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引きこもり聖女は闇魔法を極める  作者: 山本エヌ
第3章 グリモア
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61 書物庫の妖精

 クロエはつまみ上げた小瓶の中身を見つめていた。中には先日作った魔導書用のインクが入っている。この黒色には不思議な魅力があって、ずっと見ていたら意識を飲み込まれそうになる。

 

 まさに永遠の闇が、この一瓶に詰まっていた。

 そして出来上がったのも、この一瓶だけ。

 あれだけ大量に素材があったのに、この一瓶だけなのだ。

 

 とはいえ魔導書一冊を書き切るには充分な量。

 それにもし足りなくなったとしても、クロエなら闇魔法で増やすことも出来る。

 インクと紙が手に入った今、残すは『ペン』だけとなっていた。


「そういえばペンって、やっぱり羽ペンのこと?」


 クロエはグリモアに聞いてみた。

 羽ペン。それは鳥類の羽の根本を万年筆のように削って加工したペンのことだ。

 見た目の美しさも然ることながら、加工もしやすいので広く普及している。

 

「そうだな。だが魔導書用の羽ペンに使う羽は、普通の鳥類からは決して入手出来ないぞ」


「やっぱりそうなんだ。ちなみに具体的に言うと?」


「ペガサスやグリフォン、といった辺りかな」


「どっちも伝説上の生き物だよぉ~」


「む。私が封印される前は、そこら中にいたんだが……時代も変わったものだ」


「はぁ~」


 クロエは顔をテーブルにうずめる。

 最後の関門というべきか、ペンに関しては素材がまったく集まる気配を見せない。

 閉塞感がただよう今日このごろ、クロエはかなり大胆な発想に至る。

 

「そうだ、大聖女様ならきっと物凄い羽ペンを持ってるはずだよ」


「ああ、あの人間か。確かに持ってはいそうだが、どうやって手に入れる?」


「部屋に忍び込んで拝借すればいいんだよ。ちょうど今、大聖女様は婦人会の集まりで温泉旅行中だからね」


 悪い笑みを浮かべるクロエ。


『でもその部屋には鍵がかかっていますよ』


「あ、そっか。どうしよ……ん?」


「どうしたんだ?」


「今――」


 今、明らかに別の誰かの声がした。

 クロエは辺りを見回してみるが、グリモア以外の姿は見当たらない。

 しばらくすると、またさっきの声が近くから聞こえてきた。

 

『こっちです。こっちこっち』


 テーブルの上からだ。

 見ると、手のひらサイズのミニ少女がちょこんと座っていた。

 さらによく見ると、ミニ少女には蝶のような羽も生えていた。

 

「うぇっ!? よ、妖精!?」


 クロエは目を疑った。

 そこにいるのは、まさしく妖精。

 幽霊と並んで特別な人にしか見えないと言われる、あの妖精だ。

 クロエはもちろんのこと、グリモアも妖精を見るのはこれが初めてだった。

 

「信じられないな。まさか妖精を目にすることになるとは」

 

「うわぁすごい、本当に妖精さんなんだよね?」


「そうです。わたしはずっと前からこの書物庫を見守ってきました。言うなればわたしは、書物庫の妖精といったところですね」


「へぇ~、そうなんだ!」


 クロエは妖精に出会えたことに感激し、目にも輝きを取り戻していた。

 さっきまでの閉塞感ただよう空気もどこへやら。

 というか、さっきまで何の話をしてたんだっけ?

 

 ああそうそう、羽ペンだ。

 羽ペン……クロエは妖精の小さな羽をじっと見つめる。

 が、さすがに妖精の羽ではペンは作れそうにない。

 あまりに小さすぎるし、そもそも羽の種類が違う。

 羽ペンに使えるのは鳥類の羽だけ。蝶類の羽では無理だ。

 

「どうしたんですか。わたしに何か付いてますか?」


 クロエの熱い視線を感じた妖精が聞いてくる。

 

「ああいや、ちょっと羽をね」


「む。まさか我が主、妖精の羽を(むし)ってペンを作ろうと考えていたのではあるまいな」


 グリモアが疑惑の視線を向けてきた。

 

「いやいや、そんなことないよ。ちょっと考えただけですぐ却下したから」


「は、羽……ですか……」


 見るからに困惑している妖精。

 そこへグリモアが切り込んでくる。

 

「ところで妖精が姿を現してきたということは、何か特別な事情があるのではないか?」


「は、はい。実はそうなんです。こうして姿を現したのは、お二人にお願いがあるからなんです」


「ほう。お願い、だと?」


 グリモアが聞き返すと、妖精は頭を下げながらこう言った。

 

「お願いします。守護精霊様を助けてくださいませんか?」


「「しゅごせいれい?」」


 聞き慣れない言葉に、クロエとグリモアは共々首をかしげる。

 

「この大聖堂を長年お護りしてきたお方です。数十年ほど前から力は弱まりつつあったのですが、なぜか最近になって特に……このままでは破邪の力が失われ、大聖堂や周りの町に魔物がどんどん侵入して来るようになってしまいます」


 妖精が言ったことをまとまると、守護精霊とは大聖堂の象徴かつ守り神的存在らしい。

 破邪の力が弱まっているというのも、最近あったデビルシープの侵入を思い出せば辻褄が合う。


「そこで、お二人の膨大な魔力を少し分けていただきたいのです」


「だいたいわかった。しかし本当にいいのか?」


 グリモアは頷きつつも、妖精に聞き合わせる。

 

「知ってはいると思うが、我々は闇魔法を使う者だ。そんな者の助けを、光の象徴である守護精霊とやらが受けていいのか?」


「承知の上です。守護精霊様を救うためなら手段は選びません」


「手段は選ばない、か。いい言葉だ。我が主はどうする?」


「ボクはまだ全然わかってないけど……うん、いいよ。この大聖堂のためだもんね」


 クロエも頷いた。

 すると妖精は羽を羽ばたかせ、文字通り飛び上がって喜んだ。

 

「ありがとうございます! ではわたしに付いてきてください!」


「あ。ちょっと待って、その前に聞きたいことがあるんだけど」


 クロエは妖精を呼び止める。

 

「その守護精霊さんって、羽は生えてるの?」


「……なぜそこまで羽に拘るんです?」


 妖精は微妙な顔をしながら、「まあ一応」と答えた。

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