43 ようこそ上級の世界へ
「クロエちゃんもあの鬼を倒せるはずだよ。だって、そのための力をクロエちゃんは持ってるんだからさっ」
そう言い残し、アリスは戦線から離脱した。
鬼を倒せる力? そんなの本当に持ってるの?
クロエは考えた。心当たりなら……ある。
闇魔法だ。
鬼は鬼神刀でしか倒せないらしいが、闇魔法だって九十九種類もある。
だったら一つくらい、使えそうな魔法があったっていいじゃないか――クロエはそう考え、有効打となる闇魔法を探し始めた。
手元に魔導書はないが、何周も何周も読み返したクロエの脳内には全てのページが記憶されている。
なので一つの可能性を導き出すのには、そう時間は掛からなかった。
(あった、これならいけるはず! けど……)
しかし、同時に浮かない顔もしていた。
「む? どうかしましたか黒衛殿、何か不安事でも?」
「うーん、鬼を倒す方法は見つかったんだけど……うまくいくか不安でね」
なぜなら、その魔法はかなり後半のページ――八十ページ以降の、上級に属する魔法だったからだ。
以前、黒い大渦を発生させる魔法なら一度だけ成功したが、本当にそれっきりだ。以降は同じようにやっても、十分の一以下の力しか発揮できなかった。まるで黒いタンポポのようにしかならなかったのである。
「大丈夫ですよ、アリス殿の言葉を信じましょう。そして自分のことも信じるのです! 日々の鍛錬や研究は嘘をつきません!」
「……!」
桃太郎の励ましで、クロエの何かが吹っ切れた。
確かに上級魔法はあれ以降うまくいっていないが、その代わりに他の魔法なら何度も練習した。おかげで序列の七十九番以前の魔法なら全て使いこなせるようになった。
それに付随してか、闇魔法の魔力も上昇した気がする。
途端に、やる気と自信が湧いてきた。
なんだかいけそうな気がする!
「そうだね。ボク、やってみるよ」
「おお、黒衛殿!」
「というわけで、ちょっとそれ貸して!」
「……えっ?」
クロエは桃太郎が持っている鬼神刀をひょいと取り上げた。
貸してと言った割に一方的な強奪。桃太郎も思わず呆然としている。
だがそんなことなど気に留めることなく、クロエは目を閉じて魔法の詠唱を始めた。
「上級幻影術、序列の八十七番――《дурё》」
感触良好。
成功した手応えが、バッチリある。
ゆっくりと目を開いてみると、やはり望んだ結果が待ち受けてくれていた。
――鬼神刀が、二本。
「むぉ!? く、黒衛殿、それはいったい……」
「これがボクの答えだよ。鬼を倒すにはこの刀が必要。けど、これは一本しかない……なら、もう一本作ればいいんじゃないかなってね」
正確には『作った』のではなく、『複製した』である。見た目や大きさはもちろん、『鬼を倒せる』という特別な能力すらも。この瞬間から、鬼神刀が鬼を倒せる唯一の一振りではなくなった。
「ありがとう、刀は返すよ。えーとさっき借りた方は……こっちだったかな」
「あ、これはこれはどうもご丁寧に。しかし、今のは本当に驚きましたよ黒衛殿!」
クロエは刀を返す傍ら、今使った闇魔法の真の恐ろしさに気づき始めていた。
何度も使ったことのある中級幻影魔法《корёг》との相違点は、永遠に効果が持続すること。そして有機物だろうが無機物だろうが、果ては謎の物質だろうが何でも複製できることだ。
やろうと思えばお金を無限に複製することもできる。
これは、一つの国を簡単に終わらせる力を持っているのだ。
大昔に禁止となった理由の大半は、上級魔法にあると言っていい。
でも今は、そんなことを気にしている場合ではない。
禁止だろうが何だろうが、鬼を倒すことが何よりもの使命だ。
クロエは見様見真似で複製鬼神刀を構える。
「様になってますよ、黒衛殿。さあ、参りましょう!」
「うん! ……あ、でもボク刀使うのなんて初めてだよ。というか、こういう武器を持つのも初めてかも」
「大丈夫です。刀とは技術ではなく、心で振るうものですから!」
「心で? うーん、よく分からないけど……大丈夫そうだね!」
「そう、その心意気ですとも!」
二人は真っ直ぐと鬼を見据える。
この間に鬼は完全回復を果たしており、巨体を唸らせて二人へと襲いかかった。
爪と刃が交差する。
勝負は、この一瞬で決まった。
桃太郎が鬼の爪撃を弾き返し、生まれた隙を突いてクロエが全力の一撃をお見舞いした。
鬼の胴体に、深々と真一文字の傷が入る。そして断末魔を上げる間もなく、鬼は二人の背後で倒れ臥すのだった。




