36 大聖女
「どうぞ」
ノックをして返ってきたのは、やはり大聖女の声だった。扉越しでも分かる。それ故にクロエとユノの手のひらには緊張の汗が滲み出てしまう。
が、それ以上に緊張しているのは赤ずきんだった。
「こん中に、オレの、ばあちゃんが……」
「準備はいい?」
「…………ああ」
数秒の間を置いて返ってきた答えを聞き、クロエは扉を開けた。
「おや。クロエにユノ、それに後ろのお二人は……貴女達のお友達ですか?」
中にいた大聖女が四人を出迎えた。大聖堂では絶賛仮装パーティー中だが、大聖女は特に仮装をしている様子は――いや、よく見ると。
(あっ、頭にお花が乗ってる)
いったい何の仮装に扮しているのか、それは不明だが、とりあえず大聖女も収穫祭を楽しんでいる模様だった。さっきまでの緊張も、そのおかげで吹き飛んだ。
「えーと、このお二方は、えーと、その~……」
ユノは説明に戸惑っている。さすがに絵本の世界からやってきたなんて言っても信じてもらえないだろう。
そうしてまごまごしている間に、大聖女と赤ずきんが目を合わせていた。先に口を開けたのは、大聖女だった。
「あら貴女……もしかして、私に会いにきてくれたのですか?」
「――!」
まるで心を見透かされたかのような言葉に、赤ずきんはドキッとした。が、次の大聖女の言葉でそれはまた別の意味で言ったのだと分かった。
「ああ、ごめんなさいね変なこと言ってしまって。実は赤ずきんは私が書いた物なんです。だから赤ずきんの仮装をしてくれる人がいて、つい嬉しくなってしまって……」
「え! 赤ずきんの作者って、やっぱり大聖女様だったの!?」
クロエは思わず驚いた。けれども、これで大聖女と赤ずきんの関係がはっきりした。まさか、本当に赤ずきんの作者だったとは。
「ええ。昔の話ですけどね。でもまさか孫娘のしつけのために作った物語が、今こうして多くの人に読んでもらえるとは夢にも思っていませんでした」
「しつけ……?」
と疑問に思うクロエだったが、赤ずきんの物語内容を思い出してみると妙に納得できるような気がした。
赤ずきんはお使いの途中で言いつけを破って道草をし、その結果狼に先回りをされておばあちゃんを食われてしまう。
そして遅れて到着した赤ずきんも狼に食われ、後で猟師に救われることになるが、赤ずきんは言いつけを破ったことを反省していい子になる――というのが大体のストーリーだ。
こうして考えると結構エグい話だなぁ、とクロエは思った。小さい子供が読んだら――さらに言えばお前のために書いた物語だよ、なんて言われたりしていたら、きっと震え上がるだろう。言いつけなんかも絶対守るようになる。
「おい、何またジロジロ見てんだよ……」
などと考えていると、赤ずきんが小声で怒ってきた。
「え? ああ、ごめんごめん」
クロエは心にもない謝罪をしつつ、この赤ずきんは『赤ずきん』を読む前の孫娘なのかな、と思った。
「それにしても大聖女様に孫がいたなんて驚いたよ」
それは何気ないつぶやきだったが、これを聞いた大聖女は顔を若干曇らせる。
「もう……この世にはいませんけどね」
「えっ……」
思いがけない言葉に、誰もが驚いた。
唐突に訪れた静寂の中で、大聖女は窓の外、はるか上空をただ黙って見つめている。
それから程なくして振り向くと、今度は赤ずきんの方へゆっくりと歩み寄っていった。
「貴女、どことなくあの子の面影がありますね。あの子が生きてたら、ちょうど貴女ぐらいの歳だったはずです」
「…………」
赤ずきんも、ただ黙って大聖女の目を見つめている。
「ご、ごめんなさい。また変なことを言ってしまいました。……ですが、久しぶりにまたあの子に会えた気がして……とても嬉しく思いました」
「……オレも、すっげぇ嬉しかったぜ。ばあちゃん」
「――! その話し方、まさか貴女!」
「おっと、そろそろ帰んねえと。…………みんな、ありがとな。オレのために協力してくれて。それにばあちゃんも。オレなんかのために絵本を作ってくれて。まあでも……あんまいい子にはなれなかったけどな!」
「そんなことありませんよ。だって貴女は……おまえは、こんなばあちゃんなんかに会いに来てくれたじゃないか。わざわざ、絵本の世界からねぇ」
「えっ!? ば、ばあちゃん、なんでそれを!?」
「ばあちゃんを舐めるんじゃないよ。おまえのことなら何でもお見通しさ」
「やっぱ……ばあちゃんはさすがだな」
「レヴィ。向こうの世界でも元気にやるんだよ」
大聖女は最後に、孫娘の名を呼んで抱き寄せた。赤ずきん――レヴィは、ばあちゃんの腕の中で光となって、やがて消えた。




