78 夢の中の世界re
パーティー会場が大混乱に陥っているさなか、クロエはライナの手を引いて会場を去っていた。
婚約破棄は正式に成立。晴れてライナは大手を振って大聖堂に帰れることになった。なのでもう王都に用はない。厄介に巻き込まれる前に、大聖堂へ帰るのみである。
「……驚いたわ。驚きすぎて、もうそれしか言えないわ」
「分かる分かる。ボクもそんな感じだったから」
二人は人目のつかない所に向かっている途中だ。城の構造なんて知りもしないが、ちょうど「人目のつかない所」にだけは心当たりがある。
「けどいいのかしら。このあと絶対大変なことになるわよ」
「そのことなら大丈夫って王子が言ってたよ。あーいや、王女か」
「そっちじゃなくて、お母様の方よ。はぁ……絶対叱られるわ。いや、それ以上ね」
「あはは、怒ったら絶対怖そうなタイプだったからね」
「そんなもんじゃないわよ。あの時なんか庭の大木を引っこ抜いて、そのうえ笑顔で振り回したし。人間じゃないわ」
昔のことをしみじみ振り返るライナを横目に、クロエは苦笑している。苦いどころか激辛な記憶なようだけど、ちょっとうらやましいと思ったり思わなかったり。
「っていうかそうならないために逃げ出してるんでしょ………………あれ? ライナ?」
クロエは立ち止まった。
ライナがいない。
ライナとは並んで走っていたどころか、手までつないでいたのに。
いつの間にか感触すらなくなっている。
それに周りの景色もおかしい。
さっきまで目がチカチカするほど明るい城の通路にいたのに、今は暗くて広い場所に出ている。
立ち並ぶ大きな建物。ぴしりと敷き詰められた正方形の石畳。闇のとばりが降りた空には、三日月が昇っている。
クロエはこの場所を知っている。
「まさかここって、夢幻世界の街……?」
だが前に来た時より、こころなしか街灯の明かりが鈍くなっている気がする。
というか、そもそも夢幻世界は文字通り夢の中の世界。
眠らなければ来れないはずの場所いること自体おかしい。
「いつの間にか眠っていた? いや、そんなはずは……」
次の瞬間、背後で地響きが起こった。
振り返るとそこには二足歩行の大ウツボ――いや、異形がいた。
今まで半信半疑だったのが確信に変わった。
ここは間違いなく夢幻世界だと。
「……その前にまずあいつか」
謎は余計に深まったが考えるのは後にしよう。
クロエは臨戦態勢に入る。
前回は多勢に無勢で負けたけど、いま目の前にいるのは一体だけ。
冷静になれば負ける状況ではない。
異形の先制攻撃をさらりとかわし、後ろに回り込む。
「――《парадигм》!」
そして尻尾らしき物に手を当て、魔法を発動させた。
異形の体は時の経過により劣化、ボロボロになったのち消滅。
「……ん?」
同時に黒い物体が落ちてきた。
よく見るとそれは黒いドレスを着た少女だった。
「トラオム!?」
間違いない。異形の体中から出てきたのは、この夢幻世界の『管理者』であるトラオムだ。
「お久しぶりですね、クロエ様。助けていただき誠に感謝します」
「いったい何があったの? 異形から出てきたように見えたけど」
「その通りです。異形に飲み込まれておりました」
「えぇ……」
事は重大なはずなのに、まるでただの事務報告のような平坦な話し方にクロエの調子は狂う。まあ助かって何よりだけど。とりあえず手を貸し、トラオムを立たせる。
すると程なくして、遠くから別の声が聞こえてきた。
「探したわよトラオム。三日もどこほっつき歩いてたのよ」
しかめっ面を浮かべながら、黒髪の少女はこちらに近づいてくる。
聞き覚えのある声と、見覚えのある顔にクロエは唖然となった。
「え、え、エ……」
「ん、もう一人いるわね。迷い込んだ人? ……って、クロエ!?」
「エリィ!? ここにいたの!?」
眠っているエリシアとは毎日顔を合わせているが、起きているエリシアと会うのは本当に久しぶりだ。いや、今もエリシアは大聖堂で眠り続けているんだろうけど……ややこしい!
とにかく、これだけははっきり言える。
エリシアに会えて、クロエは暖かい気持ちで満たされた。
「お二方。水を差すようで申し訳ないのですが、今すぐここを離れましょう」
そんな中、トラオムは至って冷静に告げる。
異形が倒されたということは、また百体近い援軍を呼ばれるということだ。
「そうね。二人とも、私の側に寄って」
エリシアは天に指を上げ、くるりと円を描く。
すると光のリングが出現し、三人をドーム状に包み込んだ。
「なんの光!?」
「気配と姿を消せる魔法よ。光の外には出ないようにして」
「へぇ……そんな魔法があったんだ」
「こっちに来てから習得したのよ。あっちの世界にはない、夢幻世界独自の魔法らしいわ」
「エリシア様は素晴らしい魔法の才能の持ち主です。簡単な魔法ならだいたい覚えてしまわれました」
「そうなんだ! さすがだね!」
「はいはい、そういうのは後にして。早くここから離れるわよ」




