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77 王子の秘密

 ライナとグリモアがすでに城を去ったことなどつゆ知らず、クロエは懸命に偵察を続けていた。誰にも見つかることなく順調だったが、それが油断を呼んだのか曲がり角でばったりあの人物に出くわしてしまう。

 

「「――っ!」」


 それはセシル王子だった。目が合った両者はピタッと動きが固まる。

 

「し、しまった……!」


「君は、彼女と一緒にいた……」


 彼女がライナを指すのは嫌でも分かる。そう、この王子は見た目こそ好青年なものの、クロエからしてみれば大事な友達を奪っていく悪者だ。

 それを思ったら一言ぶつけてやりたくなった。

 向こうの事情なんて知るもんか。

 

「もしかして妹さんかい?」


「違うよ!」


 あろうことか妹に間違われたことでその思いは加速した。ライナとは妹ではなく友達であると訂正したうえで、さらに続ける。


「だいたいライナはボクの一個下……まだ十四歳なんだよ? 結婚なんて早すぎると思わない?!」


「それを言うなら僕だって十四だよ」


「えっ」


 どうやら青年ではなく少年だったらしい。全然見えない。外見も雰囲気も、すべてを含めて。


(さすがは王子……)


 いやいや、感心している場合じゃない。

 クロエは気を引き締め直し、セシルの目をしっかり見据えた。

 

「ところで彼女はどこにいるのかな」


「ふん、絶対言わないもんね! ボクから言ってやれるのは、ライナは結婚なんか望んじゃいないってことぐらいだね!」


 さあ、どう出る。

 最大の切り札である『ライナの本心』を切った今、残った手札は貧弱だ。

 できればセシルが折れてくれたら御の字だが、確実にそうはならないだろう。

 反論できるかどうかは、相手の出方次第だ。

 

 そう身構えていたら。

 

「そうか。彼女は結婚を望んでいないのか……それは良かった」


「よ、良かった?」


「ああ。僕も本当は結婚なんか望んでいない。さっきも言ったけど僕はまだ十四だ。いくらなんでも早すぎるって、君も思うだろ?」


「うん、まあ……」


「それに僕には、彼女と結婚できない絶対的な理由があるんだ。僕は――




 ――女なんだ」

 

 

 時が止まったような静寂が訪れた。

 今日は色々驚くことが多すぎて頭が破裂寸前だ。

 友達が王子と結婚することになったり、その友達が勇者の子孫だったり……。

 

 で、次がなんだって?

 青年かと思っていた少年が、実は少年でもなく少女だった?

 

 王子じゃなくて、王女だった?

 

「ごめん、何言ってるか分からない」


 人は驚きすぎると、逆に淡白な反応になるらしい。


「……そういう反応になるよね。でも本当なんだ」


 四歳の頃からセシルは男として育てられてきたのだと言う。そこには国王と王妃の間に女の子供しか産まれなかった背景があった。養子を取ることは考えていなかったらしい。あくまで血縁重視とのことだ。

 

「でも、だからって王子として結婚する話になってるのはおかしいでしょ!?」


「そこなんだよ。この計画を知っているのは両親くらいなんだけど、実は二人は今――すまない、これ以上は君にも言うことはできない」


 セシルは口をつぐむ。

 

「けどありがとう。君のおかげで決心がついた。僕が女であることを皆の前で明かして、彼女との婚約を正式に破棄する」


「本当にいいの? 大変なことになるんじゃない?」


「大丈夫だ。ぜんぶ僕に任せてくれ」


「それが、王子の本心なんだね」


「もちろん。ああでも、あんな可愛い女の子と結婚できなくなるのは少し残念かな。はははっ」


 セシルは憂いの帯びた笑みを浮かべる。冗談で言っているのか、それとも本気なのか。ちょっと分からない。

 

「最後のお願いだ。彼女を……ライナを、呼んできてくれないかい?」


「……うん、分かった」


 クロエは頷いた。そして、一度来た道を引き返していった。

 

 

 




「あれ? いない!?」


 そんなわけで潜伏場所の部屋へと戻ってきたクロエだが、すっかりもぬけの殻と化した現状に困惑するしかなかった。まずい、これではせっかくセシルの心が変わってくれたのに無駄になってしまう。

 

「……まさか」


 その時、ある一つの可能性に思い至った。それを確かめるべく、クロエは『《шавв(ワーブ)》』を発動した。行き先はもちろん、大聖堂の書物庫だ。

 




「あ~~~っ! やっぱりここにいた!」


「えっ、クロエ!?」


 予想通りライナとグリモアは書物庫にいた。自分を城に置き去りにして、一足早く安全な場所に帰ってくるなんて……まあ『《шавв(ワーブ)》』で帰ってこれることに気づかなかった自分が悪いんだけど、今はどうだっていい。

 

「ライナ、もう一度城に来て」


「はぁ!? どういうこと!?」


「説明は後で!」


「我が主よ、二度目があると思うな。今度こそ私は行かぬぞ。しゅ、しゅ、しゅ、しゅっ――」


 グリモアは何かの本で知ったのか、独特な格闘術の真似事をしている。本人は抵抗しているつもりなんだろう。

 

「あーいいよ別に。グリモアに用はないから」


「そ、そうか……」


 クロエはグリモアには目もくれず、逃げようとするライナの肩をがっしり掴む。

 

「やだやだぁ! 行きたくない~!」


「ボクみたいなこと言ってないで、じっとしてなさい! はい《шавв(ワーブ)》!」


「いやあああああーーっ!」


 ライナの断末魔を最後に、二人はいなくなった。

 書物庫に一人取り残されたグリモアは、冬の寒空を見上げつつこう呟く。

 

「これはこれで……少し寂しい気もするな」


 同じ頃、王都は前代未聞の大騒ぎとなっていることなど知る由もなく。

 









 夜中の王宮、静寂に包まれた謁見の間にて。

 中央に鎮座する玉座に腰を据えるのは、国王でも王妃でも、ましてやセシルでもなかった。

 

 ――黒いフードの男。顔の上半分は隠れて見えないが、左頬には大きな縦傷が刻まれている。

 

 そして黒いフードの男の目の前には、膝をついて懇願するセシルの姿があった。

 

「お前の言う通りにした! 父と母を解放してくれ!」


「……駄目だね。今日の出来事はほんの序章だ。これからも計画に協力するって言うなら、考えなくもないがね」


「国を乗っ取り、王になるという計画か……そんなことをしていったい何になる。目的はなんなんだ!」


「この世界の『管理者』にボクがなることさ。国奪(くにと)りは単なる足がかりにすぎない。強い権力があった方が、色々と都合がいいからね」


 そう言うと、黒いコートの男は姿を消した。

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