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引きこもり聖女は闇魔法を極める  作者: 山本エヌ
第3章 グリモア
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46 外への第一歩は幽霊の足で

 霊と化して慌てふためいていたクロエも、しばらくすれば落ち着きを取り戻していた。

 

「それで? ボクをこんなにしてどーするつもり?」


 全身をふよふよ浮かせながらクロエは問う。

 

「もちろん我が主を外へ連れ出すためだよ。それも、出来るだけ我が主の希望に沿う形でね」


「どういうこと?」


「ここに肉体を置いていけば外に出たことにはならないだろう?」


「確かに!」


「ふふふ。忘れたわけではあるまい、私が従順なるしもべであることを。そんな私が主の嫌がることをさせるはずがないだろう」


「……でも、これって結局は外に出てない?」


 途端に冷静になったクロエが核心を突いてきた。

 これには思わずグリモアも「うっ」と声を上げる。

 

「じ、実質外には出てないだろう?


「実質、ねえ……」


「そう! 実質! ということで外で待っているぞ我が主ぃ~~!」


 逃げるように、グリモアは天窓を突き破って外へ出ていった。

 はぁ。クロエはため息を一つ。

 あの窓、割られるの何回目だろう。

 かわいそうに。

 

「……仕方ない、か」


 クロエは半透明の体を浮かせ、書物庫の天井をすり抜けていった。

 

 

 

 

 

 今は夜。

 クロエとグリモアは大聖堂の一番高い所――中央塔の、トンガリ屋根の先端に立っていた。

 少し下を見れば、月光に照らされた町全体が見渡せる。

 クロエが初めて見る外の景色は、実に壮観なるものだった。

 

「ボク、高い所は苦手なんだけど、今はそんなに怖くないかな」


「そりゃあ幽霊になったからね。落ちても痛みを感じないなら、恐怖も感じることはないだろう」


「あー、やっぱり? てっきりボクは高所恐怖症を乗り越えたかと……」


「それよりも我が主。あんなに嫌がってた割にはずいぶんあっさり来てくれたじゃないか。外に連れ出そうとした私が言うのもなんだがね」


「だって言うとおりにしなきゃ元に戻してくれないんでしょ? 幽霊の体も悪くないけど、物に触れないんじゃ本も読めないからね」


「なるほど。では無駄話もここまでにして、早速取り掛かろうか」


「いったい何をするつもりなの?」


 クロエが尋ねると、グリモアは人差し指を天高く掲げた。

 

「上を見てくれ我が主。そこには何がある?」


「何って……月?」


「そう。これからやろうとしているのは、闇魔法で『血染めの月』を強制発動させることだ」


「……へぇっ!?」


 血染めの月。

 クロエは耳を疑った。

 血染めの月と言えば、数ヶ月前に発生したばかりなので記憶に新しい。

 何十年かに一度訪れる、月が真っ赤に染まる日のことだ。

 

 しかもただ赤くなるだけではない。

 妖しい月光に反応して、死者がゾンビとなって湧き出る災厄の日でもあるのだ。

 

 そんな『血染めの月』を発動させる?

 いったいなんのために?

 

 するとグリモアは、心を読んだかのようにその疑問に答えてきた。

 

「それはもちろん、私の魔力を完全回復させるためだ。血染めの月が放つ月光には濃い魔力が含まれている。我が主も、その効果をなんとなくは感じたのではないか?」


「心当たりはあるかも」


 クロエは以前、血染めの月が発生した時のことを思い出していた。

 その時はどういうわけか、今ほど力が無かったのにも関わらず上級魔法の発動に成功した。

 それはどうやら、血染めの月によって一時的に魔力が強化されていたかららしい。

 闇魔法に関する謎の一つが解明された瞬間だった。

 

「まあ、そのせいでゾンビ共が湧き出るのも確かだがね。物事には良いこと悪いこと両方があるものさ」


「つまり、ボクを連れてきたのはゾンビ退治を手伝ってほしかったから?」


「そういうことだ。心の準備は出来ているか?」


「うん、いつでも」


「では発動する。上級魔源術、序列の九十三番――《моонлигхт(メアネラクト)》!」


 グリモアは月に手をかざしながら魔法を発動した。

 空の色は、徐々に漆黒の闇から赤紫色へと変わっていく。

 そして大聖堂の時計台の針が0時を差したその瞬間、月は血の色に染まった。

 

「ふぅ、上手くいってよかった。万全な状態ではないとはいえ、上級魔法の一つも発動できないようでは開祖の示しがつかないからね」


「うわ、本当に血染めの月になっちゃった」


「おや? その様子だと、血染めの月を発動させる魔法を知らないみたいじゃないか。我が主は全ての闇魔法を熟知しているはずでは?」


「いや、そうなんだけどさ……」


 クロエは苦い表情を浮かべた。

 確かに闇魔法のことならグリモア並に詳しい自信はある。

 魔導書の93ページに書かれていた魔法が『моонлигхт(メアネラクト)』であることも知っている。

 

 ただ、肝心の内容が

 

 

 ――上級魔源術、序列の九十三番《моонлигхт(メアネラクト)》。闇の乾きを潤すは紅き水。この術を詠唱すれば、闇夜の空は紅と混じり、根源たる魔力の素が地に降り注ぐだろう。闇は、そなたの味方だ――

 


 と、かなり抽象的で意味不明だった。

 この魔法に限らず、上級魔法は得てしてそんな傾向がある。

 上級であるがゆえに難解な文面にせざるを得ないのか、はたまたグリモアが勢いに任せて書いた結果がこれなのか。グリモアの性格からして、後者が濃厚そうだ。

 せめて「月」という単語があったならどんな魔法か分かったかも知れないのに。

 

「ねえグリモア。雰囲気も大事だけど、やっぱり分かりやすさも同じくらい大事だと思うよ」


「……? 何を言ってるのかな、我が主は」


「……。いいや、別にー」


 こうして二人は塔を下り、ゾンビ退治のために町の中へと向かった。

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