38 黒衛殿
「あれ? 魔物いないじゃん」
クロエ達が大礼拝堂に到着したのは、すでに魔物――鬼が消えてしばらく経った後だった。一同が辺りを見回すと、すぐ近くでライナが誰かと話しているのを目にした。
「あっ! 貴女達、助けてくださいまし! わたくし一人ではこの方の相手なんて出来ませんわ!」
ライナ達の存在に気づくのと同時に、向こうもこちらの存在に気づいたようだった。なにやらライナは手助けをしてほしい様子でいる。
「どうしたのライナ。こっちの方は誰?」
さすがに見かねて、エリシアが手を貸した。
「知りませんわよ! 勝手に現れて勝手にずーっと変な話しをされて困ってますの!」
「そ、そう……」
エリシアは何も手を貸せることはないと悟った。というか、かかわり合いになりたくなかった。
それからすぐ、他の三人も合流する。アリスは、向こうの黒髪の少女を知っているような口ぶりで彼女の名を呼んだ。
「あ! 桃太郎ちゃん!」
「む? ……あ、そなたはアリス殿!」
「よかったぁ。これでみんな見つけられたね」
「ちょっと待って。この人が、桃太郎なの?」
怪訝そうにエリシアが尋ねた。
「そうだよ。みんなにとっては遠い国の物語だから実感ないと思うけど、桃太郎ちゃんで間違いないよ」
アリスが言うからには絶対に間違いないのだろう。しかし、エリシアはまだ納得がいかない様子で反論に出た。
「おかしいわ。『太郎』というのは男性に付ける名前だったはずよ。……でも、この『桃太郎』はどこからどう見ても女の子じゃない!」
「エリィ。この程度のことはおかしい内に入らないよ」
「そうですよ。エリシア様は少し気にしすぎです」
そんなエリシアを言いくるめたのは、クロエとユノだった。この二人はすでに絵本の世界の住人との不可思議な体験を経ており、充分な耐性が付いていた。感覚が麻痺しているとも言う。
「感覚がまともなのは私だけ……? それとも私のほうが間違っているの……?」
「まあまあ。最後の一人が見つかったんだからいいじゃん」
「…………。そういうことにしておくわ」
エリシアは渋々納得した。
「それで、桃太郎ちゃんはどうしてこっちの世界に来たの?」とアリスが尋ねる。
「拙者は鬼を追ってこの世界に馳せ参じた次第でございます」
「鬼を? けど、私はそんなの感じ取らなかったよ?」
アリスは絵本世界の住人を存在を感知できる能力を持っており、マッチ売りの少女、赤ずきん、桃太郎が絵本世界から抜け出したと知れたのもその能力のおかげだった。
しかし、そんなアリスの能力をもってしても『桃太郎』世界の『鬼』が抜け出したことは初耳であり、さすがの彼女も若干驚いていた。
「鬼は人に化けるだけでなく、存在すらも隠すことができる厄介な魔物です。アリス殿が認知できなかったのは、そのためでしょう」
「なるほどぉ。なんだかすっごく楽しそうなことになってるね!」
「さすがはアリス殿、ピンチをピンチと思わないその精神……見習いたいものです。それにしてもこちらの世界の方々は、面妖なお召し物をされているのですなぁ」
そう言って桃太郎は、物珍しそうに周りを見回した。おそらくクロエにとっては三度目の、恒例のアレだろう。説明するのはもう面倒なので無視を決め込んでいると、桃太郎と目が合わさってしまった。
「む! まさかこんな所で同郷の者と出会えるとは何たる幸運!」
「……え?」
それは、クロエが着ている巫女服を見て勘違いしてのことだった。
「いや、これはそうじゃなくて……」
「貴女の名を伺ってもよろしいですか!?」
「あの、だから……」
桃太郎はまたも人の話を聞かず、自分の話をゴリ押ししてくる。そんな様子をライナは「自分のときはこんなものじゃなかった」とでも言いたげな目で見ていた。
「おっと、まずはこちらから名乗るべきでしたね。拙者は桃太郎。腰に付けた吉備団子と鬼神刀と共に――」
「あーもういいよ! ボクはクロエ、よろしく!!」
面倒くさくなって、クロエはやけっぱちで名乗った。
すると桃太郎は、
「ほう、黒衛殿ですか。こちらこそ、よろしくお願い申し上げます」
と、イントネーションは合っているが何となく違和感のある感じで応えるのだった。
そんなこんなで自己紹介が終わり、桃太郎がある提案を出してくる。
「さて。鬼は今、人の波に紛れて姿を隠しているはずです。一刻も早く調査に向かいましょう」
「そうしたい所だけど、私達四人はできないわ」
エリシアが他の聖女三人を見ながら言った。
「なぜですか?」
「そろそろ収穫祭の時間も終わるし、片付けをしなきゃいけないのよ」
「なるほど、それは一大事ですね。……分かりました、ここは二手に分かれましょう。調査は拙者とアリス殿で行います」
「そうね。二時間後に書物庫で落ち合いましょう」
「書物庫?」
「アリスが知ってるわ」
「ほうほう。では、拙者達は調査に行って参ります」
そうして二手に分かれようとしたその時、クロエが桃太郎とアリスを呼び止めて何かを囁いた。
(ついでに――もよろしくね)
(ほほう、いいですね!)
(何だかすっごく面白そう!)
密談が終わったクロエに、エリシアが尋ねる。
「もしかしてだけど、アレをやろうって言うわけ?」
「そ。毎年恒例でしょ」
「こんな時に?」
「こんな時、だからでしょ?」
「……まったく、仕方ないわね」
と、呆れた様子のエリシアの目に、状況が分からずポカーンとしているライナとユノの姿が映った。
「そう言えば貴女達って、今年が初めての収穫祭だったわね。まあとりあえず、鍋に入れたら面白そうな食材を持ってくれば大丈夫よ」
「「え?」」
それの何が大丈夫なんだろう。二人は頭上に「?」を浮かべながら片付け作業をすることとなった。
そして、二時間が経過した――。




