63 守護精霊の伝言
その後、クロエ達は妖精と共に書物庫へ引き返していた。
妖精は、二人の手を借りてもなお守護精霊を救えなかったことに責任を感じている。
「申し訳ありません。お二方の手を煩わせてしまった上、こんな結果になってしまって……。でもきっと、他の方法があるはずです。その時はまたお二方の力を借りるかもしれませんが……」
だが諦めてはいないようだった。
きっと、必ず、別の方法で守護精霊を救う。
そんな言葉を残し、妖精はどこか別の場所へ姿を消した。
「……我が主よ」
グリモアは妖精が完全に見えなくなるのを見計らい、ぽつりとつぶやく。
「どうしたの?」
「あの守護精霊とやらはもう手遅れだ。回復させる方法など万に一つもない」
「そんな! でも妖精さんはまだ諦めてないようだけど……」
「いや。あれは諦めてないというより、諦めるタイミングを見失っているだけだろう。あの妖精も、守護精霊がもはや限界であるのは理解しているはずだ。ただ、認めたくないだけなんだよ」
「本当に……他の方法はないのかな」
「ない。枯れ木にいくら水をやっても元には戻らないのと同じだ」
「う……」
グリモアがあまりに強く言い切るものだから、クロエは何も言い返せなかった。
とはいえ他の良い方法が何も思い浮かばないのもまた事実。
この日はもやもやを残したまま眠るしかなかった。
――同日、深夜。
クロエは近くに誰かがいるのを感じて目を覚ました。
「あっ、す、すみません。起こすつもりはなかったのですが……」
そこにいたのは、なんと守護精霊だった。
妖精が言うには、ずっと清めの間に篭もりっきりのはずなのに出てきたということは……クロエはただならぬ何かを感じた。
「えっ? な、なんでここに?」
「妖精にどうしても言いたいことがありまして……ですが彼女の姿がどこにも見当たらないのです。何かご存知ありませんか?」
妖精は自らを『書物庫の妖精』と名乗っていた。
だから守護精霊も、書物庫を探しに来たのだろう。
しかし書物庫の妖精の行方は、クロエも未だ分からないままである。
「うーん、ボクも分からないよ」
「そうですか……では代わりに、貴女に伝言を頼んでもよろしいでしょうか」
「ボクに……!?」
クロエは戸惑う。果たしてそんなことを任されてもいいのだろうか……。
だが、すぐに迷いは消えた。守護精霊はかなりの覚悟を持って書物庫までやってきたはずだ。
ずっと閉じこもっていた殻を破るつらさは、クロエもよく知っている。
たとえそれがただ単に部屋から一歩出るだけだとしても、だ。
「分かった、妖精にはボクがしっかり伝えるよ」
「ありがとうございます。では妖精にはこう伝えてください。『私の生命をすべて貴女に捧げます。どうか、私の代わりに大聖堂を護ってください』と」
「えっ……ちょっと待ってよ。そんなことしたら守護精霊様はどうなっちゃうの!?」
「当然、私は消えてなくなります」
「だ、駄目だよ!」
「いいんです。そうすれば妖精はこの大聖堂の守護精霊となれます。それに、このままでは大聖堂だけでなく町にも危険が及んでしまいますから」
「全然……よくないよ……」
「私の残り少ない生命で皆さんが救われるなら安いものです。ではクロエさん、どうかお願いしますね」
「……」
クロエはただ黙って守護精霊の遠ざかっていく背中を見つめていた。
守護精霊が限界近いのはグリモアから聞いていたが、いざ本人の口から語られると胸が苦しくなる。
預かった伝言は要するに、一を犠牲に百を救うということ……本当にそれでいいの?
――翌日。
あんな伝言を託されて眠れるほど、クロエの神経は図太くなかった。
目が少しだけ赤くなっているのを、グリモアが気にかけてきた。
「どうしたんだ我が主、その目は」
「いや、ちょっとね。それより妖精さんはいる?」
「いつの間にかテーブルの上にいたぞ」
「――!」
聞いてすぐ、クロエは足を走らせた。
ずっと起きていただけあって、伝言の内容は一言一句覚えている。
まだ諦めていない妖精には気の引ける内容だが……それでも伝えなくてはいけない。
テーブルの上に散らばる本の中心に、妖精の姿があった。
「あ、おはようございますクロエさん。この本は外から借りてきたんです。わたしの体は小さいですけど、一応書物庫の妖精なので。本ならいくらでも運べるんです」
「それより妖精さん! ボク、守護精霊様から伝言を預かってるんだ」
「え、守護精霊様からですか?」
「うん、だからよく聞いて。『私の生命をすべて貴女に捧げます。どうか、私の代わりに大聖堂を護ってください』……って言ってた」
「――! う、嘘ですよね……?」
「嘘じゃないよ。昨日の夜、守護精霊様がここに来たんだ」
「そんな、無理ですよ。守護精霊なんてわたしには……」
妖精は意味もなく本のページを何枚もめくり始めた。明らかにうろたえている。
「そ、そうです。わたし、新しい方法をいくつか見つけてきたんでした。まだ諦めるには早いはずです。だからどうかもう一度……もう一度だけ、手を貸していただけませんか……?」
懇願を続ける妖精。少しの間を置いて、クロエは答えた。
「分かった、いいよ」
妖精は一言礼を告げると、ふらふら飛んで書物庫の出口に向かっていく。クロエがその背中を追おうとすると、いつの間にか隣に来ていたグリモアが耳打ちしてきた。
「本当にいいのか? どうせ無駄で終わるぞ」
「いいんだよ。全部試させて、全部無駄だって分からせる……きっと今はそれしかないんだ」
「妖精にも諦めさせるというわけか。我が主もなかなか染まってきたな」
「ねえ、グリモア」
「なんだ?」
「……ボクはまだ諦めたわけじゃないからね」
クロエはそう言って書物庫を後にし、再び清めの間へと赴いた。




