27 引きこもり聖女はサボリを極める(10)
ライナとユノ、そしてエリシアから勇気をもらったクロエは、立ち上がると同時に分身クロエへと突進。接近戦を試みるつもりだ。
「この距離なら変形はできないでしょ!」
そして『《уад》』を詠唱、手の平から闇弾が放たれる。
その攻撃を、分身クロエもまた変形なしの闇弾で受け止め、相殺。
二つの闇弾は紫色の霧となって散った。
「くっ、さすがは本物のボクです。そこに気づくとは……いえ、ようやく気づいたと言いましょうか」
「強がるのはボクより強くなってから言いなよ!」
続けざまに闇弾を放つクロエ。
それを分身クロエは、先程と同じように闇弾で相殺。
攻撃、相殺、攻撃、相殺……。
一瞬たりとも油断できない、激しい攻防が続く。
「まずいわね……」
その様子を見ていたエリシアが、親指を下唇に当てながらつぶやく。
「そうかしら? わたくしには、本物の方が押しているように見えますけど」
「ライナ……それはクロエを買いかぶりすぎよ。ちゃんと見てみなさい、もう息が切れ始めているわ」
エリシアに言われて、ライナは戦闘中のクロエに目を向ける。
なるほど確かに、遠目から見ても肩で息をしているのが分かった。
体力は同格のはずだが、本物クロエは盗賊達との戦闘が長かった分、消耗も分身より多かったのだ。
「弱点でも何でもいいから、突破口が欲しいところね……」
眉をひそめるエリシア。
するとその直後、ライナが何かに気づいたように声を上げた。
「弱点……と言えるかは分かりませんけど、分身の方は水を嫌ってましたわ」
「それ、本当?」
「ええ。お風呂にも足をチョンチョン、と浸けるだけで全然入ろうとしませんでしたわ」
「それは本物のクロエにも当てはまることだけど……確かめてみる価値はあるわね」
その時エリシアは、机の上に置いてあるガラスの花瓶を見つけた。
中には一輪の赤い花と……八分目まで満たされている水。
エリシアはそれをすぐさま手に取り、戦闘中のクロエ達に向かって投げつけた。
ガシャン! 床に落ちて砕け散った破片や花びらと共に、中の水も宙を舞う。
「――!」
虚を衝かれた分身クロエが、極端な回避行動に出る。
ただの水を避けるために、身をよじって後ろに大きく飛び跳ねたのだ。
なぜそんなことを――?
その答えは、出たも同然だった。
「クロエ! 分身の弱点は水よ!」
エリシアは思いっきり叫んだ。
「水……?」
「ええ、そうよ。さっきの見てたでしょ? 何かこう、水を出す魔法とかはないの?」
「水を出す魔法!? そんなのないよ!」
「……そのとおりです、本物のボク。九十九ある闇魔法のうち、水を出す魔法に該当する物はゼロです」
そうこうしているうちに分身クロエは体勢を取り直していた。
相変わらず無表情なのは変わらないが、声に余裕が生まれていた。
弱点を知られたとは言え、他に水で攻撃する手段がないからだ。
彼女自身が言ったように水を出す魔法もなければ、水の入った容器の類もこの部屋にはもうない。
実質的に弱点はないようなものだ。
「今度こそさよならバイバイです、本物のボク――」
分身クロエの全身から、禍々しいオーラが溢れ出す。
次の『《холе》』が放たれた時が、本物と分身が入れ替わるその時だろう。
しかし、そんなピンチの状況にも関わらず、クロエは距離を離すのではなく逆に分身に向かって走り始めた。
自棄になったわけではない。
心の奥底には、確固たる勝算があった。
「なっ……!」
予想外の行動に出たおかげで、分身クロエの動きが一瞬止まる。
その隙に、クロエは分身に抱きつくようにガッチリと組み付いた。
「水は出せないけど、闇魔法は九十九個もあるんだ! 代わりになる魔法の一つや二つあるでしょ!」
「な、何をするつもりですか、本物のボク!」
「こうするんだよ! 《шавв》!」
「それは転移魔法……どこに連れて行く気ですか!?」
「ボク達の嫌いな場所さ」
「まさか……!」
「さすがはボクの分身だね! そのまさかだよ!」
「承知できません! 今すぐ離しなさい!」
分身クロエの表情から、初めて余裕が消え去った。
手足を暴れさせて必死に抵抗するも、クロエが根性でしがみついて離させない。
やがて黒い光に包み込まれた二人は、その光が収束すると共に姿を消した。
そして次に二人が姿を現した場所は、白い湯気の立ち込める大浴場。なみなみと湯の注がれた浴槽の上だった。
ザッバーン! 二人は浴槽の中に仲良く落下、湯柱が高々と上がる。
「駄目です! 水は駄目です……!」
必死にもがいて浴槽から出ようとする分身クロエを、本物クロエが必死に取り押さえる。
水しぶきが飛び跳ね、白い湯気に黒い霧が混ざっていく。
分身クロエが、徐々に影に戻り始めているのだ。
それと同時に分身クロエの動きもどんどん大人しくなっていき、抱え込む腕にもほどんど感触が消えていく。まるで雲を掴んでいるかのようだ。
そして、完全に霧散するその寸前。
クロエは、分身の魂の叫びを聞いた。
「ボクは……ボクは……! もっとこの世界で光を浴びたかった……!」
それは全てが同じである分身と本物の、唯一の決定的な相違点であった。
元々が影である彼女は、基本的に光を浴びることがない。
本物の身体を乗っ取ろうとするのも、全てはこの目的を果たすためだったのだ。
「そっか……キミには悪いことしちゃったかもね」
一人だけになったクロエは、湯に浮かび上がった純白のローブを抱きかかえるようにして拾う。
「……また、天気のいい日にでも出してあげるよ。安全な範囲でだけどね」




