73 同じ夢を二度見るのは難しい
クロエが目を覚ますと、そこは書物庫のソファの上だった。夢を見たような記憶はない。もし見ていたとしても、夢幻世界には行っていないと断言できる。
「まあ、そんな簡単には行けないか……」
いわく、夢幻世界とは人が死ぬまでに必ず一度は見る夢の中とのことだ。絶対に行けるけど、自由には行けない。きっと何かの条件があるんだ。
クロエはソファから出た。早く寝ただけあって、まだ深夜だった。早起きはナントカの得と言うけど、さすがにこれは早すぎる。もう一度寝れる気もしないので、夜の散歩にでかけることにした。
「うぅ、さむっ」
夜の大聖堂は暗いし、それに寒い。……寒すぎる。
予想以上の寒さにクロエの体は震えた。吐く息も白い。手の甲は逆に、しびれるくらいに真っ赤だ。
窓越しに外を見ると、雪が降っていた。
「ああ、もうそんな季節かぁ」
毎年この頃になると、決まってそんなことをクロエは言う。今年も例外ではなかったようだ。ただ、初雪が降る瞬間を目撃するのは今年が初めてだった。
しかし、だからといって特別何かを思ったりはしない。この辺りでは冬になれば雪は当然のように降ってくる。誰も望んじゃいないのに降ってくる。むしろ冬場は雪が降らなかった日の方が記憶に残るくらいだ。
そんなわけでこの辺りの冬は寒さが厳しい。クロエは今すぐ散歩を中止し、書物庫に戻りたかった。が、戻ったところで寒さは変わらない。こうも手がかじかんでいれば、ろくに本も読めないだろう。
不本意ながら散歩は続行となった。しばらく歩いていると、誰かが中庭広場にいるのを見つけた。こんな夜遅くの寒空の下、じっと黙って突っ立っている。見えたのは後ろ姿だけれど、暗い中でも映える赤髪のおかげで誰なのかはすぐに分かった。
「……ライナだ。なにしてるんだろ」
すると、ライナはくるりと振り向いた。小声のつもりだったが、向こうには届いていたらしい。
「クロエ? こんな夜中にどうしたんですの?」
「早く起きすぎちゃったから散歩中。ってか、そんなとこいたら寒くない?」
「わたくしの体内には炎のマナが宿っていますの。この程度なら全然だいじょうぶですわ」
内と外。屋根の下と夜空の下。絶妙な距離間で、二人は話を続ける。
「それに、せっかくの初雪ですもの。間近で見なきゃもったいないですわ」
「だからって自分から浴びにいかなくても……あ、もしかしてライナって雪見るの初めてだったりする?」
「え、ええ……実は。少し、はしゃぎすぎてしまいましたわね」
「そういえばライナは王都から来たんだっけ。あそこは雪とは無縁らしいからね~」
大聖堂と王都は同じ国にあるとはいえ、北と南、両極端な場所に位置している。南の王都では雪など降らない。それも、ここ数百年レベルで雪は観測されていないとのことだ。
「……そろそろ寒くなってきましたわね。わたくしも中に入らせていただきますわ」
ライナがクロエの隣に来た。そう言ってる割には、それほど寒がっていない。
「いらっしゃ~い」
「それにしても貴女、とことん外には出ないんですわね」
「そんなことないよ。つい最近だって外に出たばかりだし」
「え? そうだったかしら。どこに行ってきたんですの?」
「すっごく大きな街。たぶん、王都よりも大きい街だよ」
「あー、いつもの冗談ですわね」
聞いて損した、という感じのライナ。
「ところで、ライナの方こそなんでこんな夜中に起きてたの?」
「わたくしは……貴女とは逆ですわ。なかなか眠れなくて、こうして散歩していたんですの」
「何かあったの?」
「貴女には関係ありませんわ」
「えー? そんな冷たいこと言わないでよ。ボク達、一緒の仲間じゃない」
「……仕方ありませんわね。いずれ分かることですし、貴女には今話しておきますわ」
そろそろ夜も明ける。二人は歩きながら話をすることにした。
◆
「えー!? 年明け前にここを去る!?」
ライナの話を聞き、クロエは驚愕した。
「いくらなんでも早すぎるよ。まだ一年も経ってないじゃん」
直接聞いたわけじゃないけど、ライナは花嫁修業だとかで大聖堂に来たはずだ。その修業が一年未満で済むお手軽さなら、わざわざ遠くの王都からなんて来るはずがない。
「わたくしだって、こんなことは望んでいませんわ。とても不本意ですけど、『家』が決めたことには逆らえませんの……」
加えてライナは名家の出身だ。どれほどの規模の貴族かは分からないが、王都住まいなら相当だろう。当然、『家』とやらの力も強くなる。
「それにしたって、なんでこんないきなり……」
「婚約相手が決まったそうですわ」
ちなみにその相手とは一度も会ったことがないとのこと。クロエは貴族社会の闇を感じた。
「なるほどねぇ。それで不安になって、夜も眠れなかったんだ」
「いえ、違いますわ」
ライナはきっぱり言いのけた。
「え、違うの?」
「こうなることは予想していましたわ」
「じゃあ、ボク達と別れるのが寂しくなったとか」
「そ、それはもっと違いますわ! 本当は……」
「本当は?」
「……『友達』を一人連れてくるよう言われたんですの」
「え?」
と、ともだち……?
クロエは目が点になっていた。
「はぁ。お母様が、どうしてもってうるさいんですの。わたくしがどういう人付き合いをしているのか、気になって仕方ないんでしょうね」
ライナはうんざりしながら言う。
「ずっと会ってないから心配なんだよ。とりあえず、ユノでも連れてったら?」
「そうしようと思ったんですけど、あの子にも予定があるそうですの」
「うーん、そっかぁ。エリィは……今ちょっと大変なことになってるし」
「そうですわね……いつになったら目を覚ますのかしら」
気づけば朝を迎え、クロエとライナはある部屋の前まで来ていた。
「おはようございます、ライナ様。今日はクロエ様もご一緒なんですね」
ドアを開けるとユノが出迎えてくれた。ここは二人用の寝室。ユノと、それにエリシアが使っている部屋だ。
しかし、エリシアからは何の反応もない。
一週間前から、ずっと――エリシアは眠り続けている。




