51 闇の聖女と闇を憎む聖女
クロエは書物庫の本棚を片っ端から漁っていた。
「これじゃない。これじゃない。……これでもない」
本を取り出せば取り出すほど、そばにある本で出来た塔は高さを増していく。
その様子を、儀式から帰ってきたグリモアが目にする。
「何を探しているのだ?」
「魔導書にするための本だよ。何も書かれてない無地の本が確かこの辺にあったはずなんだけど」
「なるほど。失われた魔導書を一秒でも早く取り戻したいというその心意気、実に感心する」
「でしょー? グリモアも手伝ってよぉ」
「しかし我が主よ。魔導書というのは、普通の本に普通に文字を書いても作れないぞ」
「……えっ」
どさーっ。
積み上げていた本が一気に崩れた。
同時に、クロエのやる気も崩れた。
「魔導書は普通の本とはまったく異なる物。我が主もそれを感じただろう」
「あー、なんとなく」
「当然、素材とする紙もインクも、そしてペンも特殊な物を使う」
「例えば?」
「そうだな。私が魔導書を作るときに使ったインクは、クラーケンの墨にコウモリの生き血を混ぜて熟成させた物だったかな」
「うへぇぇ……もっと平和的に作れないの?」
「もちろん他に方法はある。ただ、基本的に使うのは魔物の素材なのは覚えておくといい」
「そっかぁ、魔物の素材ね……」
思ったより大変そうで、クロエはがっくりと肩を落とす。
ふとグリモアに目をやると、聖女の法衣ではなく、ひらひらしたパジャマのようなローブに着戻していることに気付いた。
「あれ、そっちにしたんだ」
クロエはそのローブを指差して言う。
「服装は自由らしいからね」
グリモアの言う通り、実は聖女の服装は自由だ。
しかし、支給される法衣を着ている方が外部の人間から区別が付きやすいので、グリモアのように別の服を着ている聖女は稀である。
「ボクもそっちの方がいいと思うよ。パジャマみた――」
「断じてパジャマではない」
「……(は、速いッ)」
「この話はもういいだろう。それより我が主に聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
「ベルディアという人間を知っているか?」
「うん、もちろん知ってるよ。けどその人がどうしたの?」
「気をつけるんだ。あの人間は我々の敵かも知れない」
「なんで? あの人はちょっと怖いけど優しい人だよ?」
「……じきに分かるさ」
「?」
何を言ってるんだろう、とクロエが思ったその時。
ズズズ……。
微かな地鳴りと音を感じた。
遠くの方、壁か何かが崩れる音。
もし大聖堂の外壁が破壊されたなら一大事だ。
「なに、今の!」
「落ち着くんだ我が主……むっ? 脳内に直接声が響いてきたぞ……これは何だ?」
「たぶん、伝言魔法だよ。聖女同士で連絡を取り合えるんだ」
「なるほど、便利な魔法だ。これならあの儀式をやった意味もあるな」
「それで、なんて言ってる?」
「この建物内に魔物が侵入したらしい」
「魔物が!? そりゃ大変だ、今日はここに引きこもってよう」
「今日に限らず我が主は常に引きこもっているだろう。けどいいのか? 情報によると出現した魔物はデビルシープ……そいつの皮は魔導書の紙の素材になるぞ」
「ふぅん、紙に……羊皮紙ってやつ? よし、パパッと倒してパパッと皮を貰ってこよう!」
「いい返事だ。微力ながら私もお供するよ」
二人は書物庫を出て、魔物が出現した場所へと向かった。
魔物を下手に刺激すれば暴走しかねないため、戦闘開始は礼拝者の避難が完了してからとのこと。クロエ達にとって、それは好都合だった。
先に倒されてしまえば皮を拝借するチャンスがなくなる。
そしてクロエ達が魔物が出現した場所――大礼拝堂に到着したときにはすでに、礼拝者の避難はほとんど終わっていた。
「いたぞ。あれがデビルシープだ」
二本の足で立つ、大型の黒い羊。
そんな悪魔のような見た目をした魔物が、大礼拝堂の中央で凶悪な雰囲気を放っていた。
「うわぁ本当にいるよ……というかここ、魔物に狙われすぎだよね」
クロエ達は大礼拝堂の入口扉手前で様子をうかがう。
デビルシープはほとんど動いておらず、背中を向けているのでこちらの存在にもまだ気付いていなかった。
そのためクロエは攻撃の態勢に入る――が。
「待つんだ我が主」
グリモアがそれを制止する。
「え……?」
「あの大広間の中にいるのはデビルシープだけではなかった。もう一人……ベルディアもいたのだ」
「ベルディアが?」
クロエはグリモアが指差した方を見る。
魔物の背中で死角になっていたが、確かにそこにはベルディアの姿があった。
構えた長剣と鋭い眼光で、魔物を絶えず威圧し続けている。
「あの人間、なかなかの手練のようだ。凶暴なデビルシープを気力だけで押さえつけている」
グリモアがそう言った途端、ベルディアは動き出す。
それと同時に魔物も咆哮を上げ、両者の激しい攻防が始まる。
やがて一点の隙を見つけたベルディアは、とどめの強力な一撃を胴体に放った。
魔物は仰向けになって倒れ、ベルディアは剣に付いた血を払った。
その光景が、クロエには一瞬の出来事のようにしか見えていなかった。
「す、すごい……」
「感心している場合じゃないぞ。早くしないと素材の回収ができなくなる」
「あ、そっか」
魔物の素材は回収できる時間が限られている。
一定時間が過ぎれば黒い霧となって消えてしまうからだ。
それに何よりも魔導書作成のため。
思い描いている形ではなかったが、目的の物が目の前に転がっている状況を見逃すわけにはいかない。
頼めば少しは素材を分けてくれると考え、クロエはベルディアの前に姿を現した。
「……クロエ? なぜ君がここにいる。危険だから早く離れなさい」
「ご、ごめん。偶然通りかかったらベルディアが魔物を倒してるのを見かけてさ。それでよかったら、その魔物の素材を少し貰えないかなって」
「魔物の素材を? 残念だがそれは出来かねる」
クロエが「どうして」と聞き返すよりも早く、ベルディアは剣を振り下ろす。
魔物の亡骸は黒い霧と化し、跡形もなく消え去った。
「闇魔法によって生まれた物はこの世界から根絶しなければならない。魔導書や魔道具……そして、すべての魔物をだ。かけらさえ残すつもりはない」




