62 引きこもり精霊
妖精の姿は、クロエとグリモア以外には見えていなかった。
その証拠に、通路ですれ違う聖女達は妖精のことを一切口にしない。
せいぜい引きこもりのクロエが新入りのグリモアと一緒に歩いているのを珍しがってくるくらいだ。
もっと珍しいことが、目の前で起きている……というか飛んでいるというのに。
クロエ達は妖精の背中を追って歩くこと数分、ある場所の前まで案内される。
「ここです。守護精霊様はこの部屋の中にいます」
そこは、以前ベルディアに連れて来られた場所――『清めの間』の手前だった。
あの時と同じように、部屋は堅牢な鉄扉と錠前によって閉ざされている。
「え? どうやって入るの?」
クロエが言った。
清めの間に入るための鍵は、当然のごとく誰も持ち合わせていない。
だが、妖精はそれを気にする様子はまったくなかった。
「大丈夫です。鍵はなくても入れます」
そう言って妖精は、クロエとグリモアの背中を押した。
小さな体のどこにそんな力があるのか、二人の背中には結構な衝撃が走る。
「うわっ!」
押された二人は鉄扉に激突する――ことはなく、そのまますり抜けた。
長い通路と、奥にある聖剣の台座。視界が一瞬にして変わった。そしてここは、間違いなく清めの間の内部だった。
「……これも妖精の力か」
一人納得するグリモア。
妖精も、一足遅れて部屋の中にすり抜けてきた。
「驚かせて申し訳ありません」
「いや、全然いいよ。それより守護精霊様……っていう人はどこ?」
クロエは部屋全体を見渡してみるが、どこにもそれらしき姿は見当たらない。
「いえ、確実にいますよ。きっと台座の裏にでも隠れているのでしょう」
「か、隠れてる……?」
耳を疑う言葉だ。なぜ守護精霊ともあろう存在が、そんな真似を……。
実際に台座に近づいてみると、確かにそこには何かがうずくまって身を震わせていた。
妖精は、その何かの背中に向かってぽそっと呼びかける。
「……守護精霊様」
「ひぃぃーーっ!」
きっとその何かが、守護精霊本人なのだろう。
妖精と違って、サイズは普通の人間と同じ。
しかしハートは極端に小さいのか、飛び上がるほどに怖がっていた。
「魔物が……魔物が、三体も……」
「守護精霊様、落ち着いてください。わたしです。それに彼女達も魔物ではありません」
「あっ……ご、ごめんなさい……」
守護精霊はやっと落ち着きを取り戻し、何度も非礼を侘びてきた。そこに守護精霊としての威厳はまったくなかった。
妖精の言っていたとおりだ。力が弱まっているのは今の行動だけでなく、見た目にも表れている。
頬は痩せこけ、目には覇気がなく、薄茶色の長い髪はツヤが失われている。
あと、天使のような白い翼が生えているのも妖精が言ったとおりだ。
しかしその翼も、色褪せていてせっかくの白翼が台無しだった。
さっき驚いた際に抜け落ちた羽をグリモアが拾ってみるも、首を横に振る。
「これはひどい。ふにゃふにゃすぎて羽ペンには使えないな」
グリモアがつまみ上げた羽は、一瞬にしてへたり込む。それはまさに今の守護精霊の状態を表していた。妖精も、深いため息をついて肩を落とす。
「昔はもっと溌剌としていたんですけどね。今じゃすっかり見る影もありません。ずっとこの部屋の中に引きこもってしまっています」
「なるほど、確かにこれは大変だね」
同じく引きこもりのクロエが言う。重症具合で言えば、守護精霊の方が上だろう。
「お願いします。お二人の魔力で、守護精霊様を元気にしてください」
「うん、分かったよ」
「待つんだ。我が主が手を煩わせる必要はない。魔力を与えるなら私一人だけで充分だ」
そう言ってグリモアは前に出た。
そして守護精霊に手を触れようとした瞬間。
「ひっ! 貴女、よく見ればこの前の方と同じじゃないですか! やっぱり私にトドメを刺しに来たんですね……」
守護精霊はビクッと全身を震わせ、後ろにズズズと下がっていく。
この前というのは、ベルディアに連れて来られた日のことに違いない。
守護精霊の力は最近になって急激に弱まったと妖精は言っていたが、それはあの日からかもしれない……とグリモアは思った。
理由ならいくらでも考えられる。聖剣に触れたことで清めの力を消費した、などなど。
「ああっ、そちらの方もよく見ればこの前の方と同じ……もう私は終わりみたいですね……」
「守護精霊様、落ち着いてください。確かにこの前のお二方と同じですが、彼女達に敵意はありません。それはこの前も今日も同じです!」
「ほ、本当ですか……?」
守護精霊は、今にも泣きそうな顔でクロエとグリモアを交互に見つめた。
「ほ、本当だよ(めんどくさいなぁ)」
「うむ、本当だ(めんどうなやつだ)」
それぞれ思う所が顔に出つつも、本心は変わらない。敵意は本当にないのだ。それを聞いた守護精霊は、再び落ち着きを取り戻す。
「重ね重ね申し訳ありません……。私などのために、わざわざ……」
「そういうのはいい。早く事を済ませよう」
「は、はい。よろしくお願いいたします……」
改めてグリモアは守護精霊の体に触れ、魔力を送り始める。
それは数分にも及び、傍から見ていたクロエや妖精の目からしても充分な魔力が送り込まれているのは分かった。
……のだが、守護精霊には変化がまったく見られなかった。
「おかしい、これだけ魔力を送っているのに。並の人間ならオーバーフローを起こして10回は死んでいるぞ」
「あ、あのっ。もう……大丈夫ですから」
と言って、守護精霊はグリモアの手をそっと離す。それと同時に、グリモアは悟った。
――守護精霊は、もう再起不能なほどに限界近いことを。
魔力供給をやめさせたのは、守護精霊自身もそれが分かっているからなのだろう。彼女の半ば諦めのついた顔が、それを事実足らしめていた。




