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引きこもり聖女は闇魔法を極める  作者: 山本エヌ
第3章 グリモア
47/88

47 世紀の大英雄

 血染めの月。

 それは数十年のサイクルで発生する自然現象――災厄だが、闇魔法の使い手にとっては癒やしの光に等しい。

 かつてグリモアは血染めの月に魔力上昇の効果を見出し、せっかくなので魔法でいつでも発動できるようにしたというわけである。

 今は深夜0時を回った夜中。

 赤い月光に照らされた夜の町を、二人は滑空するように駆けていた。


「夜中だからってさ、誰にも見つからないってことはないでしょ。絶対あした大騒ぎになってるって」


 クロエは少し前を行くグリモアに尋ねる。

 

「問題ない。私の力が完全に元に戻れば、この町の人間全員の記憶を操作することなど容易いからね」


「うわぁ、すっごい物騒」


「ならば他にどんな方法が?」


「…………」


 クロエは何も言い返せなかった。確かに他に良い方法はない。せいぜいゾンビを早く倒して一人でも目撃者を減らすことくらいだ。

 

「そういえばゾンビあんまりいないね」


 クロエはふと呟いた。

 前回のような血染めの月と違って、ゾンビはポツポツとしかいない。

 こうやってグリモアと余裕綽々でお喋りできるのもゾンビの数が少ないおかげだ。

 

「それは前回発生時からあまり日にちが経っていないせいだね。我が主もご存知の通り、ゾンビは死者の魂によって造られる。数ヶ月しか経っていないなら数ヶ月分のゾンビしか出てこないってことさ」


「え、じゃあさっきまで倒してたゾンビは……この数ヶ月の間に死んだ人ってこと?」


「いいや、少し違う。彼奴らは魂を借りただけに過ぎない別物だ。だから我が主が気に病む必要なんてこれっぽっちもないぞ」


「うーん、そうは言うけどさぁ」


「ならば弔いの意を込めて全力で葬ってやるといい。ほら、噂をすれば出てきたぞ」


 ちょうど曲がり角を曲がった時だった。

 二人の眼前に、一匹のゾンビが現れる。

 クロエは早速手の平を突き出し、魔法発動の態勢を取るが、どういうわけかその態勢のまま動こうとしない。

 あることに気付き、確かめてみるためだった。

 

「そういえばボク今、幽霊なんだよね。てことはゾンビの攻撃なんて食らわないんじゃない?」


 クロエは自分のことを無敵だと思っている。

 確かに幽霊の体ならばどんな壁だってすり抜けられるし、その理屈ならゾンビのひっかきも効かなさそうである。

 あくまで理屈では。

 

「気を付けろ我が主。死者による攻撃は普通に食らってしまうぞ」


「ええ! うそ!?」


 思いっきり余裕をかましていたクロエに、ゾンビのひっかきが入る。

 痛みはなかったが、代わりに半透明の体がさらに半透明になった。

 このままダメージを負い続けて透明になった瞬間――どうなってしまうかは想像に難くない。

 

「そういうのは最初に言っといてよ!」


「……聞かれなかったからね」


 この後、クロエは難なくゾンビを撃破。

 それと同時に町全体を覆っていた不気味な気配が晴れた。

 

「どうやら今のが最後の一匹だったみたいだ」


「はー、つかれたっ。じゃあもう帰っていいよね?」


「ん……ちょっと待ってくれ。今、新たなゾンビの気配が現れた。しかも……かなり強力な気配だ」


「えー! まだ帰れないの!?」


「おそらく次ので本当に最後だ。もうひと踏ん張りだよ、我が主」


「はぁ。しょうがないなぁ」


 体を元に戻してもらうため渋々了承するクロエ。

 その後クロエはグリモアに連れられ、町の広場を目指す。

 すると広場に到着するまでもなくゾンビの姿が確認できた。

 かなりの巨体だったからだ。

 

「なんダァ……貴様ラァ……」


 巨大ゾンビの口から、熱気のこもった白い息が吐かれる。

 しかもその右手には、鉄の塊のような大剣が握りしめられている。

 明らかに普通のゾンビとは一線を画していた。

 

「うわ、喋った。ゾンビなのに」


「……驚くポイントはそこかい?」


 グリモアには呆れられつつも、クロエは臨戦態勢に入っている。

 そのおかげか、巨大ゾンビの大剣に刻まれたトカズミ(ソウ)の紋章に気付けた。

 

「あれ? あの紋章、何かの本で見たことがあるよ。えーとたしか……」


「かの大英雄、ライオネル一族の家紋だね」


「そうそう、それそれ。ていうかそのライなんとかさんって人、死んじゃってたの!?」


「目の前の状況からしてそうだろう。おそらく彼はライオネル8世。この町に隠居していた元騎士団団長で、つい先月100年の天寿をまっとうしたそうだ」


「へぇ。封印されてたのに詳しいんだね」


「私ほどの力を持てば、この程度の情報収集などわけないのさ」


「へ、へぇ……」


 いったいどんな原理なんだろう、などとクロエが思う暇はなかった。

 次の瞬間、ライオネルゾンビが大剣を振り下ろしてきたのだ。

 

「貴様ラァ。我に何の用――ヘァッ!」


「《йаган(ネラス)》」


 しかしグリモアが幻惑魔法を発動させ、ライオネルゾンビを夢の世界へといざなった。

 ズシィィィンと豪快な音を立てて巨体が地面に倒れる。

 

「我が主との大事な大事な世間話中だ。邪魔しないでいただこう」


 グリモアはライオネルゾンビを一瞥し、再びクロエに目を戻す。

 

「さて我が主よ。あのデカブツ……一人でやってみてくれないか? 我が主の実力を、もう一度この目に焼き付けておきたいんだ」


「ええっ、ボク一人で倒せって!? むりむりむりむり、あんなでっかいの!」


「心配するな。我が主は私の封印を解けるほどの魔力の持ち主なんだぞ」


「思ったんだけどさ、それってすごいことなの? なんか、試しにやってみたら出来ちゃったってだけなんだけど」


「な、なんだって!? 私が封印解除のために設定したありとあらゆる条件を、なんと我が主は息を吸って吐くかのごとく突破したというのか!」


 グリモアは力説めいた称賛を続ける。

 なんだか分からないが、とりあえず凄そうなのだけは分かった。

 そしてもう、断れる空気でもなかった。

 

「分かったよ。やるよ。ボク一人でね」


「よし。では奴を目覚めさせよう。……(カスッ)」


 グリモアは指で何かしようとしている。

 たぶん、指パッチンしてかっこよく起こそうとしているのだろう。

 だがグリモアは下手なのか、何回やってもカスッというカスみたいな音しか鳴らない。カスッ、カスッ……。

 

「無理して鳴らさなくてもいいんじゃない?」


「ふ、封印されている間に感覚を失ってしまったようだ」


「嘘だ。最初から出来ないくせに」


「おっと、私を見くびらないでいただこう……パチン!」


 ついにグリモアは口で「パチン」と言った。

 すごく締まりがないが、これでライオネルゾンビは目を覚ました。

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