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引きこもり聖女は闇魔法を極める  作者: 山本エヌ
第3章 グリモア
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68 魔物化

「う……うぅ」


 しばらくするとベルディアは何事もなかったように立ち上がる。

 様子が明らかに怪しい。息は荒く、目は焦点が合っていない。そしてなにより、顔や腕が黒い線のようなものに覆われていた。

 植物の根が地中を掘り進めるように、黒い線はベルディアの体を蝕み続けている。

 

 普通の人間が闇魔法を使えば、大抵は命を落とす。

 稀に生き残ることもあるが、その場合はさらなる苦痛を味わうことになる。

 ベルディアはまさにそれだ。あとほんの少しの時間で闇魔法が体と魂を乗っ取り、『魔物化』してしまうのだ。

 あれだけ憎んでいたはずの魔物に、自分がなる。

 ベルディアにとって、それ以上の苦痛は存在しない。

 

「厄介なことになったな」


「なんとか元には戻せないの?」


 クロエは尋ねるが、グリモアは首を横に振るだけだった。

 

「ああなってしまった以上、もう残された手は一つだけ。完全に魔物化する前に葬ってやるしかない」


「そんな! ボクはやだよ、そんなの!」


「う、うああァあああああ!」


 その時、ベルディアが剣を抜いて襲いかかってきた。

 二人は横に跳び、ギリギリで回避。

 正気は失っているが、斬撃は相変わらずの神速だ。

 なんとかかわせたものの、あと一歩反応が遅れていたら真っ二つにされていた。

 

「そう言っても無駄なものは無駄だ! いまのを見れば分かるだろう!」


 グリモアの言うことはもっともだ。

 しかし、クロエは断じて曲げるつもりはなかった。

 できることなら全員を救いたい。守護精霊のときと同じように。


「いや、まだ手はあるよ。あの魔法(・・・・)で時間を戻せば、ベルディアも元に戻る…………はず」


 断言はできない。けど、諦めるのもまだ早い。クロエはそう思った。

 

 とはいえあの魔法(・・・・)――『парадигм(パラダイム)』を発動させるには、対象に接近して手で触れる必要がある。

 

 つまり剣の達人であるベルディアの間合いに突っ込む必要があるということだ。不可能に近いと言っても過言ではないくらい簡単じゃない。

 

 とにかく、しばらく様子をうかがって……うかがう暇すらなかった。

 

「ウああァあああアア!」


 ベルディアはすぐに第二陣を浴びせてきた。

 闇魔法の侵食が進んでいるのか、さっきよりもずっと攻撃が荒々しい。

 おかげで斬撃は当たらなかったものの、今の一撃で壁が崩れた。

 部屋を隔てるものがなくなり、二つの部屋が一つになる。

 クロエはもう一つの部屋(研究室)へと逃げ込んだ。

 

「う……うゥ……!」


「来ないでぇ……」


 ベルディアは執拗にクロエを狙い続ける。魔導書の元持ち主を殺せば、自分が完全に真の持ち主となれるとでも思っているかのようだ。

 クロエは雑多に散らばる物を投げたりし、ベルディアとの距離を空けることを図る。

 が、そんな作戦は焼け石に水にしかならない。

 二人の距離は刻々と縮まっていく。

 瞬間、ベルディアは剣を振り回し始めた。

 技術もへったくれもない、とにかく刃が相手に当たればいいという滅茶苦茶な攻撃だ。

 しかし、それは確実にクロエを追い詰めていく。

 

(……だめだ、もう逃げ場が……!)


 クロエの背中が、部屋の隅に当たる。

 その時、ベルディアは横に吹っ飛んだ。


「我が主! 今のうちに階段から逃げろ!」


 グリモアが魔法を放っていた。

 確かに今なら、ベルディアが散乱物の下敷きになっているので余裕で逃げられる。

 クロエだけ(・・)ならば。

 

「でもグリモアはどうするの!?」


「私なら大丈夫だ。この命を引き換えにしても――」


「だったらやだ」


 クロエは階段とは逆の方向に走り始めた。棺桶の部屋に戻ろうとしている。

 

「なっ!? 何をやってるんだ我が主!」


「言ったでしょ、誰も死んでほしくないって!」


 こうしている間にもベルディアは態勢を整え直していた。

 さっきと同じように、必死の追いかけっこが始まる。

 だが、クロエは考えなしに逃げているのではなかった。

 さっきとは違って、明確な作戦がある。

 その考えに従い、クロエは物陰に身を隠した。

 

「うおぁァァーーーーーッ!!」


 しかし物陰とはいっても、クロエが身を隠すのはバレている。ベルディアはその物陰ごと叩き切ろうとした。

 

 

 

 ……が、途中で剣を振り下ろす動きが止まった。まるでベルディアの二つの人格がせめぎ合うかのように、腕が小刻みに震えている。

 あちらの研究室とは違って、こちらの棺桶の部屋には文字通り棺桶しか無い。

 そう、クロエが隠れた物陰とは、棺桶のことだった。

 

「……お姉さんのことを盾みたいにして悪いけど、これしか思い浮かばなかった。けどボクは分かってたよ。正気を失ってても、お姉さんのことは斬れないって」


「うぅ、ぐぅ……」


「――《парадигм(パラダイム)》」


 クロエは手を伸ばし、ベルディアに触れた。そして。

 

「時よ戻れ!」


 一時間ほど、時間を巻き戻した。

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