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71 夢の中の世界

 つい最近、夢のような『現実』を味わったばかりだが、これは紛れもなく『夢』での現実のような出来事だ。

 

 クロエが目を覚ますと、そこは知らない街の中だった。

 ……いや、目を覚ますというのは正しくない。なぜならここが夢の中だったからだ。

 

 夢を夢だと認識するのは意外と至難の業だが、今回ばかりはすぐに認識できた。

 夢特有の独特な浮遊感というか、ぼんやりとした曖昧さをはっきりと感じる。この変な感じこそが夢だし、なにより『外』にいるのがまず現実ではありえない。

 

 クロエは、引きこもりである。それも重度の。

 

 けど、夢の中なら話は別。

 夢の中なら外に抵抗がないので、自由に歩き回れる。

 なのでクロエは、街の中を散策してみることにした。

 

 まず感じたのは、この街が結構な都会であること。

 大通りには背の高い建物が連なり、道の整備もしっかりされている。

 今はどうやら夜の時間帯のようだが、建物の窓から漏れた光と、等間隔に設置された街灯のおかげで暗さは感じない。

 少なくともクロエのいる街よりはずっと発展していた。

 

 しかし、人はまったく歩いていない。気配すら感じない。

 薄々感じていた不気味さの正体は、これだった……かは分からない。

 なにせここは夢。現実ではありえないことが普通に起きる世界なのだから。

 

 それにしても、ここまで夢を夢だとはっきり認識できたのは珍しい。

 こういう現象には、たしか名前があったはずだ。前に本で読んだことがある。

 

 読んだことはあるけど……思い出せない。

 喉元までは出かけている。あとちょっとで思い出せる、まさにその時。

 

「――明晰夢でございますか?」


 唐突に背後から話しかけられた。

 空っぽだったはずのこの街で、人の声がした。

 

「だ、誰!?」


 クロエは驚き、すぐに振り向く。少女が立っていた。ゴシックな黒いドレスを着た、不思議な雰囲気の少女だった。


「トラオムと申します」

 

 少女――トラオムは軽く頭を下げる。

 

「ここは人が死ぬまでに一度は見る夢の中……夢幻世界でございます。そしてわたしはこの夢幻世界の管理者……と言ってもクロエ様には意味不明なことだと思いますが」


「世界? 管理者?」


 いつだったか、そんな言葉を誰かが言ってた気がする。

 ……そうだ、思い出した。言ってたのはアリスだ。確か鬼と戦っているときに、ポロッとこぼしていた……ような気がしないでもない。

 

「おや。クロエ様はアリス様とお知り合いでしたか」


「アリスを知ってるの? というか、さっきから心を読んできてない?」


 トラオムは前半の疑問にだけ答えてきた。

 

「はい。アリス様はこことは別の、幻想世界という所の管理者様でございます。少しでもそういう知識があるなら、話は早そうですね」


「話って?」


「実は今、ここ夢幻世界は割とピンチな状況に――」


 トラオムがそう言おうとした矢先だった。

 空中に突然、穴のようなものが出現し、そこから名状しがたき奇妙な化け物が出現した。

 強いてソレ(・・)を言い表すならば、『二足歩行の大ウツボ』。

 顔に目や鼻といったパーツは見た限りだと存在せず、牙がむき出しの口だけがグワンと開いている。

 

 そしてその大ウツボは、地面に着地するなりトラオムを捕食(・・)した。

 

「えええっ!?」


 唐突すぎてクロエは困惑する。

 見上げると、トラオムはまだ飲み込まれてはいなかった。

 しかし、大ウツボの口から上半身だけが出ているのを見て無事だとは到底思えない。

 クロエはすぐに救出に向かった。

 大ウツボの足元で、魔法を発動する。

 

「――《парадигм(パラダイム)》! 限界まで時間を加速ッ!」


 次の瞬間、大ウツボは時の経過により消滅した。

 トラオムは捕食から逃れ、空中から降りてくる。

 

「助かりました。さすがの魔法さばきでございますね」


「今のは何なの? あんな魔物、見たことないんだけど!」


「正確には魔物ではございません。『異形(いぎょう)』とわたし達は呼んでおります」


「異形……」


 確かに言い得て妙だ。

 魔物と同じく禍々しさは感じるが、魔物と違って明らかに生物としての原型が崩れている。

 

「さっき言いかけてたことって、異形のことだよね。で、この世界は異形に支配されつつある……ってとこかな?」


「そのとおりでございます。なので、今すぐ目を覚まして元の世界に戻ってください」


「……え? 世界を救うのに協力してほしいとかじゃなくて?」


「いえ結構でございます。クロエ様では異形どもには敵わないと思いますので」


「か、敵わない!?」


「第一、クロエ様は世界を救うなんてガラではないでしょう? そんなものは面倒だと思っていらっしゃるはずです」


「確かにそうだけど……」


 まったくもってそのとおりだ。

 けど、遠回しだとしても「役に立たない」なんて言われたら奮起せずにはいられない。

 いつのまにかクロエの闘争心に火がついていた。

 

「さっきの見てたでしょ? ボクだって戦えるんだよ!」


「そうですか。なら止めはしません。あと、これは先程言い忘れていたことですが……クロエ様が夢幻世界に迷い込むのは、これが最初ではありません。実に三度目でございます」


「三度目? ほんとに? そんなの覚えてないんだけど?」


「そりゃまあ、夢ですから。起きたらだいたい忘れてしまいます」


「……ちなみに前の二回はどんな感じだったの?」


 念のため、聞いてみた。

 

「一度目は異形に瞬殺されておりました」


「瞬殺?!」


「二度目は異形を三体ほど倒された後、背後をとられてこれまた瞬殺でございます」


「また?!」


 けど、同じ瞬殺とはいえ二度目は異形を三体は倒せたらしい。

 それなら少しは戦力になるんじゃないか。そう思ったときだった。

 

 空中に再び穴が出現し始めた。しかも今度は一つだけじゃない。ざっと数えても一〇〇はあるほどの、大量の穴が出現していた。

 

「あのうじゃうじゃいる中での三体でございます。クロエ様、帰るなら今しかありません」


 最初の異形が消えたのを察知し、増援を送ってきたのだろうか。

 空から降ってきた大量の異形が、地響きを起こした。

 絶望的な数だ。

 しかし、あんな啖呵を切った手前……そしてなによりプライドのため、ここで退くわけにはいかなかった。

 

「ボクを甘く見ないでよ! 前の二回に比べたら、段違いに強くなってるはずだからさ!」


 そう言ってクロエは、もっとも近くにいる異形に攻撃を仕掛けた。


「――《парадигм(パラダイム)》! 時よ進めッ!」


 やはり時の加速は異形にも有効なようで、一瞬にして消滅した。

 だが、倒したからといって休む暇はない。

 むしろ今ので周りにいた異形たちが、一斉にこちらに向かってきた。

 

「うぇ!? ま、まずいよこれ!」


 それでもなお、クロエは頑張って戦い続けた。

 しかし一〇体ほど倒したあたりで……クロエはやられてしまった。

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