37 最後の一人
「……行ったようですね。夢を見ていたかのようでした」
光が完全に消えると、クロエは大聖女に気になっていたことを尋ねてみた。
「ねぇ大聖女様。どうしてあの子が絵本の世界から来たって分かったの?」
「ふふふ。私には何でもお見通し――というのは少し無理がありますね。仕方有りません、種を明かしましょう」
そう言って大聖女は視線をある人物に向けた。その先にいたのは、アリスだった。
「最初見たときは気づきませんでしたが、途中で貴女がアリス……『不思議の国』から来たアリスだと気づいたからです」
「え、なんでそれを――」
と聞き返そうとするクロエより一歩早く、アリスが目を輝かせながら話に加わってきた。
「あ、やっぱり気づいててくれたんだ! 久しぶりだね、何十年ぶり?」
「ええ、本当にお久しぶりです。それにしてもアリスは昔とまったく変わっていませんね」
「そういうキミは昔と比べると大分変わったね!」
「お恥ずかしい限りです。上ではなく、横に伸びるばかりで……」
「ううん、そうじゃなくて。昔はちょっと頼りない感じだったけど、今じゃもう大聖女様だなんてすっごく驚いたってことだよ」
「ああ、そちらでしたか……ですが、私なんてまだまだですよ。ふふふっ」
大聖女とアリスの会話に、クロエが再び加わってくる。
「あの~。二人って、実は顔見知り?」
会話の流れからクロエは大体の事情を察していた。
昔、同じように絵本の世界の住人が脱走した事件が起こったこと。
昔、在りし日の大聖女がアリスと協力して事件を解決したこと。
赤ずきんが『赤ずきん』の世界からやってきたことを見抜いたのは、その経験が活かされてのことだと。
もはや聞くまでもないくらいに察していたが、まあ一応。
「うん、そうだよ」「ええ、そうです」
想像通りの答えが返ってきた――と淡白な感じに思えるのは、今日一日で数年分の不思議に出会ったせいだろうか。でもそのおかげで頭は冴え渡っている。
絵本のページが真っ白になるのは、絵本の登場人物が脱走したから。そんなおとぎ話みたいな噂が広がっていたのは、実際にそんなことが起きていたからだという想像もついた。火のないところに煙は立たない。
「なるほどねぇ。……それで、昔って言うけどどれくらい昔なの?」
「昔は昔ですよ。もう忘れてしまいました」
「そんなに昔なの!? というか大聖女様って、孫がいるような歳には見えないよねぇ」
「あら、嬉しいこと言ってくれますね。何歳くらいに見えますか?」
「えっ……と、五十歳、くらい……?」
「なるほど、クロエには私が相当若く見えていたのですね。温泉によく行くおかげでしょうか」
「え! じゃあ本当は何歳なの!?」
「ふふふっ。レディーに年齢を訊くのは失礼に当たりますよ?」
……はぐらかされてしまった。余計に気になる。
けど、これで残すはあと一人。桃太郎だけとなった。
(エリィかライナが見つけてくれてるといいんだけど……)
と思った矢先。何人かの慌ただしい足音が聞こえてきた。部屋の外、すぐ近くからだった。
何事かと思って部屋を出た一同は、大礼拝堂の方向へ走っていく五、六人の聖女の後ろ姿を目にする。
それからすぐ、また別の聖女が一歩遅れてやってきた。
エリシアだった。
「どうしたの!?」
「大礼拝堂に突然魔物が現れたらしいの」
「え、魔物が!? どうして!?」
「そんなの分からないわよ」
エリシアはとにかく急いでいる様子だった。というか、クロエにも手伝うように無言の圧力をかけてきた。
「え、ボクも行かなきゃ駄目? エリィがいたら充分じゃない?」
「当たり前じゃない。戦えなくても市民を守る役目だってあるんだからね」
「うぅ。分かったよ……」
「わ、わたしも手伝います……!」
「なんだか楽しそうなことになってるね! 私も行かせて!」
クロエが渋々了承すると、ユノ、それにアリスも同行すると言ってきた。四人の意思が揃ったことで……いや、たぶんまだバラバラだけれど揃ったことにして、エリシアは大聖女に大礼拝堂へ向かうことを告げる。
「市民の皆さんの安全は貴女達に任せます。もちろん、自分の安全も大事にしてくださいね」
「もちろん、そのつもりです」
「それとアリス」
「なに?」
「みんなを、よろしく頼みますよ」
「……任せて!」
四人は一斉に大聖女に背を向け、魔物が現れた場所へ足を急がせた。
――一方その頃。
「なんですのあの魔物は! 動きが読めませんわ!」
市民を退避させた大礼拝堂で、ライナを含めた四人の聖女が謎の魔物と交戦していた。しかし戦況としては、ライナ達のほうが不利と言わざるを得ない。
それもそうだ。四人ともこの魔物は初めて見るのだから。四足歩行でいっけんすると魔獣のようだが、魔獣にしては体が禍々しいほどに青く、頭には二本の長い角が生えている。
しかもその魔物は、人が多く集まる大礼拝堂に何の前触れもなく出現した。不意打ちを食らうように対面することとなり、その場に居合わせた聖女だけで戦闘と市民の避難誘導を強いられてしまったのだ。
不幸中の幸いとしては、死人が出ていないこと。それともう一つ――ここにいる四人が、戦闘のエキスパートであることか。
「「「《束縛》ッ!」」」
三人同時の魔法詠唱によって、魔物の幻惑するような動きが封じられた。
「こいつ、なんて力なの!? 三人でもギリギリなんて!」
「ライナ、早くとどめを!」
「了解しましたわ!」
ライナの拳に火が灯る。そして一気に距離を詰めると、その拳を存分に振るった。
「――《炎拳》!」
身動きが取れない魔物の顔面に、炎の拳が炸裂した。ライナの腕はそのまま振り抜かれ、魔物は黒い霧となって散る。
「やった! 倒せた!」
束縛を掛けていた聖女の一人が喜びの声を上げた。
未知なる魔物に最初は苦戦しつつも、こうして勝利をおさめることが出来た――――?
「……おかしいですわ。きれいに決まったと思いましたのに、全然手応えがありません……まるで、いえ、本当に霧を攻撃したかのようでした」
ライナがブツブツと呟いていると、唐突に背後から声が聞こえてきた。
「そのとおりです。奴はまだ倒せていません」
それはライナと同い年くらいの少女、しかし一目で分かるほどに異国の雰囲気を放っていた。長い黒髪を後ろで束ねており、服はクロエが着ていた巫女服に近い物を着ている。
「ど、どなたですの……?」
「奴は鬼と呼ばれており、鬼神刀という特別な刀でしか倒すことはできません」
「あ、あの、わたくしは貴女が誰なのか聞いたつもりなのですが……」
「そして鬼はまさに神出鬼没、普段は人に化けています。おそらく貴女の攻撃が入る寸前で化けて逃げたのでしょう。いま奴は、人の波に紛れているはずです」
「あの! だ・か・ら! 貴女は誰なんですの!?」
「……む? ああ失敬失敬、名乗るのが遅れてしまいました。拙者は桃太郎。腰に付けた吉備団子と鬼神刀と共に、鬼を追ってこの世界に参上致した者でございます」
「まったく……貴女、耳にキビダンゴとやらが詰まってるんじゃないですの?」
ライナは彼女のマイペースさに振り回されてイラついていた。そのせいで、彼女が目的の人物であることにさっぱり気がついていなかった。




