55 尾行開始
大聖堂の中庭広場。
手入れされた芝生と噴水が魅力的な、聖女達の憩いの場。
四方の廊下とは途切れず面しており、壁代わりに立ち並ぶ石柱の間を抜ければ中庭に出られる。
クロエとグリモアは柱の陰に隠れて、中庭で鍛錬中のベルディアを注意深く見ていた。
剣を振ることに夢中なのか、グリモアの魔力気配消しが上手くいっているのか、こちらに気付いている様子はまったくない。
「傍から見れば聖女なのか剣士なのか分からない人間だな」
グリモアはそうぼやくのと同時に、ベルディアの強さにも納得がいっていた。
尾行開始からすでに一時間。
その間ずっと、鍛錬を続けていた。
尾行前も含めれば鍛錬時間はさらに多いだろう。
「それにしてもなんだか……飽きてきちゃったよ」
クロエはあくびをしながら言う。
「そう言うな。尾行とは忍耐力との勝負なんだぞ」
「うーん、でもさぁ。こんな調子じゃ弱みなんて握れないと思うよ?」
クロエの言った通り、ベルディアは鍛錬をしているだけなので弱みを見せる要素が皆無だ。
むしろクロエ達は、ベルディアの強みをずっと見ていただけに過ぎなかった。
「もう少しだ。もう少しすれば鍛錬が終わる。だから頼む、その時まで待ってくれ」
「あれ? 何をやっているのですか?」
「「――!!」」
クロエとグリモアは、背後から聞こえた声でビクッとした。
ベルディアを見張ることに集中しすぎて、廊下を誰かが通ることを失念していた。
二人は、恐る恐る後ろを向く。
幸いなことに、声をかけてきたのはユノだった。
「クロエ様、それにグリモア様ですよね? 柱に張り付いていったい何を?」
「え、えーっと……ボク達、ベルディアの剣さばきを観察してたんだよね。ははは……」
「そ、そうだ。こっそり見ているのがバレたらまずい。だから今は話しかけないでくれ」
必死に誤魔化すクロエとグリモア。
ユノの声がベルディアまで届けば、クロエ達の存在が気付かれるのも必然。
しかし、ユノからは思いがけない言葉が返ってきた。
「あの、わたし達以外には誰もいらっしゃいませんけど……」
「え?」
二人は再度振り向き、中庭に目をやる。
ユノの言ったとおり、ベルディアの姿はなくなっていた。
噴水が石を打つ音だけが、ただ鳴り響いている。
「しまった。目を離してる隙にどこかに行っちゃったんだよ」
「だがまだ近くにいるはずだ。急ぐぞ我が主!」
「うん!」
ベルディアの足取りを掴むため、二人は足早に去っていった。
ユノはただ一人、何が何だか分からないまま取り残される。
「……行ってしまいました。クロエ様にこの本のことを尋ねたかったのですが……」
その手には、タイトルのない不気味な黒い本があった。
ある通路にて、クロエ達はベルディアの後ろ姿を再度発見した。物陰から物陰へと移動し、後を追う。
「どこに向かってるんだろう……」
ふとクロエはつぶやく。
今いる場所は大聖堂のかなり端の方。
ベルディアが歩く通路の先には、特に何かがあるわけではない。
しかし、明確な行き先があるような歩き方をベルディアはしていた。
「むっ。どうやらあの部屋に行くみたいだぞ」
いっそう注意を深めるクロエとグリモア。
ベルディアはドアのない部屋に入っていく。
それを見届けると、二人は絶対に足音を立てないようその部屋へ近づいていった。
ドアがないのは幸いだ。中の様子がはっきりと見られる。
二人は部屋入口の縁から顔を少しだけ出す。
「むっ……どういうことだ? あの人間がいないぞ」
「いやいや、そんなまさか……ほんとだ」
二人は少しだけ顔を出した状態のまま部屋を見渡す。
いったいなぜ、ベルディアがいない?
部屋は至って殺風景。隠れられる場所など無い。そもそも隠れるのも変な話だ。
「仕方ない。入って確かめてみるか」
「えぇー……ちょっと怖いよ」
と言いつつクロエもしっかり部屋に足を踏み入れていく。
本当に何もない部屋だ。ヒビの入った石床には決して薄くない埃が積もっていることから、長年使われていないことがうかがえる。
クロエは歩き回っているうち、何かを見つける。
「あれ?」
「どうしたんだ我が主」
「ここの床だけ少し変なんだよ」
「何だと!?」
クロエが言う石床を、グリモアも踏んで確かめる。
下に空洞があるような感じがあった。
「むっ? この床、動くぞ」
身をかがめ、石床を色々触るグリモア。
するとゴゴゴ……と床の一部が動き出し、穴が出現した。
その穴の先は、終わりが見えないほどに長い階段が続いていた。




