49 生き返りました
「ぷはぁっ! い、生き返った……」
いつもの書物庫に帰ってきた。
早速クロエは自分の体に入り込み、目をバチッと開けて起き上がった。
手の平は半透明じゃない。
ちゃんと物にもさわれる。
ああ、戻ってこれたんだ。
幽霊になってあちこち飛び回るのもいいけど、やっぱり地に足をつけて歩くのが一番――と、クロエは普段から大して歩かないのにも関わらずそう思った。
「それでグリモア、これからキミはどうするつもり?」
「どうするもなにも、私は我が主に付き従うまでだが?」
「つまり、いつもボクと一緒にいるってこと? うーん、それは困ったなぁ」
「困った、とは?」
「誰かに見られたら絶対面倒なことになるでしょ?」
「なんだそんなことか。別にいいじゃないか、その程度のことなど」
「ボクにとってはよくないの!」
クロエは考え込んだ。
グリモアと一緒にいるのを見られたら、とりわけエリシアかライナあたりに見られたら確実に説明を求められる。
かと言ってグリモアの存在を隠し続けるのも不可能だ。
……グリモアを、大聖堂の聖女の一員に装う?
いやいや、大聖堂の聖女は数多しと言えど、全員が全員の顔を覚えている。
だからこの方法も不可能。
そう思った瞬間だった。
クロエの脳裏に、逆転の発想が芽生える。
全員が全員の顔を覚えているなら、それを逆手に取ればいい、と。
「ねえ、今から言うことに協力して欲しいんだけど」
クロエはグリモアにささやく。
「……なるほど、心得た。他ならぬ我が主の頼みだ、もちろん協力しよう」
◆
ちょうど昼下がりの大聖堂。
書物庫へ続く廊下を歩くのは、赤い髪の聖女ライナだった。
書物庫には特に用はないが、時間を持て余したので行こうとした次第である。
「……ん?」
書物庫に入ってすぐ、ライナは異変に気付いた。
いつもいるはずのあの人物の姿がなく、代わりに見知らぬ少女が退屈そうに本を読んでいたのだ。
最初は外部の人間かと思った。
この書物庫は大聖堂の最奥にある辺境とは言え、一般に開放されている場所なのだ。
だから時々そういう人が訪れる。本好きというか、物好きな人間が。
だが、そこにいた少女は法衣に身を包んでいた。
他ならぬ大聖堂の聖女たる証拠である。
なのでライナは頭をフル回転させたが、それでも彼女に関する情報は何も思い出せなかった。
自分とは同い年、あるいは2、3つ年下くらいの歳の近さに見えるのに、名前の一文字も思い出せないのだ。
「えっと……貴女、どなたでしたっけ?」
ライナはそれとなく聞いてみた。
「…………」
しかし、返事は返ってこなかった。
相変わらず退屈そうな表情で、ページをぱらぱらとめくっている。
(なっ……! このわたくしが恥をしのんで聞いたといいますのに……!)
ライナはギリリと歯を噛みしめる。
自分より(たぶん)年下の少女に無視されたのが、最高に腹が立ったのだ。
こうなったら、なんとしてでも素性を明かしてやりたい。
ライナは机をバンッ!と叩き、少女に詰め寄る。
「貴女ねぇ! このわたくしをどうして無視しますの!? というか誰なんですの貴女いったい!」
「…………」
しかし、またしても返事は返ってこなかった。
無視というより、まるでそこにライナなど存在しないかのように振る舞っている。
(うっ……。さすがにこんな聞き方では誰も答えてくれませんわよね……)
ライナは感情的に怒鳴ってしまったことを反省した。
頭が冷えたついでに、今度は優しく聞いてみる。
「あの、貴女のお名前をうかがってもよろしくて?」
「……………………」
時計の秒針が一周した。
なおも返ってくる返事は無し。
(もしかしてわたくしは幽霊と話そうとしてるのかしら。昨晩もなんだか幽霊騒ぎがあったそうですし……)
ライナは怒りに震える握りこぶしを背中に隠しながら、そんなことを思っていると。
「……あれぇ? なんでライナが来てるの?」
背後から声がした。
振り向いてみると、そこにはクロエが立っていた。
だらしなく目を擦っていることからして、いま目覚めたばかりらしい。
ふと時計を見てみると、とうに昼間は過ぎていた。
「あら、わたくしが居ては不満かしら?」
「そんなことないよ。ただ聞いてみただけ」
クロエはそう言って、自然体な感じでするりと少女の隣に座った。
元々クロエが彼女を知っている故の自然体なのか。
それとも、クロエには彼女が見えていない故の自然体なのか……。
(まさか、本当に幽霊!?)
最初は端から信じていなかった幽霊説。
しかし少しでもその可能性が浮上した途端、ライナの背筋は凍った。
「……ね、ねえクロエ? 貴女、隣にいる彼女が見えてます?」
ライナは恐る恐る小声で尋ねる。
それに対してクロエは普通の声量でこう返した。
「何言ってるの?」
まさに正論だった。
正論すぎて、返す言葉もない。
ライナが黙っていると、クロエはさらに言葉を続ける。
「あれぇ? そんな事聞いてくるってことは忘れたんだ。ウワーヒドイナー。ね、キミもそう思うでしょ?」
「……(こくり)」
頷く少女。というかグリモア。幽霊説(笑)が崩壊した瞬間でもあった。
「そ、そんなことありませんわ! ええ、もちろん覚えておりますわ……!」
しかしライナがそれ以上言葉を続けることはなかった。
当然だ。グリモアとは初対面なのだから。
だが聖女達の暗黙の了解――仲間の名前を忘れるのは最低の無礼にあたる、というのがライナを意固地にさせていた。
(……ふふふ、いい感じいい感じっ)
そしてこれがクロエの作戦だった。
名前が分からなくて慌てている所に、優しく名前を教えてあげる。
そうすればグリモアの存在を思い込ませられる。
グリモアが前からいたと、錯覚させられる。
完璧!
こっそりとクロエは親指を立てる。
この作戦のために、グリモア用の法衣を拝借したりもしたのだ。
経過は実に順調。
完璧!!!
……と思っているからこそクロエは気付くことはないだろう。
この作戦が、さっき嫌ったばかりの洗脳に近いことに。
そして、意外と穴だらけであることに。
相手がライナだから上手くいっているだけである。
閑話休題。
一応作戦は大詰めを迎える。
「えーっと、あの、そのぅ」
「しょうがないなぁ。特別に教えてあげるから、ちょっと耳貸して」
「……グリモア? ああそうそう、そんな名前でしたわ! 変わった名前ですからもう二度と忘れることはありませんわ!」
それを聞いてクロエは一瞬にやりと笑った。
まずは一人、ライナが落ちた。
(……ふふふ。あとはライナを伝って、ねずみ算的にグリモアの存在が知れ渡っていくはず。ボクが動くのはこれが最初で最後。あーなんて楽チンなんだー)
と、クロエが自画自賛モードに入った瞬間だった。
三人の前に、いつの間にか書物庫に来ていたエリシアが姿を現した。
「やっぱりここにいたのねライナ。貴女に少し用事が……?」
言葉の途中でグリモアの存在に気付き、ライナは不審な目を向けた。
「……誰?」
それは当然の反応だったが、クロエとライナは「え!?」と思わず声を上げていた。
「まさか、仲間のことを忘れちゃったの!?」
「どう考えても初対面じゃない。どこから連れてきたのよ」
エリシアの言葉を聞いた二人は「あわわ……」と動きをシンクロさせる。
「ひどいよエリィ!」
「まさか貴女!」
「この前歓迎パーティーやったばかりなのに忘れたの!?」
「わたくし達の大先輩の名前を忘れてしまいましたの!?」
「……発言が食い違ってるわ」
エリシアはため息をついた。
これでライナにも嘘がバレ、クロエは説明を求められる。
当然クロエはあたふたするばかりで、それを見かねたグリモアがついに沈黙を破った。
「……仕方ない。我が主に代わって私が全てを話そう」




