術師や大臣、そして王である。
「……我が妻の姿が見えないが?」
「王妃殿下は産後ゆえお休み中でございます」
「そうか……」
「まだ不安なのですか? 大丈夫ですよ、王妃殿下が一人欠けていようとも結果は変わらないはずです」
「そんなものは分かっている! 議長はお前だろう、早く始めろ!」
王の額に汗が流れる。
赤子の処分に賛成する者などいない。
そんなものは分かっている……分かっているが、時間が経てば経つほど心がざわついて仕方なかった。
「……仰せのとおりに」
議長は進言をした宮廷魔術師である。王の焦りは彼の目から見ても明らかだった。またしても彼の口角が釣り上がる。
「では皆様、ご起立をお願いします。第一子様の処分に賛成の方は着席を。反対の方はそのままでお願いします」
次の瞬間――円卓を囲う者達が続々と着席し始めた。
「なっ……馬鹿な……」
王の顔色が絶望に変わっていく。これほどまでに残酷な光景を、王は見たことがない。ガチャガチャと椅子に座る音も、王には鼓膜が破れるほどに煩く聴こえた。
「反対二名。賛成は……数えるまでもありませんね。この議論は、可決ということで」
「待ってください!」
その時、もう一人の反対者が声を上げた。
それは15歳で宮廷魔術師となった、あの少女だった。
「皆さん、考え直してください! あの赤子がいったい何をしたと言うのですか!? 殺すなんて絶対に間違っています!」
「何をしたかどうかという次元の話ではないのだよ。やはり貴様は何も分かっていない」
「宮廷魔術師といえど、所詮はお子様ということか」
「そもそも議会で決まったことは絶対だ。それを覆す発言は許されない」
「いや、それどころか先の発言は国家反逆罪に値する! 国家を揺るがしかねない災厄の種を見逃そうと言うのだからな!」
少女の叫びは誰にも届かない。
それどころか少女を非難する声が加熱していく。
「そうだ! 何たる不敬だ恥を知れ!」
「議長、私は奴に刑罰を申し出る!」
「死刑だ! 死刑にしてしまえ!」
「まぁまぁ皆様落ち着いていただきたい。彼女と赤子への処遇は、議長たる私が決定させてもらいます。よろしいですね?」
議長の宮廷魔術師がそう言うと、場が一気に静まり返った。
「では、処遇が決定するまで二人を地下牢で閉じ込めておくことにします。皆様、ありがとうございました。議会はこれにて解散とします」
「くっ……!」
出席者が続々と退出する中、王はその場でうなだれていた。
妻が必死の想いで産んでくれた我が子を守れなかった。胸が張り裂けそうになる。しかし、事実は伝えなければならない。
王は己を奮い立たせ、妻に事実を伝えた。妻は、日夜泣き続けた。己の無力さを嘆きながら、王は妻の側で涙を堪え続けた。
そして、不可解な出来事はまだ終わりではなかった。
議会の出席者が、誰一人として赤子のことを覚えていなかったのだ。
議会を行ったことすらも忘れている。
「赤子? いったい、誰の赤子ですか?」
まるで、最初から赤子など存在しなかったかのように――。
「術を解除。ふふふ、やはりこの魔法は便利だ」
地下牢の暗い廊下を歩きながら、あの宮廷魔術師は不思議なことをつぶやいた。その言葉が何を意味しているかは不明だが、ちょうどこの時、城に居る者達は一斉に頭に違和感を覚えたという。
そしてしばらくすると、ある牢屋の前で立ち止まった。中では、ボロを纏った少女が赤子を大事そうに抱いていた。宮廷魔術師は、公の場とはまったく異なる自然な口調で話しかけた。
「いやはや、まるで聖母様のようなお姿だ」
「……っ!」
少女は無言でにらみつける。
「そう怖い顔をしないでくれ。君達への処遇は決まったが、何も殺すわけじゃあないんだからさ」
「信用できないわ、あなたの言葉なんて」
「本当のことなんだけどなあ。君達に下された処遇は、宮廷魔術師の剥奪と追放だけさ」
宮廷魔術師は牢屋の鍵を開け、中に入った。少女は依然として警戒を続ける。
「やれやれ、ずいぶん嫌われてしまったものだ。さあ、立ってくれ」
「……………」
「……そうだ、最後だから教えておくよ」
宮廷魔術師は、少女の耳のそばに口を近づけた。
「ボクはその赤ん坊と同じ、闇魔法使いだ」
「なっ!?」
「その証拠を見せてあげるよ。最上級時空魔法、序列の百番――《парадигм》。巻き戻す時間は15年と8ヶ月、それと17日だ!」
「な、何をするつもりなの、ティアマ――」
少女の体はみるみる縮んでいき、声もより幼くなっていき、美しかった長い黒髪も産毛のようになり――最後には声も途切れた。
声を発せない体になってしまったからだ。
そう、見た目は隣に転がる赤子とまったく同じ……少女が、一瞬のうちに赤子となってしまったのだ。
「その赤ん坊はどうしても必要なんだ。ただ、王女様になられてしまうのは困りものでね。遥か彼方の地で、別人として生きてもらうことにしたんだ。一人じゃ寂しいだろうから、同い年のお友達も一緒にしてね」
(…………)
少女は、いや、赤子となった少女には何もできない。それどころかあらゆる感覚が鈍い。ただ、どこかへ運ばれている感覚だけはあった。
――王都より遥か北方の街にて。
「大聖女様。橋の下を見てください。もしかして捨て子ではありませんか?」
「まあ大変! 急いで保護しましょう!」
「はい! …………よかった、二人ともまだ息があります」
「ひとまず大聖堂に連れていきますよ」
「となると名前が必要になりますね。どうします?」
「そうね……じゃあこっちのわんぱくそうな子が『クロエ』で、そっちの真面目そうな子が『エリシア』にしましょう」
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